14 / 27
第8話(後篇):眠たいときに
しおりを挟む
■第8話(後篇):眠たいときに
――下校
幸尋はしばらくあの「たまご焼き」に
当てられて、呆然としながら帰った。
彼は古びた団地の階段をゆっくり上っていると、
「たまご焼き」にふつふつと怒りが湧いてきた。
(ったく・・・アイツ、ホントに良家のお嬢様なのか?)
彼には委員長が完全無欠の女の子だと思っていた。
それがあの「たまご焼き」の出来である。
これまでの彼女のイメージとは、あまりにミスマッチだった。
(あぁもう・・・女の子って何なんだよ・・・)
ガチャ・・・
答えの出ない疑問を思いながら、ドアを開けた。
「ユッキ~、今晩のメニュー何、何~?」
アカネが無邪気に走り寄って来た。
あのたまご焼きを知らないとは幸せな女である。
この無邪気さもあれを知ったら吹き飛ぶだろう。
「・・・チキンライスだよ・・・」
最近は学校でダメージを喰っても、
下校中に夕ごはんのことぐらい考えておく余裕はある。
「いぇーぃ!」
(・・・やれやれ・・・)
――夕ごはん時
冷ごはんが多く残っていたのが決め手になった。
鶏モモ肉をひと口サイズに切る。
今回は食べ応えあるようにした。
玉ねぎをしっかり刻んでおく。
無論、あの“C”の字になって刻む。
やっぱり目に沁みる。
んで、やっぱりアカネが笑う。
フライパンに油を垂らして加熱する。
玉ねぎをよく炒め、くたくたになってきたら、
それにミックスベジタブルを加えてさらに炒める。
粉末のブイヨンとケチャップを入れ、
基本的な味付けをする。
(・・・ふふっ、オレ天才だろ?)
ここで、カレーパウダーを振り掛ける。
最近、思いついた隠し味で、ちょっと得意である。
しばらく炒めて、水分を少し飛ばしてから、
冷ごはんをどっさり加える。
・・・ぐっぐっぐっ・・・
木べらで冷ごはんを押し潰すように混ぜる。
ごはん粒がダマになると見栄えが悪い。
・・・じゅじゅ~っ
フライパンを器用に大きく振って、
豪快に混ぜるようなことはしない。
何度かチャレンジしてみたところ、
ポロポロ周囲にこぼれるので止めた。
(よし、もうこのへんでいいだろう・・・)
皿に盛り付ける。
ここで最後にドライパセリを
ぱらぱら振り掛ける。
・・・出来上がり
「おおっ、チキンライスぅ!」
テーブルに皿を置くと、もわもわ湯気が上がる。
アカネが身を乗り出して匂いを吸い込む。
「んーやっぱオムライスって難しいわけ?」
「たまごは嫌だぁ!!」
幸尋は絶叫してしまった。
もうトラウマである。
「どうしたんだよ?そんなにたまご嫌いだっけ?」
ただならぬ様子にアカネは驚いた。
幸尋があのたまご焼きを克服するには、
まだまだ時間が必要だった・・・。
「・・・と、とにかく・・・しばらくたまごは食べたくない・・・」
「変なの・・・」
そう言いながら、アカネはチキンライスしか見ていない。
「・・・それよりも、アカネ?
