そんなの女の子の言うことじゃないですよ ― ギャル系女子と出くわした無気力系男子 ―

たゆたん

文字の大きさ
上 下
21 / 27

第12話(前篇):裏と裏

しおりを挟む
■第12話(前篇):裏と裏












はるかちゃん・・・なのか・・・」



「え?」


立ち止まったふたりを風がふわりと抜けていく。





委員長が声を掛けられたのは、第2校舎への渡り廊下だった。


親しげな呼び方だったが、目の前の男子に面識めんしきが無かった。
おそらく他のクラスの男子だろう。



同じ学年といっても、全ての者を見知っていることはない。
さすがの委員長でも、2年生になって初めて会う男子だった。



委員長と幸尋ゆきひろのクラス、4組は第1校舎であった。
学校の立地上、1~4組は第1校舎、5~7組は第2校舎である。




職員室など生徒の教室以外は別の建物に入っており、
委員長は渡り廊下を通って、職員室から帰るところだった。



幸尋は別として、委員長の仕事として、
渡り廊下はよく通るところだった。







「・・・覚えてないか?・・・小学生の頃までよく遊んでた・・・」




彼はとんでもないことを言い始めた。




その言葉の途中で委員長は気付いた。




じわりと氷が解けるように、遠い記憶の彼と、
目の前にいる彼の顔が重なっていく。



霧斗きりとだよ・・・安城あんじょう霧斗」



「・・・・・・・・・」


その声は確かにこえた。




それなのに委員長は幻聴げんちょうのような気がした。
現実と夢の区別がつかなくなる一瞬だった。


もしかしたら、彼は実在しないかもしれない。
何かのきっかけで今は夢を見ているかもしれない。




(・・・そんな・・・)



委員長は高校生になった今でも、
楽しかった幼い頃をよく思い出す。



幼馴染と遊んだ記憶。



頭のなかでの幼馴染は幼いままだった。





「オレはずっと遥のこと覚えていたよ・・・」






「どうしてこんな・・・同じ高校に通ってるなんて・・・
考えもしなかった・・・うぅん、あきらめてた・・・」





いつの間にか手が震えていた。
彼女らしくなく、しどろもどろになる。




安城は小学校を卒業してから引っ越したと聞いていた。
それは土地との縁を切ったという意味だった。


その後も彼の消息は一切分からなかった。
委員長はもう会えないと感じていた。


彼女には彼に会いたいという気持ちはあったが、
それは漠然としたもので願望に過ぎなかった。




それが突然目の前に現れた。





「・・・・・・・・・」




委員長は安城に目を奪われた。
すらりとした姿、目元にはさわやかさがただよう。




幼い頃の面影が少しあるような気がするが、
成長した彼はずいぶん美形になっている。




次第に、委員長は気が引けてきた。
目に映る彼がとても立派に見えた。









・・・彼女は暗黒の時間を過ごしてきた。







幼馴染との仲を引き裂かれ、
深刻な心の傷を受けていた。





眠れなくなる。



物が食べられなくなる。



感情が無くなる。



言葉がなくなる。






心の荒廃に苦しめられた。
自分ではどうにもならなかった。



周囲からの異常者扱いが耐えられなかった。
目に映る全てのものが残酷に見えた。






何もかもが辛くなった。






言い表し得ぬ心の荒廃・・・。






心は地獄のように荒れ狂っているのに、
周囲の世界は何事もなく時間が流れていく。






心が回復するには、ただただ時間が必要だった・・・。







中学2年生頃に、ようやく意識と心のバランスが取れるようになった。
彼女はようやく自分の状態を少しだけ言い表せるようになった。






やっと心の荒廃を過ぎてみて、彼女は自分というものが
不可解な心の上っ面に過ぎないと思えてならなかった。







(・・・わたしには闇がある・・・)





今、元気に振る舞っていても、
心のどこかからつぶやきが聞こえる。




幸尋をからかうときも、そうだった。


委員長が幸尋に興味をもったのは、どうしてなのか分からない。
何の関わりもなかったのに、関わるようになってしまった。












(・・・ユッキー・・・わたし怖い・・・
幼馴染に会えたのに・・・とても怖い・・・)













・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







普段の委員長なら、小学生の頃の知り合いと再会したら、
高校生同士としての友達関係を始めていただろう。



それが、相手が仲良くしていた幼馴染の安城霧斗だった
ことがかえって足枷になっていた。



幼い頃の自分と今の自分があまりに変わり過ぎている。
彼に見えている自分が怖かった。







渡り廊下で安城と再会したとき、それぞれに時間がなく、
「またね」というカンタンな挨拶あいさつだけで済ませた。




委員長は動揺を隠し切れず、ぎこちなく彼の前を去った。









(委員長・・・)




幸尋は彼女の様子にかすかな異常を感じていた。
印刷室での一件以来、彼女の変化が分かるようになってしまった。














「ユッキー・・・今日、ちょっと一緒に帰ろうか・・・」










彼女のトーンに、幸尋はただならぬものを感じた。























――下校中












(・・・・・・・・・)










