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第11話(後篇):不可抗力
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■第11話(後篇):不可抗力
――翌日の学校
「今日は一段とヒドイわね・・・
もうダメだって顔してるわよ」
それは委員長なりの心配の仕方かもしれない。
そうでも思わないと、幸尋には救いが無い・・・。
机の上にアゴをついて、目は焦点が定まっていない。
知り合いでなければ、まず声を掛けたくない。
「・・・精神的な意味でね。・・・あ、いや、男のプライドとして・・・」
ここ最近、彼のプライドは傷ついてばかりだった。
いろいろ言われたことが頭のなかを巡っていてやりきれない。
(・・・委員長、ボクもう汚されちゃったんだ・・・)
とんでもないフレーズが心に浮かんでくる。
もう委員長に泣きつきたい心境だった。
「委員長・・・川の向こうの女の人って、
みんなグイグイくるけど・・・どして・・・?」
彼なりにこんな事態に陥った原因をいろいろ分析してみた。
これまでに訊いた話からすると、瀧江店長をはじめ、
パートさんも川の向こうから通勤していた。
今度は顔だけをくるりと委員長に向けた。
ほっぺが机にべたりとなって見苦しい顔になる。
まるで弱った妖怪のような動きである。
「へ~ちょっとは詳しくなったのね」
委員長は「上から目線」で彼の暮羽町知識を評価した。
「川向こうの人って、海に近いから気が強いっていうからね。
バイト先の人ってずいぶん年上なんでしょ?」
「まぁ、そうだけど・・・もうボクの手には負えないよ・・・」
「がんばって稼ぎなさいよ・・・ったく」
委員長は将来、夫に向かってそんなことを言うのだろうと思う。
彼にとっては「このポンコツ」とでも言われている心地だった。
「まぁ、委員長は川のこっち側だから、例外だけどねw」
ガンッ!
とたんに委員長の蹴りが机の脚に入った。
直接ダメージは与えないが、衝撃が顔を襲う。
うぶぶっ!
結構な衝撃に幸尋は背筋を伸ばした。
「何するんだよ」という顔を委員長に向ける。
「知ってる?川向こうとこっち側とで
人の間に溝があるのよ。この高校にもね」
急に話が変わった。
トーンが少し低くなる。
「まさか・・・そーゆーの気にするのって大人だけだろ・・・」
その言葉に彼女は黙って首を横に振った。
クラスメイトや他の学年でも、川向こうから通ってくる者たちは
こっち側の人間とは違うと思っているらしい。
それも感覚的なもので、微かなもののようである。
「昔ね、川向こうとこちら側とでは村が違ったのよ」
「おうおう歴史の講義ですか」
茶化そうとしたが、彼女はそのまま話を進めた。
「・・・うちの高校ってね、古い話なんだけど元々は
こっちの村の人たちが土地や資金を寄付して建てたの。
でも、生徒は川向こうから通ってくるほうが多いのよ。」
「・・・・・・・・・」
幸尋にとっては雲をつかむような話だった。
それがいったい何の関係があるのだろうか。
「こっち側の生徒はすごく少数なのよ。」
学校に満ちている白けた雰囲気の原因なのだろうか。
彼はとくに根拠があるワケではなかったが、
そのことがぼんやり頭に浮かんだ。
「私、幼稚園から小学校まで一緒の幼馴染がいてね」
「はぁ・・・」
今日の委員長の話はよく飛ぶ。
地域の人の性質やら、学校の成り立ちやら。
おまけに彼女の昔話まで出てきた。
「親や祖父母からあの子とは一緒に遊ぶなってよく言われたわ」
「・・・・・・・・・」
幸尋は思わず委員長の顔を見つめた。
彼女にはわだかまりがあるようだった。
「あるとき、その子の親がうちに来たことがあってね。
金輪際うちの子とは遊ばせないでください、だって」
「そう・・・なのか・・・」
子供同士のことに親が出てくる。
嫌な気分になってきた。
「昔からのしがらみが一体何だって言うのよ
私たちには関係ないのに・・・」
小さな町であっても、人は土地に関わり、土地に縛られる。
親の問題を子までもが引きずってしまう。
委員長の目は虚ろになっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――昼休み
廊下から時折楽しそうな声が聞こえてくる。
印刷室にはコピー機の動作音が続いていた。
(くそっ・・・昼休みが潰された・・・)
幸尋は面白くなかった。
また委員長に配布物の作業を手伝わされている。
いつもの彼の悪態へのお小言がやっと終わって、
ふたりは黙々とプリントを仕分けしていた。
「なぁ、委員長も弁当作ってきてるんだろ?」
「な、何よ急に・・・」
「最近おかしいことに気付いたぞ」
「はぁ!?」
「委員長の弁当、自分で作ってないだろ?」
「そぉんなワケないでしょっ!」
問うに落ちず語るに落ちるだった。
彼女が声を裏返らせるということはまず無い。
「たまご焼き事件のとき、気付いちまったんだよ・・・」
「事件にするなっ!」
「あんな可愛いおかずとか作れるはずがないっ!」
幸尋は冴えていた。
ムダにあの「たまご焼き」事件の被害者ではなかった。
彼は教室で黙々とひとり弁当を食べている一方で、
委員長が楽しげに女子たちと弁当を囲んでいた。
彼が食べ終わって、ちらりと彼女の弁当を見ることがあった。
そのとき、ピーンときたのだった。
「うるさいっ!たまご焼きはうまくなったんだからぁ!」
あの委員長がうろたえていた。
幸尋が払った犠牲は大きかった。
しばらく玉子を見るのもイヤになったり、
ひとりで弁当を食べる孤独感を味わったり。
(・・・あれ、おかしいぞ・・・)
一矢報いたと思っていたが、振り返ってみると、
骨を断たれてから肉を切ってる感じがしてきた。
何せ、下僕扱いは続いている・・・。
(・・・ははぁっ!)