どうしてそんなにタバスコかけるかなぁ・・・」
「ケチャップ系のやつには合うんだよ」
「ホント、アカネの味覚って謎だよね・・・」
「うるせぇ」
ここまで極端だと、かえって見守りたくなってくる。
彼女のチキンライスのてっぺんはもうベタベタである。
・・・もぐもぐ・・・
ケチャップはよく炒めることで、トマトの香りが豊かになる。
玉ねぎがやさしいほのかな甘味となって、トマトの酸味と一体化している。
多めに入れたミックスベジタブルは彩りが良くなるだけではなく、
ひと口ごとに、人参、コーン、グリーンピースの個性が光る。
そして、大きめの鶏肉。
あまり火を通し過ぎないよう心掛けていたため、
噛むとじゅわっと肉汁があふれてくる。
「ふむふむ・・・」
「んもんも・・・」
ふたりともスプーンが止まらない。
ひと口含むたびにチキンライスを堪能した。
「ふぅ、ごちそうさまぁ・・・」
「うーん、ごちそうさま」
ふたりとも、おなかがいっぱいになって満足である。
「・・・んねぇ、いっかい料理作ってよ」
「はぁ?ヤダ。」
アカネは何だかんだ言いながらも、食器の洗い物をするという
成長を見せている。うまく煽てれば、料理もするかもしれない。
「ていうか、洗濯!夜のうちに干すんだろ!?」
「くっ!」
幸尋は矛を収めるしかなかった。
とぼとぼバスルームに行って、洗濯機から衣類を取り出す。
最近は手慣れたものになっている。
お風呂の順番は、幸尋→アカネになっているが、これには理由があった。
アカネは自分が脱いだ衣服を彼に見られたくなかった。
にもかかわらず、ベランダに干すのは幸尋の仕事になっている。
彼女のそういう意識が彼にはよく分からない。
彼女の下着を干すのはさすがに恥ずかしかった。
それを手に取ること自体、とても罪悪感があった。
どこに洗濯ばさみを付ければいいのか。
あんまり生地を伸ばさないほうがいいのか。
試行錯誤を迫られたが、長く時間をかけると変に思われる。
顔を真っ赤にして、うやうやしく干していた。
それも最近は平然と干している。
(・・・こんなのただの布だ・・・)
アカネは見た目ギャル系だが、ブラとパンツは派手なものに限らず、
かわいいものや、落ち着いたものまで何枚も揃っていた。
それに対して、幸尋はボクサータイプを2種類しかもっていなかった。
(あーよく分からん!)
幸尋の衣服とは対照的に、アカネのものは華やかな感じである。
衣服ひとつをとっても女の子のものはまるで違っていた。
「あっはっはっは!」
いそいそ洗濯物を干す後ろのほうで、
テレビを見ているアカネが笑っている。
無邪気な笑い声にイラッとしながら、
幸尋は黙々と洗濯物を干した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
洗濯物を干し終わって、幸尋はそろそろ寝ることにした。
まだリビングでテレビを見ているアカネを横目に、
何も言わず自室に入っていった。
(あぁ~疲れた疲れた・・・)
ふとんに潜り込んで、やれやれと思った。
心地よい疲労感があった。
目を閉じてしばらくすると、
今日一日の光景が頭に浮かんできた。
(・・・委員長・・・今日は君が悪いんだからな・・・)
ふとんの中で非難していたが、
それと同時進行で、下半身は半脱ぎ状態であった。
寝る前にふとんの中で、もぞもぞとひとりエッチするのが定番だった。
彼女の印象的な一幕が甦る。
たまご焼きを自分で食べてみて、顔を赤くした。
実は、その顔が今日一日頭から放れなかった。
彼女を押し倒したら、あんな顔をするのかと思うと、
ぞわぞわ興奮してきた。
恥ずかしそうに、服を捲って胸を見せる委員長。
スカートをはらりと脱ぎ落として、上目遣いする委員長。
ベッドの上でM字開脚して恥ずかしそうに目を閉じる委員長。
今日、思いがけない場面で見た彼女の表情に、
彼の妄想は豊かに展開した。
・・・ところが、いつしか脳裏に浮かぶ委員長の姿がアカネに変わる。
彼女がマジメな顔をして服を脱いでいく。
目を閉じて妄想しているのに、
彼女の姿だけはとても鮮明だった。
リビングで、キッチンで、抱きつく。
