そんなの女の子の言うことじゃないですよ ― ギャル系女子と出くわした無気力系男子 ―

たゆたん

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第10話(前篇):謎もみもみ 

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■第10話(前篇):謎もみもみ





――バイト先の休憩室





「あの一帯」付近での目撃情報は、
数年前から一昨年までよくあったそうだ。


不審者、変質者、幽霊ともうわさされた。
それが「黒いもの」と同じなのかは分からない。



パートさんの間でも目撃情報があった。
そういうのは噂話としてすぐ広まるという。


得体の知れない不気味な話だったが、
パートさんも口々に目撃情報を話した。


又聞またぎきしたもの、又聞きの又聞き。
直接見たもの、聞いた話に推測を加えたもの、

どれもが本当であるとは思えなかった。



「何か黒い服を着ている」


「電線を伝って歩いていた」


すそがぼろぼろの黒くて長いマントだった」


「目が光っていた」


「何かわめいていた」


「瞬間移動できる」


「屋根の上に座っていた」



幸尋ゆきひろは実際に「黒いもの」を見ている。
薄暗く細い路地だったので、鮮明に見たとは言えない。

背格好は自分とそう変わらないような気がした。
だから、幽霊というよりは変質者だったかもしれないと
最近では思うようになっていた。




時々、アカネともその話をする。
彼女は「いや、あれはマジ幽霊だって」と主張した。


幸尋は目撃以降、見方が変わってきたが、
アカネは一貫して幽霊説をとった。


ふたり一緒に目撃したことを瀧江たきえ店長に話した。




「ちょっと、それ・・・聞いたこと無い動きよ・・・」


店長もさすがに不気味がった。

彼女は3年前にちょくちょく目撃していたという。
それ以降はめっきり減ったという。

今になって、増えるのはどういうワケだろうか。



スーパーは「あの一帯」に隣接している。


従業員用の駐車場に車を止めているときに、
黒いものを見掛けたという話は少なくなかった。


従業員用の駐車場が交差点側ではなく、
スーパーの裏側にある。

そこから少し奥に「あの一帯」が見える。





空家になると不審火の心配が出てくる。

とくに、スーパーは「あの一帯」から近いため、
風向きによっては延焼することも充分考えられた。

瀧江店長もそれを心配していた。




「不思議と火事は起こったことないのよ」



世の中には常識では考えられないことをする者も少なくない。

誰もいないから、魔が差して火を点ける。
そうする神経は分からずとも、現にそうする者が存在する。




「少なくとも、その変質者のおかげで、
放火魔は寄り付かないのかもね」


瀧江店長がそう分析した。

そういう見方があるのかと幸尋は感心した。
放火魔は変質者が嫌なのかもしれない。



「不思議な生態系ですよね」


「え?・・・ん~まぁそうねぇ・・・」


幸尋の独特な納得の仕方に、瀧江店長は一瞬首をかしげたが、
すぐに意味を飲み込めたようだ。


このさい、変質者と放火魔を同類としてよいか不明だが、
幸尋のように生態系として捉えると、変質者はトップに
君臨しているのかもしれない。

「あの一帯」という自然を守る者として・・・。