勝利の味わいも一瞬だった。
急に泣けてくる。
幸尋の動きが止まった。
・・・ブブブ・・・ギー・・・
印刷室に空しくコピー機の作動音が続く。
ふと、廊下から話し声が聞えてきた。
どうやら女の子ふたりが立ち話をしている。
印刷室の出入口には掲示板がある。
それを見ながら話しているのだろう。
「あの子のこと知ってる?」
「鳴川さんのこと?」
印刷室の空気が止まる。
そのことを話していたのが誰なのかは分からない。
おそらく委員長の中学生時代の知り合いかもしれない。
「あの子、不登校だったのよ。あんな家なのに・・・」
バサバサッ・・・
話し声に気を取られていたところに、
傍で急に大きな音がした。
「・・・・・・・・・」
見ると、委員長が床にへたり込み、
プリントが散乱していた。
逢魔の瞬間だった。
彼女の顔は見れなかった。
時間が止まったような空間に
幸尋は一気に汗をかいた。
「あーもー!気をつけろよ」
幸尋はプリントを拾い始めた。
この空気が嫌でしょうがなかった。
「・・・・・・・・・」
・・・ササッ・・・トントン・・・
種類も枚数も多い。
それが混ざり合ってしまった。
とりあえず、ひとまとめにしてから、
仕分けし直そうと思った。
「委員長・・・立てるか?」
幸尋は静かに促した。
「・・・・・・・・・」
無言でゆっくり立った。
「幸尋くん・・・このこと・・・誰にも言わないで」
聞いたことが無いトーンだった。
思わず委員長を見てしまった。
彼女が下の名前で呼ぶのは初めてだった。
血の気の引いた顔・・・
虚ろな目・・・
見てはいけなかった。
・・・なのに、どうしても目が放せなかった。
テーブルに乗せた手に気が入ってなかった。
目が見えてないように手探りしているようだった。
「遥・・・遥っ!」
「・・・・・・・・・」
「遥っ!」
「・・・え?」
虚ろな目がようやく幸尋を捉えた。
・・・ガシッ・・・
「気にすんな・・・」
幸尋は強く言った。
委員長の肩を掴んで、しっかり顔を見据えていた。
気の利いた言葉が出てこないのが悔やまれた。
「気にするなよ?あんなこと・・・な?」
「・・・う、うん・・・」
もう力押しに納得させるしか思いつかなかった。
幸尋は委員長の肩から手を放すと、
プリントの半分を彼女に押し遣った。
「さっさとやろうぜ」
「うん・・・」
「仕事増えたの委員長の所為だからな」
「な、何よ・・・」
ようやく委員長の声に感情が籠った。
それを聞いて、ほんの少し安心した。
・・・その後の委員長は何も気にしていないように見えた。
いつもと変わらないような振る舞いだった。
あんな彼女を見てしまった彼は、ふとした折りに、
彼女の目が虚ろになるのが分かった。
もしかしたら、以前からそうした瞬間があったのかもしれない。
どんな表情をしているか、なんて自分自身でも分かっていない。
委員長に指摘されて自分がどんな顔をしていたかが分かることもある。
自分では自分の表情がよく分からない。
他人が見る自分というのは、案外知らない自分なのかもしれない。
いつも元気な委員長だったのに、
あんな一面を知ってしまった。
思い出したくないことを他人に詮索される。
それは嫌なことだった。
彼女にも過去がある。
幸尋はそれ以上知りたいとは思わなかった。
(つづく)
――翌日の学校
「今日は一段とヒドイわね・・・
もうダメだって顔してるわよ」
それは委員長なりの心配の仕方かもしれない。
そうでも思わないと、幸尋には救いが無い・・・。
机の上にアゴをついて、目は焦点が定まっていない。
知り合いでなければ、まず声を掛けたくない。
「・・・精神的な意味でね。・・・あ、いや、男のプライドとして・・・」
ここ最近、彼のプライドは傷ついてばかりだった。
いろいろ言われたことが頭のなかを巡っていてやりきれない。
(・・・委員長、ボクもう汚されちゃったんだ・・・)
とんでもないフレーズが心に浮かんでくる。
もう委員長に泣きつきたい心境だった。
「委員長・・・川の向こうの女の人って、
みんなグイグイくるけど・・・どして・・・?」
彼なりにこんな事態に陥った原因をいろいろ分析してみた。
これまでに訊いた話からすると、瀧江店長をはじめ、
パートさんも川の向こうから通勤していた。
今度は顔だけをくるりと委員長に向けた。
ほっぺが机にべたりとなって見苦しい顔になる。
まるで弱った妖怪のような動きである。