映るテレビ画面に身体を押し付けて、
後ろから激しく腰を打ち付ける。
激しい責めにいつもとは違う彼女が悶える。
そうした光景が脳裏で展開していった。
責めに悶える彼女に興奮がエスカレートしていった。
・・・びゅっ!・・・どぴゅぅびゅびゅっ・・・
彼女の顔にブチまけるのを想像して、
彼は絶頂を迎えた。
(・・・あぁっ、クソッ・・・)
丸めたティッシュに射精した直後、激しい後悔に襲われた。
半分お尻が出た状態で頭を抱えた。
(・・・最低だ・・・)
急に冷静に戻った彼はなかなか眠ることができなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――翌朝
幸尋は朝が強い方だったが、
昨夜は寝つきが悪くて、今朝は眠たい。
頭がぼぉーっとしている感じだった。
いつものように朝ごはんの用意にかかった。
そうしているうちに、アカネが起きてきた。
髪の毛ボサボサで、しかめっ面。
彼は「寝起きの顔なんて見ないでぇ~」って
恥ずかしがる女の子が理想だった。
それも今や遠い過去になってしまった。
そんな理想をもっていた自分をせせら笑う。
(見たまえ、このアカネくんを・・・
理想などすぐ壊れるのだよ・・・)
ひとりで含み笑いをしていると、ガン見された。
朝のアカネは機嫌が悪い。
(・・・ヤバっ)
それを振り払うように、朝食の準備を進めた。
朝食の用意といっても大したことはしない。
まずお湯を沸かす。
冷ごはんをふたり分レンジで温め、
この前焼いておいた塩鮭も温める。
それにインスタントのたまごスープ。
ようやく「たまご焼き」事件の記憶が薄まってきた。
冷蔵庫に残っていた高野豆腐の煮物もテーブルに出した。
彼女は先にテーブルについて、
目覚めにブラックコーヒーを飲む。
「食べようか?」
今ではすっかり定着してしまったふたりの朝食。
最近では、メニューにも文句が少なくなってきた。
「ブラックコーヒー飲みながら、一緒に食べて合うの?」
毎度のように彼女の味覚を問う。
とんでもない和と洋の取り合わせである。
「ん?・・・別に。合うぜ?」
目の前で高野豆腐をつまみら、
ブラックコーヒーを啜っている。
まるで酒飲みのオヤジのようだった。
「んなぁ、お前って、ひとりエッチのオカズ誰にしてんの?」
・・・ブフッ!!
食べていたごはんを噴き出してしまった。
会話の流れを無視したような、とんでもない質問だった。
「・・・い、いきなり何てこと訊くんだよっ!
そ・・・そんなの女の子の言うことじゃないよ・・・」
テーブルに飛び散ったごはん粒を慌てて拾い集める。
「教えろよぉ」
悪戯っぽい目をして、身を乗り出してくる。
幸尋はサッと顔を背ける。
「・・・い、嫌だ・・・・・・て、って言うか・・・
ひとりエッチとかしてないし・・・」
平静を装うつもりが、しどろもどろになってしまう。
そんなことを知ってどうしたいのだろう。
「へ~じゃぁ、コレは何~?」
汚そうに摘み上げた、丸めたティッシュ。
・・・ドキッ!!
彼の視野がうわんうわん揺れる。
まるで決定的な証拠を突きつけられた犯人の心境だった。
「すっごい匂い・・・ぷんぷんしてるぜ?
精液いっぱい出しやがって・・・」
目の前で、そのティッシュをくんかくんかする。
そんなことをされて、顔が真っ赤になって落ち着かない。
自慰を見咎められているのと同じだった。
(いつの間にそんなもの見つけたんだよぉっ!)
今まで、何も考えずに自慰した後のティッシュをゴミ箱に捨てていた。
朝だから自室のドアを開けっ放しにしていたのが悔やまれた。
おそらくアカネは隙を突いて、ゴミ箱を漁ったに違いない。
気が動転する寸前だった。
「お前、あの委員長とかでヤってたら許さねぇからな!」
キッと目を険しくした。
語気鋭い言葉に幸尋は圧迫された。
・・・内心蒼ざめた。
(・・・・・・・・・)
これは何としても、はぐらかすほうがいいと感じた。
何せ、初対面でカマをかけてくるような女である。
動転しかかっている心に言い聞かせて、
うわんうわんと揺れるのを理性で治めにかかる。
「・・・あ、あのさ・・・早くしないと遅れるよ?