一緒に帰る委員長と幸尋の間に、会話は無かった。




やや前を歩く彼女の背中は何となく元気が無く、
自信なさげに見えた。




何か話し掛けようとした幸尋だったが、
そんな彼女に何も言えなくなってしまった。




しばらく幸尋は委員長の後をとぼとぼついて歩いた。












――15分後







委員長の家は東の商店街の方だった。
学校から帰るなら神社のある丘より手前で右に曲がるはずだった。






しかし、そうしなかった。



幸尋はどこかに寄るのかと思って、ついて行った。







しばらく歩いているとスーパーまであと少しになった。



彼はてっきりスーパーで買い物でもするのかと思った。
食料品だけでなく、雑貨や本屋といったテナントも入っている。



それがスーパーも素通すどおりしてしまった・・・。







「おい、委員長!そっちはヤバいって!」







委員長は「あの一帯」に入って行った。
躊躇ためらう幸尋を見て、彼女は微かに笑った。





何も言わずに、彼の手を掴んだ。



驚いた顔になる彼をそのままに、
手を引いてどんどん歩いていった。






「委員長・・・」





彼女が何をしたいのか分からなかった。
異空間に引き込まれていくような異様な感じがした。





それでも、彼女を止めることはしなかった。






気の所為せいか、「あの一帯」に足を踏み入れると、
周囲の家々が黒々と空をおおうように思えた。





ひっそりしていて、人の気配が無い。
不思議と町の雑音が聞こえない。










・・・行き着いたのは、とある家だった。



他の家々との違いが分からない。
全くの廃墟はいきょである。











「ここね、霧斗くんの家だったの・・・」







「霧斗って誰だよ?・・・おい、入っちゃダメだろ!」






「どうして?・・・わたし、この家で彼とよく遊んだのよ?」







幸尋の目の前で委員長が楽しそうにしている。


住み慣れた家のように、あちこち歩き回っている。
それが踊っているように見えた。





(遥・・・)





幸尋は真っ青になった。
気がふれたと思った。






そんなことを信じたくなくて、
あわてて彼女の手をつかんだ。






だらりと力が抜けたように動きが止まる。
うつむいた顔に髪がれ下がる。







「ふふ・・・霧斗くんと・・・
どうしたら・・・分からない・・・」







「・・・・・・・・・」



彼女を凝視した。






問い掛けとも、自問自答とも思える言葉に、
幸尋は何と応えていいか分からなかった。












「4年ぶりなのに・・・
・・・すごく怖い・・・」









思い付くままのような言葉に、
幸尋は戸惑ったが、それも一瞬だった。














彼の脳裏に何かがかすめた。











「変わっちゃったからか?」







するりと幸尋から落ち着いた言葉が出た。














「・・・・・・・・・」















急に委員長が顔を上げる。
形相ぎょうそうは一変していた。




鋭い目線が刺さる。










「どうして分かるのよっ!!」





一瞬にして幸尋は肩を掴まれた。











「ユッキー?ユッキーのくせにどうして分かるの?
・・・ねぇ・・・おかしいでしょ?おかしいよね?」






肩を激しく揺さぶられた。
それでも彼は落ち着いたままだった。











「ボク分かったんだよ。どうして独り暮らしして高校に通ってるか。」







突然の脈絡の無い話だった。
怪訝けげんな顔に変った委員長から力が抜けていく。












「前までの自分が嫌だったんだよ。知らない町なら、
誰もボクのことを知らない。生まれ変われると思ったんだ。」




そのまま幸尋は話を続けた。




ふたりは向かい合っていたが、
目はどこか焦点を失っていた。








「確かによかった。よかったと思う。
でも、ボクは昔のボクから逃げられない。
・・・ボクはウソをついたまま生きるよ。」







ふたりの目が合う。



ゆっくりした言葉だったが、
いつのまにか生気がこもっていた。









「・・・な、何を言ってるの・・・」











「委員長のこと、ボクはすごいと思ってる。ボクなら同じようにできない。
でも、委員長はボクと違っていて、それでも同じなんだよ。」











「・・・・・・・・・」






委員長は恐ろしいまでの目で幸尋を凝視ぎょうしした。













「また、ウソをつけって言うの?つき通せって・・・」













「これまでのことがいつか害の無い結晶になるまで、
ボクはウソをついたまま生きるよ」












「ユッキーのくせに!!えらそうなこと言うな!!!」












「委員長も本当は分かってるんだろ?
これからも闇を抱えたままなんだよ・・・。」











・・・ドカッ!!






委員長は幸尋を押し倒して馬乗りになった。
それでも彼は動じなかった。


















「その霧斗っての、カッコイイんだろ?
早くしないと誰かに取られるぞ・・・」


























「わたしのこと好きなくせに・・・」























ふたりは暗くなるまで、廃墟の家にいた・・・。


















(つづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

一宿一飯の恩義

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 妹のアイミが、一人暮らしの兄の家に泊まりに来た。コンサートで近くを訪れたため、ホテル代わりに利用しようということだった。 兄は条件を付けて、アイミを泊めることにした。 その夜、条件であることを理由に、兄はアイミを抱く。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...