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第8話(前篇):眠たいときに
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■第8話(前篇):眠たいときに
「ユッキー、ちょっと来なさいよ」
「えー」
あからさまに嫌がった。
また雑用を押し付けられる予感がビンビンだし、
委員長にまで「ユッキー」が定着してしまった。
世の中はうまくいかないことだらけである。
「ちょ、委員長・・・まだOKしてないんだけど・・・」
幸尋は手を引かれて教室を連れ出された。
クラスメイトには、それが見慣れた風景になっていて、
「また連行されていった」と呼ばれていた。
しばらく引っ張られて歩かされ、
教材準備室に入っていった。
ここは普段立ち入らない部屋だった。
「委員長・・・また力仕事かよ?」
これまでに何度もクラスの仕事を手伝わされてきた。
断ると後が面倒になるので、しぶしぶ手伝っていた。
この部屋は棚やロッカーで囲まれていて、
長テーブルが2つに、パイプイスもいくつかある。
いつもと違って、テーブルの上に荷物らしいものはない。
(・・・ん?・・・今日は何をやらされるんだ?)
状況がよく分からずに、キョロキョロと訝っていると、
委員長はロッカーの中をゴソゴソしている。
(・・・・・・・・・)
何となく委員長の後ろ姿を見ていると、
彼女の人物評が浮かんできた。
クラスのなかでも、誰とでもよく話し、
テキパキ動いて気が回る。
少し理的な印象がある目元に、やや太い眉。
額を大きく出すセミロングの髪。
適度な胸のふくらみに、腰周りがしっかりした
健康的な身体をしている。
彼はそんな彼女をキレイな女の子として認めている。
女の子が元気なのはいいことだと思っているが、
その余波が自身に及ぶのはよろしくない。
そんな彼女に以前から事あるごとに絡まれている。
(・・・何か、いつもと様子が違うぞ・・・)
彼女はバッグを持って、パイプイスに座った。
彼にも座るよう促した。
そう言われると、急に畏まってしまう。
「で・・・今回はどういった罪状で・・・」
何かお説教でもあるのかと恐る恐る訊いた。
あのバッグの中は押収した資料でも入っているのか。
思い当たることが多すぎて困ってしまう。
幸尋にとってはOKなことでも、
委員長にとってはNGなことが多い。
「ちょっと味見してほしいの。」
「ほえ?」
全く予想もしないことだった。
たまご焼きを作ってきたのだという。
女子の気まぐれをいちいち理由を訊く気がしなかった。
義理でも訊いてしまうと、厄介なことに巻き込まれる。
「はいはい、食べればいいんでしょ?」
さっきまでけっこう緊張していたのが、
一気に楽になった。
「ん!」
ぐいっと白い容器を突き出した。
両手に乗る大きさである。
それを受け取ると、いやにずっしりとしていた。
フタを開けたくないが、どうしようもない。
・・・ぱかっ・・・
「ぬうう・・・」
たまご焼きがぎっしり詰まっていた。
たまご焼きだけである。相当な量である。
異様な何かが漂っている。
鈍い幸尋でもさすがに嫌なものを感じ取って、
額にじわりと汗が滲んでくる。
視線を向けると、無言で頷いている。
(何も言わず食えって意味だね・・・)
最早、拒否権などあろうはずがなかった。
(こ、こんなの新手の拷問だろっ!)
「・・・い、いただきます・・・」
用意のいいことに、割り箸を持ってきてくれていた。
気が利いているのが返って不気味である。
・・・じゃりっ・・・じゃりじゃり・・・
「・・・・・・・・・」
幸尋の時間が止まってしまった。この世に生を受けて以来、
こんなミステリアスなたまご焼きは食べたことがなかった。
口のなかに入っているのが本当にたまご焼きだったのか、
急に信じられなくなってくる。
一瞬のうちに、周囲に宇宙空間が広がり、
平衡感覚が狂ったようなぐるぐるした感覚に囚われる。
(・・・このボクに宇宙を感じさせるとはっ!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・ねぇ!聞いてるの!?ユッキー!」
「え?・・・あぁ・・・」
何度も呼び掛けられていたようだった。
ようやく現実世界に意識が戻ってきた。
「美味しいよね?」
これには解釈を要した。
言葉通りの意味ではないことは、語調から明らかだった。
(ぬぅうう・・・同意以外は許さねぇってか!)