寝癖とか直すんでしょーが!」
思い切って話題を変えてみた。
最近、何とかちょっとは受け止めに余裕が出てきた。
そう言われて、彼女は壁掛け時計を見る。
「・・・チッ・・・」
ブラックコーヒーを飲み干して席を立った。
(・・・ふーっ・・・何とかかわしたぁ~)
後かたづけをして、家を出る頃、
彼は早くも疲れを感じていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
学校に着いてからも、
幸尋は何だか調子が狂って変な感じだった。
(・・・はは・・・これで互いにひとりエッチしてるのがバレた・・・)
普段ではあり得ないことだった。
思春期の触れてほしくない秘密と言っていい。
「どうしたの?いつにもまして廃人みたいな顔になってるよ?」
「朝からずいぶんなディスり方だな、委員長さん・・・」
朝食での一件で早くも疲れてしまっていた。
午前中の授業を潰して居眠りしないと回復しそうになかった。
できればそっとしておいてほしい。
「委員長・・・もう今日はダメなんだよ
・・・昼まで寝させてよ・・・」
「何言ってるの?そんなの許さないから!」
(・・・ったく、どうやったらこんな
融通の利かない奴になるんだよ・・・)
頭だけ机に横たえた状態で、委員長に目を向ける。
半分死んだような羨ましげな目で。
そんな彼を見下ろして、腕組みして溜息をつく。
「アカネちゃんにひとりエッチでも見つかったの?」
ぴょこんと、イスに座ったままで少し跳び上がった。
「・・・当たりなの?」
ニヤリとする委員長の顔が怖い。
(・・・ぬぅ・・・委員長・・・お前もか・・・)
今更ながら、会話の先が読めないことを恨めしく思った。
その読めなさはアカネばかりだと思っていたが、
委員長もそうだったことを思い出した。
とかく女の子の会話は先が読めない。
どうして女の子は知らないはずの
内緒事を洞察できるのか・・・。
自分で思ったり考えたりしていることが
漏れ出ているのではないかと心配になる。
それからは、委員長の一方的な話になった。
彼女には兄がいて、たまに自慰を目撃するのだという。
その思いがけない兄妹事情を明かされて、内心驚く。
(委員長のお兄さん、オープン過ぎるだろ・・・)
「良家」というイメージを勝手に抱いているが、
もうそろそろそれは捨てたほうがいいかもしれない。
「委員長はお兄さまに性教育をされたんだね・・・」
ニヤリとする。
わざと煽って、反撃に出てみた。
「最初はびっくりしたけど、そーゆーものよ。
ユッキーはひとりっ子だから、見つかって凹んでるんでしょう」
・・・全く効果がなかった。
代わりに向けられる視線が冷たくなった。
「・・・あ・・・いや、それはもう乗り越えたんだよ・・・」
思わずビビッてしまった。
委員長の気分は青信号より変わりやすい。
(・・・おぁ・・・何というシチュエーションなんだ・・・
オカズにした相手とオカズの話をするなんて・・・)
委員長がマジメに解決策を話してくれているのに、
実情を知る彼はひとり興奮していた。
睡眠不足のときに限って、股間は意外に元気がある。
ムダな元気である。
(・・・今日もヤろうかなぁ・・・)
思わず顔がニヤニヤしてしまう。
我慢するのはよくない。
「ねぇ!聞いてるの!?」
「・・・えっ!ああ、聞いてる・・・」
平静を装って応えた。
ぼぉっとしていると、委員長の相手などできない。
「ねぇ、アカネちゃんと・・・キス・・・した?」
「えっ?!・・・いや・・・そんなことしてないよ
・・・てか、無理だよ・・・」
油断していたら、とんでもない質問が来た。
今日は朝から何という日だと思った。
(・・・グイグイ来るなぁ・・・)
「まぁ、ユッキーがキスするなんて絶対想像できないけどね」
明らかにバカにした色があった。
何でこうも訊きにくいことをぽんぽん訊いてくるのか。
「慎みというのが無いのか?」と思わずムッとする。
「女の子の言うことじゃないよ・・・」
やっぱり委員長だった。
どこかで彼をけなすことを忘れていない。
(つづく)
――下校
幸尋はしばらくあの「たまご焼き」に
当てられて、呆然としながら帰った。
彼は古びた団地の階段をゆっくり上っていると、
「たまご焼き」にふつふつと怒りが湧いてきた。
(ったく・・・アイツ、ホントに良家のお嬢様なのか?)