「夜な夜な火の用心で見回りしてくれてるのか・・・」



「ユッキー・・・」




ムダに目を輝かせる幸尋に、
瀧江店長は小さく溜息ためいきをついた。



「・・・あれ、そのアダ名、いつの間にそれ定着してるんですか?」


「お互いさまよ。」


幸尋は店長のことを「瀧江店長」と呼ぶ。

そう言い始めたのはいつの頃か忘れたが、
パートさんたちはそのことをたまに話題にした。


「下の名前+役職」という呼び方はめずらしいらしい。

それは幸尋にとって無意識だったかもしれない。
最初、そう呼んだとき、彼女は「えっ」という顔をしたが、
それ以降もその呼び方をそのままにしている。





「・・・あの変質者が不気味に黒一色ってのは、
それなりに理由があるのかもしれないわね・・・。」



「・・・威嚇いかく?」

幸尋はすぐに思い当たった。



「あの一帯がすでに不気味なのに、さらに不気味を上乗せでしょ?
そこまでいくと常識をみ外した連中にも効果があるのねぇ・・・」



「瀧江店長が変質者と戦ったら、余裕で勝てるでしょ?」



「私、生態系を壊す趣味無いわ~」


ニヤニヤしながら応えた。
幸尋の感覚的な話し方に乗ってくれた。





幸尋が「あの一帯」を初めて意識したのは、
アカネと一緒に回転焼きを食べに行った日だった。


あのときの異様な雰囲気と、不審な異音。
それから間もなく「黒いもの」を目撃してしまった。



それまでは「あの一帯」を意識したことはなかった。
最近ようやく住み慣れた町になってきたところである。


アカネが河川敷を歩こうと言わなければ、
「あの一帯」を通ることはなかった。


意識するようになって、学校の行き帰りに
それとなく「あの一帯」をちょくちょく見ていると、
頭のなかに何となく形を描けるようになってきた。


大きくは、川と団地に続く道路に挟まれていて、
さらに道路の近くを細い用水路が流れてる。

「あの一帯」はやや太い三日月のような形をしていた。


道路と用水路の間には普通の家が並んでいて、
道路から見るぶんには何でもないところである。




「昔はね、あの細い用水路がもっと広い川だったのよ。
ちょうど今の川から枝分かれしてるような感じね。」



昔、というのも20~30年ほど前のことらしい。
瀧江店長の話を聞いて、そこが川向うだったことを初めて知った。


昔は川の形も今とは違っていて、「あの一帯」が中洲なかすだったらしい。
そのとき広い川だった細い用水路は、現在の南側の商店街の手前で、
曲がって海に流れていたという。



幸尋は神社の鳥居と参道が、交差点より少し奥から始まっていること、
南側の商店街もそうなっていることを頭に思い描いて、
かつて川だった頃の名残りを感じ取った。



「私にもおぼろげな記憶があるのよ・・・」


そう言う瀧江店長の顔はちょっとうれしそうだった。



「黒いもの」の目撃情報は「あの一帯」に限られていた。
あまり広くないこの町で、特定のところにしか現れない。


瀧江店長は「黒いもの」を変質者だと見ている。
冷静な彼女のことだ。過去に何度か目撃しているため、
その見立てには説得力があった。


「黒いもの」に関する話を聞いていると、
幸尋も変質者と捉えるほうが合ってる気がした。


不気味ではあるが、直接的な危害を与えるようなものではない。



(・・・何かあの一帯を守ってるような・・・)