こういう会話術が使えないと委員長というのは務まらないのか。
キレイ事だけでは世の中回らないのか。嫌な世の中だ。
「・・・質問があります、委員長。」
「質問を認めます。」
委員長の顔が少し強張っている。
質問するにも勇気が相当必要である。
勇気のコストは非常に効率が悪い。
「たまごを溶いたときに砂糖を入れたはずだけど・・・
焼いてる最後のほうで、もう一回砂糖入れた?」
率直な疑問をぶつけてみた。
あんな砂糖の食感が残るのは、
手順に問題があるはずだった。
「巻くときにわざわざ不足分を補ったのよ。」
「ファッ!?」
彼は自炊をしているから、料理は一応できる。
上手くはないが、基本的なことはできるのだ。
だいたい弁当も作って来ているし。
たまご焼きも何度も作ってきた。
(なぜだ!不足分とか意味が分からん!!)
そんな最後に砂糖を入れるという所業。
そんなに砂糖が好きなのか。
思わず顔をまじまじと見たが、
涼しい顔をしている。
「食感が異次元だぞっ!」
「な、何ですって・・・」
彼女は顔をキッとさせた。
新たに割り箸を取り出して一切れ口に入れた。
まるで幸尋の味覚を信用していないかのようだった。
・・・じゃり・・・・・・
明らかに「ハッ」とした。
みるみるうちに顔が赤くなっていった。
「こ、これくらい別にいいじゃない!」
「・・・最後に入れた砂糖をナシしたら、
そこそこ美味しかったはずだけどなぁ・・・」
「ホント?」
顔色が変わった。こういう豹変が怖い。
今回はたまたま吉に転んだようだ。
「今度は砂糖控えめにしてみる。」
(・・・あぁ!窮地を脱したぞぉ・・・)
思わず溜息が出た。
いきなり降りかかってきた災難だった。
いなすことができてほっとした。
「・・・これせっかく作ったから、ぜんぶ食べてね!」
にっこり笑った。
反論できない雰囲気だった。
(・・・おのれぇっ!・・・持って帰れよぉおおおっ)
そう心のなかで叫んだが、言える度胸は無かった。
引きつった顔で、たまご焼きに臨んだ。
・・・じゃりっ・・・じゃりじゃり・・・・・・
(委員長ぉおぉおおっ!!)
(つづく)
「ユッキー、ちょっと来なさいよ」
「えー」
あからさまに嫌がった。
また雑用を押し付けられる予感がビンビンだし、
委員長にまで「ユッキー」が定着してしまった。
世の中はうまくいかないことだらけである。
「ちょ、委員長・・・まだOKしてないんだけど・・・」
幸尋は手を引かれて教室を連れ出された。
クラスメイトには、それが見慣れた風景になっていて、
「また連行されていった」と呼ばれていた。
しばらく引っ張られて歩かされ、
教材準備室に入っていった。
ここは普段立ち入らない部屋だった。
「委員長・・・また力仕事かよ?」
これまでに何度もクラスの仕事を手伝わされてきた。
断ると後が面倒になるので、しぶしぶ手伝っていた。
この部屋は棚やロッカーで囲まれていて、
長テーブルが2つに、パイプイスもいくつかある。
いつもと違って、テーブルの上に荷物らしいものはない。
(・・・ん?・・・今日は何をやらされるんだ?)