彼には委員長が完全無欠の女の子だと思っていた。
それがあの「たまご焼き」の出来である。
これまでの彼女のイメージとは、あまりにミスマッチだった。
(あぁもう・・・女の子って何なんだよ・・・)
ガチャ・・・
答えの出ない疑問を思いながら、ドアを開けた。
「ユッキ~、今晩のメニュー何、何~?」
アカネが無邪気に走り寄って来た。
あのたまご焼きを知らないとは幸せな女である。
この無邪気さもあれを知ったら吹き飛ぶだろう。
「・・・チキンライスだよ・・・」
最近は学校でダメージを喰っても、
下校中に夕ごはんのことぐらい考えておく余裕はある。
「いぇーぃ!」
(・・・やれやれ・・・)
――夕ごはん時
冷ごはんが多く残っていたのが決め手になった。
鶏モモ肉をひと口サイズに切る。
今回は食べ応えあるようにした。
玉ねぎをしっかり刻んでおく。
無論、あの“C”の字になって刻む。
やっぱり目に沁みる。
んで、やっぱりアカネが笑う。
フライパンに油を垂らして加熱する。
玉ねぎをよく炒め、くたくたになってきたら、
それにミックスベジタブルを加えてさらに炒める。
粉末のブイヨンとケチャップを入れ、
基本的な味付けをする。
(・・・ふふっ、オレ天才だろ?)
ここで、カレーパウダーを振り掛ける。
最近、思いついた隠し味で、ちょっと得意である。
しばらく炒めて、水分を少し飛ばしてから、
冷ごはんをどっさり加える。
・・・ぐっぐっぐっ・・・
木べらで冷ごはんを押し潰すように混ぜる。
ごはん粒がダマになると見栄えが悪い。
・・・じゅじゅ~っ
フライパンを器用に大きく振って、
豪快に混ぜるようなことはしない。
何度かチャレンジしてみたところ、
ポロポロ周囲にこぼれるので止めた。
(よし、もうこのへんでいいだろう・・・)
皿に盛り付ける。
ここで最後にドライパセリを
ぱらぱら振り掛ける。
・・・出来上がり
「おおっ、チキンライスぅ!」
テーブルに皿を置くと、もわもわ湯気が上がる。
アカネが身を乗り出して匂いを吸い込む。
「んーやっぱオムライスって難しいわけ?」
「たまごは嫌だぁ!!」
幸尋は絶叫してしまった。
もうトラウマである。
「どうしたんだよ?そんなにたまご嫌いだっけ?」
ただならぬ様子にアカネは驚いた。
幸尋があのたまご焼きを克服するには、
まだまだ時間が必要だった・・・。
「・・・と、とにかく・・・しばらくたまごは食べたくない・・・」
「変なの・・・」
そう言いながら、アカネはチキンライスしか見ていない。
「・・・それよりも、アカネ?