「へ~ちょっとは詳しくなったのね」
委員長は「上から目線」で彼の暮羽町知識を評価した。
「川向こうの人って、海に近いから気が強いっていうからね。
バイト先の人ってずいぶん年上なんでしょ?」
「まぁ、そうだけど・・・もうボクの手には負えないよ・・・」
「がんばって稼ぎなさいよ・・・ったく」
委員長は将来、夫に向かってそんなことを言うのだろうと思う。
彼にとっては「このポンコツ」とでも言われている心地だった。
「まぁ、委員長は川のこっち側だから、例外だけどねw」
ガンッ!
とたんに委員長の蹴りが机の脚に入った。
直接ダメージは与えないが、衝撃が顔を襲う。
うぶぶっ!
結構な衝撃に幸尋は背筋を伸ばした。
「何するんだよ」という顔を委員長に向ける。
「知ってる?川向こうとこっち側とで
人の間に溝があるのよ。この高校にもね」
急に話が変わった。
トーンが少し低くなる。
「まさか・・・そーゆーの気にするのって大人だけだろ・・・」
その言葉に彼女は黙って首を横に振った。
クラスメイトや他の学年でも、川向こうから通ってくる者たちは
こっち側の人間とは違うと思っているらしい。
それも感覚的なもので、微かなもののようである。
「昔ね、川向こうとこちら側とでは村が違ったのよ」
「おうおう歴史の講義ですか」
茶化そうとしたが、彼女はそのまま話を進めた。
「・・・うちの高校ってね、古い話なんだけど元々は
こっちの村の人たちが土地や資金を寄付して建てたの。
でも、生徒は川向こうから通ってくるほうが多いのよ。」
「・・・・・・・・・」
幸尋にとっては雲をつかむような話だった。
それがいったい何の関係があるのだろうか。
「こっち側の生徒はすごく少数なのよ。」
学校に満ちている白けた雰囲気の原因なのだろうか。
彼はとくに根拠があるワケではなかったが、
そのことがぼんやり頭に浮かんだ。
「私、幼稚園から小学校まで一緒の幼馴染がいてね」
「はぁ・・・」
今日の委員長の話はよく飛ぶ。
地域の人の性質やら、学校の成り立ちやら。
おまけに彼女の昔話まで出てきた。
「親や祖父母からあの子とは一緒に遊ぶなってよく言われたわ」
「・・・・・・・・・」
幸尋は思わず委員長の顔を見つめた。
彼女にはわだかまりがあるようだった。
「あるとき、その子の親がうちに来たことがあってね。
金輪際うちの子とは遊ばせないでください、だって」
「そう・・・なのか・・・」
子供同士のことに親が出てくる。
嫌な気分になってきた。
「昔からのしがらみが一体何だって言うのよ
私たちには関係ないのに・・・」
小さな町であっても、人は土地に関わり、土地に縛られる。
親の問題を子までもが引きずってしまう。
委員長の目は虚ろになっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――昼休み
廊下から時折楽しそうな声が聞こえてくる。
印刷室にはコピー機の動作音が続いていた。
(くそっ・・・昼休みが潰された・・・)
幸尋は面白くなかった。
また委員長に配布物の作業を手伝わされている。
いつもの彼の悪態へのお小言がやっと終わって、
ふたりは黙々とプリントを仕分けしていた。
「なぁ、委員長も弁当作ってきてるんだろ?」
「な、何よ急に・・・」
「最近おかしいことに気付いたぞ」
「はぁ!?」
「委員長の弁当、自分で作ってないだろ?」
「そぉんなワケないでしょっ!」
問うに落ちず語るに落ちるだった。
彼女が声を裏返らせるということはまず無い。
「たまご焼き事件のとき、気付いちまったんだよ・・・」
「事件にするなっ!」
「あんな可愛いおかずとか作れるはずがないっ!」
幸尋は冴えていた。
ムダにあの「たまご焼き」事件の被害者ではなかった。
彼は教室で黙々とひとり弁当を食べている一方で、
委員長が楽しげに女子たちと弁当を囲んでいた。
彼が食べ終わって、ちらりと彼女の弁当を見ることがあった。
そのとき、ピーンときたのだった。
「うるさいっ!たまご焼きはうまくなったんだからぁ!」
あの委員長がうろたえていた。
幸尋が払った犠牲は大きかった。
しばらく玉子を見るのもイヤになったり、
ひとりで弁当を食べる孤独感を味わったり。
(・・・あれ、おかしいぞ・・・)
一矢報いたと思っていたが、振り返ってみると、
骨を断たれてから肉を切ってる感じがしてきた。
何せ、下僕扱いは続いている・・・。
(・・・ははぁっ!)
勝利の味わいも一瞬だった。
急に泣けてくる。
幸尋の動きが止まった。
・・・ブブブ・・・ギー・・・
印刷室に空しくコピー機の作動音が続く。
ふと、廊下から話し声が聞えてきた。
どうやら女の子ふたりが立ち話をしている。
印刷室の出入口には掲示板がある。
それを見ながら話しているのだろう。
「あの子のこと知ってる?」
「鳴川さんのこと?」
印刷室の空気が止まる。
そのことを話していたのが誰なのかは分からない。
おそらく委員長の中学生時代の知り合いかもしれない。
「あの子、不登校だったのよ。あんな家なのに・・・」
バサバサッ・・・
話し声に気を取られていたところに、
傍で急に大きな音がした。
「・・・・・・・・・」
見ると、委員長が床にへたり込み、
プリントが散乱していた。
逢魔の瞬間だった。
彼女の顔は見れなかった。
時間が止まったような空間に
幸尋は一気に汗をかいた。
「あーもー!気をつけろよ」
幸尋はプリントを拾い始めた。
この空気が嫌でしょうがなかった。
「・・・・・・・・・」
・・・ササッ・・・トントン・・・
種類も枚数も多い。
それが混ざり合ってしまった。
とりあえず、ひとまとめにしてから、
仕分けし直そうと思った。
「委員長・・・立てるか?」
幸尋は静かに促した。
「・・・・・・・・・」
無言でゆっくり立った。
「幸尋くん・・・このこと・・・誰にも言わないで」
聞いたことが無いトーンだった。
思わず委員長を見てしまった。
彼女が下の名前で呼ぶのは初めてだった。
血の気の引いた顔・・・
虚ろな目・・・
見てはいけなかった。
・・・なのに、どうしても目が放せなかった。
テーブルに乗せた手に気が入ってなかった。
目が見えてないように手探りしているようだった。
「遥・・・遥っ!」
「・・・・・・・・・」
「遥っ!」
「・・・え?」
虚ろな目がようやく幸尋を捉えた。
・・・ガシッ・・・
「気にすんな・・・」
幸尋は強く言った。
委員長の肩を掴んで、しっかり顔を見据えていた。
気の利いた言葉が出てこないのが悔やまれた。
「気にするなよ?あんなこと・・・な?」
「・・・う、うん・・・」
もう力押しに納得させるしか思いつかなかった。
幸尋は委員長の肩から手を放すと、
プリントの半分を彼女に押し遣った。
「さっさとやろうぜ」
「うん・・・」
「仕事増えたの委員長の所為だからな」
「な、何よ・・・」
ようやく委員長の声に感情が籠った。
それを聞いて、ほんの少し安心した。
・・・その後の委員長は何も気にしていないように見えた。
いつもと変わらないような振る舞いだった。
あんな彼女を見てしまった彼は、ふとした折りに、
彼女の目が虚ろになるのが分かった。
もしかしたら、以前からそうした瞬間があったのかもしれない。
どんな表情をしているか、なんて自分自身でも分かっていない。
委員長に指摘されて自分がどんな顔をしていたかが分かることもある。
自分では自分の表情がよく分からない。
他人が見る自分というのは、案外知らない自分なのかもしれない。
いつも元気な委員長だったのに、
あんな一面を知ってしまった。
思い出したくないことを他人に詮索される。
それは嫌なことだった。
彼女にも過去がある。
幸尋はそれ以上知りたいとは思わなかった。
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