状況がよく分からずに、キョロキョロと訝っていると、
委員長はロッカーの中をゴソゴソしている。
(・・・・・・・・・)
何となく委員長の後ろ姿を見ていると、
彼女の人物評が浮かんできた。
クラスのなかでも、誰とでもよく話し、
テキパキ動いて気が回る。
少し理的な印象がある目元に、やや太い眉。
額を大きく出すセミロングの髪。
適度な胸のふくらみに、腰周りがしっかりした
健康的な身体をしている。
彼はそんな彼女をキレイな女の子として認めている。
女の子が元気なのはいいことだと思っているが、
その余波が自身に及ぶのはよろしくない。
そんな彼女に以前から事あるごとに絡まれている。
(・・・何か、いつもと様子が違うぞ・・・)
彼女はバッグを持って、パイプイスに座った。
彼にも座るよう促した。
そう言われると、急に畏まってしまう。
「で・・・今回はどういった罪状で・・・」
何かお説教でもあるのかと恐る恐る訊いた。
あのバッグの中は押収した資料でも入っているのか。
思い当たることが多すぎて困ってしまう。
幸尋にとってはOKなことでも、
委員長にとってはNGなことが多い。
「ちょっと味見してほしいの。」
「ほえ?」
全く予想もしないことだった。
たまご焼きを作ってきたのだという。
女子の気まぐれをいちいち理由を訊く気がしなかった。
義理でも訊いてしまうと、厄介なことに巻き込まれる。
「はいはい、食べればいいんでしょ?」
さっきまでけっこう緊張していたのが、
一気に楽になった。
「ん!」
ぐいっと白い容器を突き出した。
両手に乗る大きさである。
それを受け取ると、いやにずっしりとしていた。
フタを開けたくないが、どうしようもない。
・・・ぱかっ・・・
「ぬうう・・・」
たまご焼きがぎっしり詰まっていた。
たまご焼きだけである。相当な量である。
異様な何かが漂っている。
鈍い幸尋でもさすがに嫌なものを感じ取って、
額にじわりと汗が滲んでくる。
視線を向けると、無言で頷いている。
(何も言わず食えって意味だね・・・)
最早、拒否権などあろうはずがなかった。
(こ、こんなの新手の拷問だろっ!)
「・・・い、いただきます・・・」
用意のいいことに、割り箸を持ってきてくれていた。
気が利いているのが返って不気味である。
・・・じゃりっ・・・じゃりじゃり・・・
「・・・・・・・・・」
幸尋の時間が止まってしまった。この世に生を受けて以来、
こんなミステリアスなたまご焼きは食べたことがなかった。
口のなかに入っているのが本当にたまご焼きだったのか、
急に信じられなくなってくる。
一瞬のうちに、周囲に宇宙空間が広がり、
平衡感覚が狂ったようなぐるぐるした感覚に囚われる。
(・・・このボクに宇宙を感じさせるとはっ!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・ねぇ!聞いてるの!?ユッキー!」
「え?・・・あぁ・・・」
何度も呼び掛けられていたようだった。
ようやく現実世界に意識が戻ってきた。
「美味しいよね?」
これには解釈を要した。
言葉通りの意味ではないことは、語調から明らかだった。
(ぬぅうう・・・同意以外は許さねぇってか!)
こういう会話術が使えないと委員長というのは務まらないのか。
キレイ事だけでは世の中回らないのか。嫌な世の中だ。
「・・・質問があります、委員長。」
「質問を認めます。」
委員長の顔が少し強張っている。
質問するにも勇気が相当必要である。
勇気のコストは非常に効率が悪い。
「たまごを溶いたときに砂糖を入れたはずだけど・・・
焼いてる最後のほうで、もう一回砂糖入れた?」
率直な疑問をぶつけてみた。
あんな砂糖の食感が残るのは、
手順に問題があるはずだった。
「巻くときにわざわざ不足分を補ったのよ。」
「ファッ!?」
彼は自炊をしているから、料理は一応できる。
上手くはないが、基本的なことはできるのだ。
だいたい弁当も作って来ているし。
たまご焼きも何度も作ってきた。
(なぜだ!不足分とか意味が分からん!!)
そんな最後に砂糖を入れるという所業。
そんなに砂糖が好きなのか。
思わず顔をまじまじと見たが、
涼しい顔をしている。
「食感が異次元だぞっ!」
「な、何ですって・・・」
彼女は顔をキッとさせた。
新たに割り箸を取り出して一切れ口に入れた。
まるで幸尋の味覚を信用していないかのようだった。
・・・じゃり・・・・・・
明らかに「ハッ」とした。
みるみるうちに顔が赤くなっていった。
「こ、これくらい別にいいじゃない!」
「・・・最後に入れた砂糖をナシしたら、
そこそこ美味しかったはずだけどなぁ・・・」
「ホント?」
顔色が変わった。こういう豹変が怖い。
今回はたまたま吉に転んだようだ。
「今度は砂糖控えめにしてみる。」
(・・・あぁ!窮地を脱したぞぉ・・・)
思わず溜息が出た。
いきなり降りかかってきた災難だった。
いなすことができてほっとした。
「・・・これせっかく作ったから、ぜんぶ食べてね!」
にっこり笑った。
反論できない雰囲気だった。
(・・・おのれぇっ!・・・持って帰れよぉおおおっ)
そう心のなかで叫んだが、言える度胸は無かった。
引きつった顔で、たまご焼きに臨んだ。
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