どうしてそんなにタバスコかけるかなぁ・・・」
「ケチャップ系のやつには合うんだよ」
「ホント、アカネの味覚って謎だよね・・・」
「うるせぇ」
ここまで極端だと、かえって見守りたくなってくる。
彼女のチキンライスのてっぺんはもうベタベタである。
・・・もぐもぐ・・・
ケチャップはよく炒めることで、トマトの香りが豊かになる。
玉ねぎがやさしいほのかな甘味となって、トマトの酸味と一体化している。
多めに入れたミックスベジタブルは彩りが良くなるだけではなく、
ひと口ごとに、人参、コーン、グリーンピースの個性が光る。
そして、大きめの鶏肉。
あまり火を通し過ぎないよう心掛けていたため、
噛むとじゅわっと肉汁があふれてくる。
「ふむふむ・・・」
「んもんも・・・」
ふたりともスプーンが止まらない。
ひと口含むたびにチキンライスを堪能した。
「ふぅ、ごちそうさまぁ・・・」
「うーん、ごちそうさま」
ふたりとも、おなかがいっぱいになって満足である。
「・・・んねぇ、いっかい料理作ってよ」
「はぁ?ヤダ。」
アカネは何だかんだ言いながらも、食器の洗い物をするという
成長を見せている。うまく煽てれば、料理もするかもしれない。
「ていうか、洗濯!夜のうちに干すんだろ!?」
「くっ!」
幸尋は矛を収めるしかなかった。
とぼとぼバスルームに行って、洗濯機から衣類を取り出す。
最近は手慣れたものになっている。
お風呂の順番は、幸尋→アカネになっているが、これには理由があった。
アカネは自分が脱いだ衣服を彼に見られたくなかった。
にもかかわらず、ベランダに干すのは幸尋の仕事になっている。
彼女のそういう意識が彼にはよく分からない。
彼女の下着を干すのはさすがに恥ずかしかった。
それを手に取ること自体、とても罪悪感があった。
どこに洗濯ばさみを付ければいいのか。
あんまり生地を伸ばさないほうがいいのか。
試行錯誤を迫られたが、長く時間をかけると変に思われる。
顔を真っ赤にして、うやうやしく干していた。
それも最近は平然と干している。
(・・・こんなのただの布だ・・・)
アカネは見た目ギャル系だが、ブラとパンツは派手なものに限らず、
かわいいものや、落ち着いたものまで何枚も揃っていた。
それに対して、幸尋はボクサータイプを2種類しかもっていなかった。
(あーよく分からん!)
幸尋の衣服とは対照的に、アカネのものは華やかな感じである。
衣服ひとつをとっても女の子のものはまるで違っていた。
「あっはっはっは!」
いそいそ洗濯物を干す後ろのほうで、
テレビを見ているアカネが笑っている。
無邪気な笑い声にイラッとしながら、
幸尋は黙々と洗濯物を干した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
洗濯物を干し終わって、幸尋はそろそろ寝ることにした。
まだリビングでテレビを見ているアカネを横目に、
何も言わず自室に入っていった。
(あぁ~疲れた疲れた・・・)
ふとんに潜り込んで、やれやれと思った。
心地よい疲労感があった。
目を閉じてしばらくすると、
今日一日の光景が頭に浮かんできた。
(・・・委員長・・・今日は君が悪いんだからな・・・)
ふとんの中で非難していたが、
それと同時進行で、下半身は半脱ぎ状態であった。
寝る前にふとんの中で、もぞもぞとひとりエッチするのが定番だった。
彼女の印象的な一幕が甦る。
たまご焼きを自分で食べてみて、顔を赤くした。
実は、その顔が今日一日頭から放れなかった。
彼女を押し倒したら、あんな顔をするのかと思うと、
ぞわぞわ興奮してきた。
恥ずかしそうに、服を捲って胸を見せる委員長。
スカートをはらりと脱ぎ落として、上目遣いする委員長。
ベッドの上でM字開脚して恥ずかしそうに目を閉じる委員長。
今日、思いがけない場面で見た彼女の表情に、
彼の妄想は豊かに展開した。
・・・ところが、いつしか脳裏に浮かぶ委員長の姿がアカネに変わる。
彼女がマジメな顔をして服を脱いでいく。
目を閉じて妄想しているのに、
彼女の姿だけはとても鮮明だった。
リビングで、キッチンで、抱きつく。
