そんなの女の子の言うことじゃないですよ ― ギャル系女子と出くわした無気力系男子 ―

たゆたん

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第12話(後篇):裏と裏

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■第12話(後篇):裏と裏










――翌日も同じ日々だった。






相変わらず、委員長はこれまでの彼女だった。
幸尋ゆきひろも何事も無かったように過ごした。










時折、ふたりの目が合う。





その刹那せつなに何を感じるのか、
それは誰にも分からなかった。








雷鳴のとどろきが遠くに聞こえた。





それから間もなく激しい雨になった。
めずらしい天気の変化に、クラスはザワついた。







雷光に一瞬、教室が真っ黒になった。
そのときでさえ、ふたりだけは落ち着いていた。



激しい雨音に包まれるなかで、
ふたりは見つめ合っていた。















――下校







涼しい風が吹いて、雲の動きが早かった。




見慣れたはずの風景も今日は違って見えた。
雨に濡れたところに日が差し込んで鮮やかである。





幸尋はがらにもなく、風景を楽しみながら歩いた。
古びた団地の手前まで行き着いて、つつみに上って川を見渡した。



あの雷雨がどれぐらい降っていたのか、
川は増水して流れがとても速かった。






流れを見ていると、少しさびしくなってきた。







同じような日々も、必ず移り変わっていく。
それに気付いてもどうすることもできない。











(帰るか・・・)






堤の上で振り返る。




古びた団地の棟々がたたずんでいる。
幸尋が暮らす部屋のある棟にすぐ目が行く。





脳裏にこれまでのことがよみがえる。







ずいぶん長い時間が流れたような気がした。
幸尋はひそかに目を細めながら、団地の階段を上った。















――数分後












「なぁ~鍋が食べたい~」






幸尋が冷蔵庫から飲み物を出そうとしていると声がした。
その方を見ると、アカネの巣から顔だけのぞかせている。






「ちょっとアカネ・・・今は初夏だよ?」





「食いてぇんだよー」





ダダっ子のような言い草だったが、
それが憎めなかった。





「分かったよ。今日は鍋にするから・・・」



頭のなかで瞬時に食材の在庫と組み合わせを思い描いてみる。




鍋をする、といっても当然豪華なものはできない。
あくまで具材はできるだけあるもので、組み合わせはできるだけ
豪華にせず貧相ひんそうにし過ぎず。






(あ~白菜が無いなぁ~キャベツがあるけど・・・
まぁ、代わりにキャベツでいくか・・・)