瀧江店長からいろいろ話を聞くうちに、
幸尋はそんなことを思うようになった。









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



――学校






「え?黒いもの?」


委員長にも尋ねてみた。

この町を紹介するほどの彼女である。
何か詳しい情報を知っているかもしれないと期待した。



「・・・知らないけど・・・」


とくに興味ないという感じだった。
その反応にがっかりした。


それでも、続けて「あの一帯」のことを訊いてみた。
委員長も瀧江店長のように昔は中洲だったことを知っていた。


「小さい頃よく遊んでたよ。その場所、
中洲って呼ばれてたわ。」


委員長は地名の理由をずいぶん後になって知ったらしい。
彼女が「黒いもの」を知らなかったのは残念だったが、
別の情報が入手できたのはよかった。


「どうしてそんなこと訊くの?」


「バイト先のお姉さんたちがよく話してて
ちょっと気になってさ」


ぷっ・・・


委員長がき出す。



「お姉さんって呼ぶよう教育されたんだぁw」



「うるさいよ!いろいろあるんだよ・・・」


幸尋はバイト先で気苦労が絶えない。
それに家に帰ったら、あのアカネがいる。


町の噂話など、委員長が好きそうだと思っていた。
「黒いもの」は治安的には好ましくないと言える。
そういう秩序を乱すものを委員長は嫌いなのかもしれない。


それに、委員長が小さい頃遊んでいたのは、
中洲に住んでいた男の子だろうと思った。


たぶんそれはいい思い出だったはず。
それが今は「あの一帯」と呼ばれ、「黒いもの」まで出る
といって忌避されるようになってしまった。

それは彼女にとって、おもしろくはないことだろう。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



――夜









幸尋とアカネは夕ごはんも終わって、リビングで寛いでいた。


ふたりはソファの両端に座って、アカネはノートパソコンを抱えて、
画面とキーボードに目を往復させながらぽちぽちしている。




幸尋がバイト先で仕入れてきた「黒いもの」の情報を話し始めると、
アカネはノートパソコンをスリープにした。


あの日以来、彼女はちょくちょく幸尋のノートパソコンで
動画を観るようになっていた。もう、幸尋専用ではなく、
共用といったほうがよかった。



幸いなことに、データは消されることはなかった。

データといっても、幸尋の「おかず」がほとんどである。
これまで彼が地道に収集してきた「おかず」の危機は去った。

「やれやれ」と安堵していたが、「使うな」とも言えなくなった。





幸尋は「黒いもの」について話ながら、
ちらりとノートパソコンに目を遣る。




(・・・こ、これでいいんだ・・・これで・・・)



それでも、ちょっと胸はザワつく。
アカネがあの「おかず」をどう思っているのか分からなかった。

消されてはいないのだから、黙認されているとは思う。





「あー別に危ねぇ事件とかはねぇんだ?」





ひとしきり話し終えると、アカネが確認するように訊いてきた。
いつの間にか、ふたりはソファで向かい合わせになって話をしていた。


意外に素直に話を聞いてくれた。
口には出さなかったが、やはりいい気はしていないだろう。



「うん、とくに害は無いみたい。」


「それって、みんな近寄ってねぇからだろ?」



「わざわざ踏み入ったって話は聞いたことないなぁ・・・」


「ウチらぐらいっしょw」




知らなかったこととはいえ、ふたりは踏み入った身である。

瀧江店長やパートさんから聞いた話より、
「黒いもの」を近くに感じたと言えるかもしれない。







「・・・あのさ・・・ユッキー・・・
あたし、小さい頃、あそこらへんに住んでたんだよ。」




「えっ!!」



初耳だった。




幸尋はアカネにも事情があるのだろうと思って、
「前はどうだったの?」的な話はしなかった。



それに、だいぶ彼女が怖い。
過去を訊いた代償だいしょうは高くつきそうだった。





「・・・えぇーっ!!」




「2回驚いてんじゃねーよ!!」




アカネはテーブルにノートパソコンを置くと、
胡坐あぐらをかいて幸尋と向かい合った。







「あたしも中洲って言ってたの知ってるよ・・・。」




突然のことに、幸尋は言葉が出てこなかった。




あのとき、アカネは「あの一帯」をどんどん歩いていった。
道筋ぐらいは覚えていたのかもしれない。





(小さい頃って、いつなんだよ・・・住んでた家は・・・
あんな廃墟はいきょに・・・アカネが・・・信じられない・・・)


急にいろんなことが気になって仕方がない。






「立ち退きになる前からウチの両親、仲悪くてさ・・・
結局、あたしとパパだけになって、この団地に引っ越してきたんだ」





「じゃ、じゃぁ、それから隣に住んでたの?」


ようやく言葉が出た幸尋に、アカネは黙って頷いた。





母親が出て行ってからの生活は、素っ気ないものだったらしい。


父親は家具を買い揃えたりすることに興味が無く、
必要最小限のものしか買わなかったという。



幸尋も部屋が殺伐さつばつとしていたことを思い出した。


父親の仕事は何をしているか結局分からなかったらしい。
遠出する出張が多くて、家にいることはとても少なかったが、
お金だけはアカネの銀行口座にしっかり入れ続けてくれた。





「パパがさ・・・そのうち帰ってこなくなって・・・」



アカネはまともに中学には通わなかったらしい。
それでもひとりで高校に通って生活している。





(・・・・・・・・・)





脳裏のうりに初めて会ったときの様子が過った。
階段を上がりきった廊下に座っていた彼女。

どうしてあんなところにいたのか・・・。





それきり、アカネの話は途切れた。



いつの間にかテレビがついていて、映画が始まっていた。
どこか異国を旅しているようだった。次々に場面が変わっていく。


幸尋は少しだけアカネのほうを見ると、
彼女はテレビをぼんやり見ているようだった。

何だか悪い気がして、それ以上は顔を見れなかった。






(・・・・・・・・・)






いつしか、ふたりは手を握っていた。


しばらくすると、幸尋の肩に重みが伝わってきた。
ふわりのアカネの髪の香りがただよう。





そのまま夜は更けていった。










(つづく)
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