映るテレビ画面に身体を押し付けて、
後ろから激しく腰を打ち付ける。
激しい責めにいつもとは違う彼女が悶える。
そうした光景が脳裏で展開していった。
責めに悶える彼女に興奮がエスカレートしていった。
・・・びゅっ!・・・どぴゅぅびゅびゅっ・・・
彼女の顔にブチまけるのを想像して、
彼は絶頂を迎えた。
(・・・あぁっ、クソッ・・・)
丸めたティッシュに射精した直後、激しい後悔に襲われた。
半分お尻が出た状態で頭を抱えた。
(・・・最低だ・・・)
急に冷静に戻った彼はなかなか眠ることができなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――翌朝
幸尋は朝が強い方だったが、
昨夜は寝つきが悪くて、今朝は眠たい。
頭がぼぉーっとしている感じだった。
いつものように朝ごはんの用意にかかった。
そうしているうちに、アカネが起きてきた。
髪の毛ボサボサで、しかめっ面。
彼は「寝起きの顔なんて見ないでぇ~」って
恥ずかしがる女の子が理想だった。
それも今や遠い過去になってしまった。
そんな理想をもっていた自分をせせら笑う。
(見たまえ、このアカネくんを・・・
理想などすぐ壊れるのだよ・・・)
ひとりで含み笑いをしていると、ガン見された。
朝のアカネは機嫌が悪い。
(・・・ヤバっ)
それを振り払うように、朝食の準備を進めた。
朝食の用意といっても大したことはしない。
まずお湯を沸かす。
冷ごはんをふたり分レンジで温め、
この前焼いておいた塩鮭も温める。
それにインスタントのたまごスープ。
ようやく「たまご焼き」事件の記憶が薄まってきた。
冷蔵庫に残っていた高野豆腐の煮物もテーブルに出した。
彼女は先にテーブルについて、
目覚めにブラックコーヒーを飲む。
「食べようか?」
今ではすっかり定着してしまったふたりの朝食。
最近では、メニューにも文句が少なくなってきた。
「ブラックコーヒー飲みながら、一緒に食べて合うの?」
毎度のように彼女の味覚を問う。
とんでもない和と洋の取り合わせである。
「ん?・・・別に。合うぜ?」
目の前で高野豆腐をつまみら、
ブラックコーヒーを啜っている。
まるで酒飲みのオヤジのようだった。
「んなぁ、お前って、ひとりエッチのオカズ誰にしてんの?」
・・・ブフッ!!
食べていたごはんを噴き出してしまった。
会話の流れを無視したような、とんでもない質問だった。
「・・・い、いきなり何てこと訊くんだよっ!
そ・・・そんなの女の子の言うことじゃないよ・・・」
テーブルに飛び散ったごはん粒を慌てて拾い集める。
「教えろよぉ」
悪戯っぽい目をして、身を乗り出してくる。
幸尋はサッと顔を背ける。
「・・・い、嫌だ・・・・・・て、って言うか・・・
ひとりエッチとかしてないし・・・」
平静を装うつもりが、しどろもどろになってしまう。
そんなことを知ってどうしたいのだろう。
「へ~じゃぁ、コレは何~?」
汚そうに摘み上げた、丸めたティッシュ。
・・・ドキッ!!
彼の視野がうわんうわん揺れる。
まるで決定的な証拠を突きつけられた犯人の心境だった。
「すっごい匂い・・・ぷんぷんしてるぜ?
精液いっぱい出しやがって・・・」
目の前で、そのティッシュをくんかくんかする。
そんなことをされて、顔が真っ赤になって落ち着かない。
自慰を見咎められているのと同じだった。
(いつの間にそんなもの見つけたんだよぉっ!)
今まで、何も考えずに自慰した後のティッシュをゴミ箱に捨てていた。
朝だから自室のドアを開けっ放しにしていたのが悔やまれた。
おそらくアカネは隙を突いて、ゴミ箱を漁ったに違いない。
気が動転する寸前だった。
「お前、あの委員長とかでヤってたら許さねぇからな!」
キッと目を険しくした。
語気鋭い言葉に幸尋は圧迫された。
・・・内心蒼ざめた。
(・・・・・・・・・)
これは何としても、はぐらかすほうがいいと感じた。
何せ、初対面でカマをかけてくるような女である。
動転しかかっている心に言い聞かせて、
うわんうわんと揺れるのを理性で治めにかかる。
「・・・あ、あのさ・・・早くしないと遅れるよ?