出汁だしの昆布を水に漬けておく。
夕ごはんまでに美味しい出汁が出る。




米を洗って予約炊きにしておく。




夕ごはんの段取りだけカンタンに済ませておいて、
幸尋は自室で「それなりに」学校の予復習をした。
家事がいろいろ詰まっているので、ぐずぐずしていられなかった。













――夜









ごはんがそろそろ炊けそうだった。



鍋を火にかけた。


水に漬けておいた昆布出汁の最後の段階である。
沸騰しゃふつする手前まで、具材の準備をする。



キャベツ、人参、豆腐を一口サイズに切り揃えて、ザルに盛る。

豆腐2丁は多いかもしれなかったが、食べ応えがあるので欠かせない。
ネギを刻んで薬味にする。意外にこれが手間である。



冷凍庫から豚ばら肉を400gほど出してきた。
皿にキッチンペーパーをいて肉を載せて、レンジで解凍する。





そろそろ鍋の温度が上がってきた。




浮かんできた昆布を取り出し、出てくるアクを取る。


いったん火を止めて、差し水で温度を下げてから、
不織布ふしょくふのパックに入れたカツオのけずぶしを入れる。



それから再び火にかける。
沸騰してくると、出てくるアクを取り、不織布パックを取り出す。




これでようやく昆布とカツオの出汁が完成した。




出汁の取り方はバイト先で教わったものだった。


幸尋は手軽さから何度か鍋をしたことがあった。
最初は水だけで出汁などは取らなかった。



出汁の大切さを教わってから、手間ばかりかかると最初はしぶったが
「ホントにそうなのか?」と半信半疑はんしんはんぎで家でも試してみた。


すると、鍋の味は次元違いに良くなった。


何でもない見た目の昆布とカツオの削り節を入れるだけで、
あんなにじんわりほのかな旨味が出てくるとは思わなかった。


そんな経験から、手間をかける価値があると感じて、
ずっと出汁をしっかり取るようになった。






テーブルにカセットコンロを用意し、そばに野菜などを盛ったザル、
豆腐を入れたボウル、豚肉を載せた皿を置く。


薬味のきざみネギ、ポン酢を出す。






ぐらぐら煮立ってきたところで、
火の通りにくい人参を最初に入れた。



人参に火が通るまでの間、洗い物を済ませる。
それから豆腐やキャベツを入れ、最後に豚肉を入れる。




これで一応、水炊きの出来上がり。








「アカネ・・・そろそろ食べようよ」






ふたりそれぞれにごはんをよそい、
テーブルに向かい合わせに座る。

幸尋は鍋の傍にばしを置いた。




「別に採り箸とか、いいんじゃね?」


結局、ふたりは直箸じかばしで鍋をつついた。



つけだれはポン酢。

これは柑橘かんきつ類をしぼっただけのタイプなのでで、
醤油を少し垂らし、薬味に刻みネギを入れる。






「へぇ~」


アカネがちょっとビックリしていた。



その理由をたずねると、幸尋にとっての水炊きが
彼女が食べてきたものと違うらしい。



幸尋は「そういうものか」と思っただけだったが、
それと同時に別のことを感じた。



鍋というのは地域によって食べ方があるらしい。
幸尋はこれまで食べてきたやり方を再現しているに過ぎなかった。





・・・ぐつぐつ・・・




出汁、具材の用意だけしておけば、
後はカセットコンロで煮るだけ。



ふたりでつついて具材が減ってくれば、
傍らにおいたザルからどんどん加える。







・・・はひほひ・・・





熱いキャベツを口に入れる。
つけだれのポン酢や薬味が絡まる。





「ウソ・・・かなり旨い・・・」




「だろ~?」




ふたりで鍋を囲む。
ぐつぐついう鍋から湯気がもわもわと立ち上る。




色んな具材の火の通り加減を見ながら、
あれがいいかな、これがいいかなと思いながら、
つけだれの中に取っていく。






豚肉、豆腐、キャベツ、人参・・・





ささやかな具材だったが、
ふたりには充分だった。




具材は火の通り加減次第で、
一期一会いちごいちえの食感や味がある。




鍋はライブ感を楽しめる。



具材を単品で食べるもよし、
肉とのコラボで食べるもよし。




火が通った瞬間に上げる豚肉の肉汁。
とろけ出す脂身としっかりした身の弾力。



ぎゅっと栄養がありそうな人参の甘味。

ふわふわとろとろの熱くて純粋な豆腐の味。

しゃきしゃきして甘味のあるキャベツの旨味。



具材がもつ豊かな味わいは、一口また一口と進むうちに、
身体が喜んでいるような気さえしてくる。







「初夏に鍋ってのもいいなぁ」



「だな~」





夢中で鍋をつついた。

ふと幸尋は鍋の向こうに見えるアカネに目が止まる。






アツアツのものを食べている彼女はほほに赤みが差して、
上気じょうきした顔が何となくつやっぽい。







(・・・何だよ・・・そんな顔して・・・)




不意にアカネが箸を置く。






アカネは髪留めを口にくわえ、後ろ手に髪をたばねた。
頭を軽く振りながら、ポニーテールに束ねた後ろ髪を確かめる。





「・・・・・・・・・」




その仕草に、幸尋は言葉を失う。





神社で見た一瞬のアカネのポニーテール。





すっきりした首筋と、うなじの生え際。






小さな溜息ためいきをついて、目が少しとろんとするアカネ。













そんなアカネから幸尋は目を放せなかった。









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








――学校














昼から幸尋は委員長から言い付けられて、
またふたりで印刷室で作業をしていた。






「ユッキー・・・私、霧斗きりとくんと付き合うことになったよ・・・」





ズキリと胸の奥が鳴った。
その言葉に彼は一瞬手が止まってしまった。





委員長の声は落ち着いていた。




今はもう気持ちの整理がついたのだろうか・・・。






彼女は安城あんじょうと再会して、彼女らしくなく混乱していた。

幼馴染の安城にまたどこかで会いたいと思いながら、
本当はもう会えないと思いっていたのかもしれない。





あのとき、幸尋は委員長に急ぐよううながした。




それでも、恋人同士になったと告げられると、
やはりショックだった。






(・・・もしかしたら委員長と
付き合えていたかもしれない・・・)






そんなことを考えても、仕方のないことぐらい分かっている。
それでも心にはそんな考えが浮かんできてしまう。





委員長からあれこれ言われることが、
自分には合わないと分かりきっている。




それなのに、委員長は魅力的な女の子だった。




気が強くて、おせっかい。



くっきりした目鼻立ちに、
きらきらと瑞々しく深い瞳。




彼女が動くと、髪が踊る。

彼女が喋ると、いい音色。




そんな一瞬一瞬に、
幸尋は心を奪われていた。




とかく、女の子の自然な魅力は
男の子の心を揺さぶる。








はるか・・・よかったな・・・」






心では泣きそうになりながら、
祝福しゅくふくの言葉をおくった。




















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








安城霧斗――










委員長の幼馴染。
最近知った彼の存在。




幸尋はプツリとかすかな想いが
断ち切られたと感じた。







ふたりは付き合うようになってから、
安城はちょくちょく幸尋のクラスに来るようになった。






委員長からは「ちょっと会いたいって」ということを聞いていた。




幸尋は「どういう神経なんだ」「仕方無いか」「付き合いだしな」などの
矛盾むじゅんした思いが去来きょらいしてごちゃごちゃになっていた。





カレシとなった安城という男にどんな顔で会えばいいか分からなかった。












「やぁ・・・」







するりと現れた安城霧斗に、幸尋はほんの一瞬で「ヤラれた」と感じた。
「爽やかっ」というナチュラルな一撃が彼をつらぬいた。




すごくイケメンだった。





彼は委員長に会いにきたのだが、
たまたま隣りの者が席を外していた。






委員長、安城、幸尋というグループができた。




イケメンというのはすごい。委員長に話しかけていても、
ちゃんとたまに幸尋にまで話を振ってくれる。






ひそかに幸尋は文句のひとつでも
言ってやろうかと思っていた。




彼と話をしているうちに、
そんなこと忘れていた。





聡明そうめい


やさしい。


文武両道。


爽やか。


爽やか!


爽やか!!






どう見ても全く勝ち目が無かった。
他にもたくさんあるが、これ以上列挙れっきょすると、
精神が参ってしまいそうだった。




(圧倒的に優位な同性との向き合い方こそ、
学校で教えるべきではないか・・・?)



幸尋は真剣にそう思った。


今すぐにでも始めてほしかった。







(・・・こ、この敗北感っ・・・)










そう思いかけて、「あの一帯」でのことが頭をよぎる。








かつて安城の家だった廃墟での、委員長と幸尋の異常な時間。








(・・・委員長、君の魅力は他の男の
カノジョになっても変わらないな・・・)









密かなエール。







心は晴れない。














(こういうとき、どうすればいいんだろう・・・)







不意に絶望感におそわれる。




これからのことに思いをせると、
もうこんな思いはしたくないと思う。







こんなことが何度も起これば、
耐えられそうになかった。















(つづく)
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