寝癖とか直すんでしょーが!」
思い切って話題を変えてみた。
最近、何とかちょっとは受け止めに余裕が出てきた。
そう言われて、彼女は壁掛け時計を見る。
「・・・チッ・・・」
ブラックコーヒーを飲み干して席を立った。
(・・・ふーっ・・・何とかかわしたぁ~)
後かたづけをして、家を出る頃、
彼は早くも疲れを感じていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
学校に着いてからも、
幸尋は何だか調子が狂って変な感じだった。
(・・・はは・・・これで互いにひとりエッチしてるのがバレた・・・)
普段ではあり得ないことだった。
思春期の触れてほしくない秘密と言っていい。
「どうしたの?いつにもまして廃人みたいな顔になってるよ?」
「朝からずいぶんなディスり方だな、委員長さん・・・」
朝食での一件で早くも疲れてしまっていた。
午前中の授業を潰して居眠りしないと回復しそうになかった。
できればそっとしておいてほしい。
「委員長・・・もう今日はダメなんだよ
・・・昼まで寝させてよ・・・」
「何言ってるの?そんなの許さないから!」
(・・・ったく、どうやったらこんな
融通の利かない奴になるんだよ・・・)
頭だけ机に横たえた状態で、委員長に目を向ける。
半分死んだような羨ましげな目で。
そんな彼を見下ろして、腕組みして溜息をつく。
「アカネちゃんにひとりエッチでも見つかったの?」
ぴょこんと、イスに座ったままで少し跳び上がった。
「・・・当たりなの?」
ニヤリとする委員長の顔が怖い。
(・・・ぬぅ・・・委員長・・・お前もか・・・)
今更ながら、会話の先が読めないことを恨めしく思った。
その読めなさはアカネばかりだと思っていたが、
委員長もそうだったことを思い出した。
とかく女の子の会話は先が読めない。
どうして女の子は知らないはずの
内緒事を洞察できるのか・・・。
自分で思ったり考えたりしていることが
漏れ出ているのではないかと心配になる。
それからは、委員長の一方的な話になった。
彼女には兄がいて、たまに自慰を目撃するのだという。
その思いがけない兄妹事情を明かされて、内心驚く。
(委員長のお兄さん、オープン過ぎるだろ・・・)
「良家」というイメージを勝手に抱いているが、
もうそろそろそれは捨てたほうがいいかもしれない。
「委員長はお兄さまに性教育をされたんだね・・・」
ニヤリとする。
わざと煽って、反撃に出てみた。
「最初はびっくりしたけど、そーゆーものよ。
ユッキーはひとりっ子だから、見つかって凹んでるんでしょう」
・・・全く効果がなかった。
代わりに向けられる視線が冷たくなった。
「・・・あ・・・いや、それはもう乗り越えたんだよ・・・」
思わずビビッてしまった。
委員長の気分は青信号より変わりやすい。
(・・・おぁ・・・何というシチュエーションなんだ・・・
オカズにした相手とオカズの話をするなんて・・・)
委員長がマジメに解決策を話してくれているのに、
実情を知る彼はひとり興奮していた。
睡眠不足のときに限って、股間は意外に元気がある。
ムダな元気である。
(・・・今日もヤろうかなぁ・・・)
思わず顔がニヤニヤしてしまう。
我慢するのはよくない。
「ねぇ!聞いてるの!?」
「・・・えっ!ああ、聞いてる・・・」
平静を装って応えた。
ぼぉっとしていると、委員長の相手などできない。
「ねぇ、アカネちゃんと・・・キス・・・した?」
「えっ?!・・・いや・・・そんなことしてないよ
・・・てか、無理だよ・・・」
油断していたら、とんでもない質問が来た。
今日は朝から何という日だと思った。
(・・・グイグイ来るなぁ・・・)
「まぁ、ユッキーがキスするなんて絶対想像できないけどね」
明らかにバカにした色があった。
何でこうも訊きにくいことをぽんぽん訊いてくるのか。
「慎みというのが無いのか?」と思わずムッとする。
「女の子の言うことじゃないよ・・・」
やっぱり委員長だった。
どこかで彼をけなすことを忘れていない。
(つづく)
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説


今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


一宿一飯の恩義
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
妹のアイミが、一人暮らしの兄の家に泊まりに来た。コンサートで近くを訪れたため、ホテル代わりに利用しようということだった。
兄は条件を付けて、アイミを泊めることにした。
その夜、条件であることを理由に、兄はアイミを抱く。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる