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第8話(前篇):出入口
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偽妹(ぎもうと)
―憎い男に身体を開かれていく―
■第8話(前篇):出入口
あれから数日経っても、アイカの言葉が飲み込めなかった。
外見でも、性格でも、ふたりの間に共通するものは見当たらない。
共通しないふたりだったが、気は合っている。
フミは恋愛経験など皆無だった。
「付き合う間柄になった男性にしか身体を許してはいけない」
いつのころからか、それは不文律の法のように頭にある。
彼女の恋愛観はありふれたものだった。
そこにアイカの一言が突き刺さった。
きっぱり「それってもう古いよ」と言われた。
同年代でも恋愛観がまるで違っていた。
・・・好きになってから身体の相性が合わないのが分かる
それってすごく残酷じゃない?・・・
アイカはそう付け加えた。
強い風がふたりを吹き抜けていった。
肯綮にあたるものがあって、フミは言葉を失った。
これまで「そういうものだ」と思い込んでいた恋愛観に、
経験に裏付けられた実感を突き付けられた。
(・・・身体の相性・・・それで引き裂かれる?)
フミの恋愛観なら、恋人ができるまで
身体の交わりは経験できないことになる。
「男子のほうがそういうの素直じゃん?」と
言っていたアイカは男子の性欲に肯定的だった。
確かに、男子の性欲は分かりやすい。
性欲と好意が直結している。
フミは男がそういうものだとは思っていたが、
自分自身に向けられては困ることだった。
「男子とエッチなことしたい、女子はそんなこと言っちゃいけないの?」
アイカの言葉はフミの心を抉った。
「・・・ごめん、アタシどうかしてた・・・」
言葉を失ったフミを見て、アイカは謝った。
彼女らしくなく声が震えていた。
フミはようやく我に返ったようだった。
「うぅん、それってわたし、考えたことなかった・・・」
フミは身を乗り出した。
曇っていたアイカの顔が明るくなった。
(・・・何か・・・きっと)
・・・その後もふたりは長く話し合った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――翌日の学校
ソウタの演劇部の活動が忙しくなっていた。
彼と過せる時間を多くしたいフミにとって、思わしくないことだった。
クラスでは女子の目があるため、なかなか会話するチャンスが無かった。
そのため、隔週で開催される演劇部の上演を観に行くぐらいしか、
彼と会う口実を作れなくなっていた。
会場は校内の小ホールで、金曜日の放課後に上演されていたが、
いつも客席は混雑するほどだった。
演じるチームが複数あって、交替で出演していた。
即興劇だけではなく、ドラマ、ミュージカル、詩やエッセイの朗読など
演劇が分からない者でも楽しめる内容になっていた。
ソウタは次回の上演がドラマになっているため、即興劇に比べて、
脚本の読み込み、演技練習といった事前練習がたくさん必要だった。
チームの順番上、ソウタの次回の上演はまだ先のことだった。
上演を観に行っても、彼と確実に会えるわけではなかった。
演劇部といっても部員がたくさんいるわけではなく、
一人が複数の役割をこなすことも多かった。
上演後の舞台や客席の片付けは部員総出でやっていた。
「・・・私もお手伝いします・・・」
フミは忙しそうにしている彼らに思い切って声を掛けた。
ソウタだけでなく、別のクラスメイトの部員とも知り合いだった。
そうしたことがなくても、人手が足りていない演劇部にとって、
彼女の申し出は歓迎だった。
「また観に来ちゃった・・・」
「いつも観に来てくれてありがとう」
後片付けを手伝うフミとソウタは大人の振る舞いだった。
まるで人気役者とそのファンという関係に見えた。
にっこり微笑むソウタは汗いっぱいだったが、
上気した顔がとても生き生きしていた。
フミはその顔に思わず見入ってしまう。
後片付けを手伝いに来ているため、
そうした彼を見るのはほんの少しだけだった。
もっぱらフミは洗濯した衣装を干す役だった。
女子部員たちがたちまち彼女に洗濯の流れを教えた。
昔の古い着物・・・
中世ヨーロッパの服・・・
焼け焦げたボロの服・・・
近未来の奇抜な服・・・
上演のたびに様々な衣装が使われていた。
ものによってはクリーニングに出すものもあったが、
実際に手に取ってみると、着てみたくなるものが多かった。
日が落ちきらないうちに、
小ホールの裏手にある2階の物干し場に衣装を干しにいく。
上はアクリル板に覆われていて、風雨を気にする必要が無い。
上演が終わると、すぐに衣装を洗濯にかける。
洗濯が終わるまで、大道具や小道具の片付けを手伝う。
バスや電車の時間に縛られない部員が洗濯物を干すのだが、
なかなか人数はいなかった。
「手伝ってくれて助かるよ~洗濯は時間勝負だからね」
洗濯物を干すのは女子が多い。
男子は客席のイスをしまったり、ホールの掃除をする。
フミに声をかけてくれたのは演劇部の部長で、
彼女は一緒に洗濯物を干しながら、演劇のことや、
練習、リハーサル、後片付けまで教えてくれた。
テキパキしていて要領がよく、全体に目を配っていることに、
フミはとても真似できないと尊敬した。
「前の上演で出ていたあの女の子見ませんけど、別チームなんですか?」
「ああ、うん・・・たぶんそうだったと思う」
そんな部長が言葉を濁した。
「フミさん、次の洗濯物を取りに行くわよ」
さっさと部長が階下に降りていく。
ふたり階段を下りていると、
部長は声をひそめた。
「さっきの子ね・・・ちょっと男子とね・・・」
聞けば、部員と男子と付き合うようになったのが、
最近別れてしまったらしい。
それが原因で演劇部に来なくなってしまったという。
「別の子に寝取られたんだって」
急に耳元で言われた。
「恋は残酷だね~」
目を見開いたフミを見て、部長は笑っていた。
その話はそれっきりだった。
「やっぱり独り暮らししてる子は戦力になるわね」
残りの洗濯物を干しながら、部長はうれしそうだった。
「また見に来てね!」
校門で演劇部員たちと別れる頃にはもう夕方だった。
フミには誤算があった。
確かにソウタとは会えるが、それはほんの一瞬で、
大部分は女子部員たちからの指示で洗濯に忙しい。
全て終わって、部員みんなで下校するのだが、
ソウタは他の演劇部員たちとの談義に忙しいようだった。
フミは他の女子部員から気遣われて、
女子同士の会話に加わるしかなかった。
森林公園でそれぞれ帰る方向に散らばっていった。
フミと同じ方向に帰る者はいないようで、彼女は街灯が灯された
遊歩道に入っていった。
洗濯物を干しているときに耳にした、部長の言葉が気になっていた。
(・・・寝取られるって・・・)
突然告げられた演劇部での恋愛事情だった。
演劇を知らないフミにとっても、ステージ上の彼らは魅力的だった。
同じ活動している仲間内では激しい恋愛も少なくないのかもしれない。
部長の口ぶりはどこかそうしたことを思わせるものだった。
「・・・ソウタくん・・・」
帰り道で談義していた彼のことも気になった。
おそらくチームの仲間なのだろうが、女子との会話に熱がこもっていた。
演劇部のなかの人間関係など、一度手伝いに加わっただけでは分からなかったが、
ソウタの交友関係、とくに女子部員たちとの関わりが気になってしまった。
いつぞやのサトシの言葉が脳裏に響いた。
フミは女子部員たちとの会話に加わっていたが、
心はそこには無かった。空虚なフミの殻が会話していただけだった・・・。
(つづく)
―憎い男に身体を開かれていく―
■第8話(前篇):出入口
あれから数日経っても、アイカの言葉が飲み込めなかった。
外見でも、性格でも、ふたりの間に共通するものは見当たらない。
共通しないふたりだったが、気は合っている。
フミは恋愛経験など皆無だった。
「付き合う間柄になった男性にしか身体を許してはいけない」
いつのころからか、それは不文律の法のように頭にある。
彼女の恋愛観はありふれたものだった。
そこにアイカの一言が突き刺さった。
きっぱり「それってもう古いよ」と言われた。
同年代でも恋愛観がまるで違っていた。
・・・好きになってから身体の相性が合わないのが分かる
それってすごく残酷じゃない?・・・
アイカはそう付け加えた。
強い風がふたりを吹き抜けていった。
肯綮にあたるものがあって、フミは言葉を失った。
これまで「そういうものだ」と思い込んでいた恋愛観に、
経験に裏付けられた実感を突き付けられた。
(・・・身体の相性・・・それで引き裂かれる?)
フミの恋愛観なら、恋人ができるまで
身体の交わりは経験できないことになる。
「男子のほうがそういうの素直じゃん?」と
言っていたアイカは男子の性欲に肯定的だった。
確かに、男子の性欲は分かりやすい。
性欲と好意が直結している。
フミは男がそういうものだとは思っていたが、
自分自身に向けられては困ることだった。
「男子とエッチなことしたい、女子はそんなこと言っちゃいけないの?」
アイカの言葉はフミの心を抉った。
「・・・ごめん、アタシどうかしてた・・・」
言葉を失ったフミを見て、アイカは謝った。
彼女らしくなく声が震えていた。
フミはようやく我に返ったようだった。
「うぅん、それってわたし、考えたことなかった・・・」
フミは身を乗り出した。
曇っていたアイカの顔が明るくなった。
(・・・何か・・・きっと)
・・・その後もふたりは長く話し合った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――翌日の学校
ソウタの演劇部の活動が忙しくなっていた。
彼と過せる時間を多くしたいフミにとって、思わしくないことだった。
クラスでは女子の目があるため、なかなか会話するチャンスが無かった。
そのため、隔週で開催される演劇部の上演を観に行くぐらいしか、
彼と会う口実を作れなくなっていた。
会場は校内の小ホールで、金曜日の放課後に上演されていたが、
いつも客席は混雑するほどだった。
演じるチームが複数あって、交替で出演していた。
即興劇だけではなく、ドラマ、ミュージカル、詩やエッセイの朗読など
演劇が分からない者でも楽しめる内容になっていた。
ソウタは次回の上演がドラマになっているため、即興劇に比べて、
脚本の読み込み、演技練習といった事前練習がたくさん必要だった。
チームの順番上、ソウタの次回の上演はまだ先のことだった。
上演を観に行っても、彼と確実に会えるわけではなかった。
演劇部といっても部員がたくさんいるわけではなく、
一人が複数の役割をこなすことも多かった。
上演後の舞台や客席の片付けは部員総出でやっていた。
「・・・私もお手伝いします・・・」
フミは忙しそうにしている彼らに思い切って声を掛けた。
ソウタだけでなく、別のクラスメイトの部員とも知り合いだった。
そうしたことがなくても、人手が足りていない演劇部にとって、
彼女の申し出は歓迎だった。
「また観に来ちゃった・・・」
「いつも観に来てくれてありがとう」
後片付けを手伝うフミとソウタは大人の振る舞いだった。
まるで人気役者とそのファンという関係に見えた。
にっこり微笑むソウタは汗いっぱいだったが、
上気した顔がとても生き生きしていた。
フミはその顔に思わず見入ってしまう。
後片付けを手伝いに来ているため、
そうした彼を見るのはほんの少しだけだった。
もっぱらフミは洗濯した衣装を干す役だった。
女子部員たちがたちまち彼女に洗濯の流れを教えた。
昔の古い着物・・・
中世ヨーロッパの服・・・
焼け焦げたボロの服・・・
近未来の奇抜な服・・・
上演のたびに様々な衣装が使われていた。
ものによってはクリーニングに出すものもあったが、
実際に手に取ってみると、着てみたくなるものが多かった。
日が落ちきらないうちに、
小ホールの裏手にある2階の物干し場に衣装を干しにいく。
上はアクリル板に覆われていて、風雨を気にする必要が無い。
上演が終わると、すぐに衣装を洗濯にかける。
洗濯が終わるまで、大道具や小道具の片付けを手伝う。
バスや電車の時間に縛られない部員が洗濯物を干すのだが、
なかなか人数はいなかった。
「手伝ってくれて助かるよ~洗濯は時間勝負だからね」
洗濯物を干すのは女子が多い。
男子は客席のイスをしまったり、ホールの掃除をする。
フミに声をかけてくれたのは演劇部の部長で、
彼女は一緒に洗濯物を干しながら、演劇のことや、
練習、リハーサル、後片付けまで教えてくれた。
テキパキしていて要領がよく、全体に目を配っていることに、
フミはとても真似できないと尊敬した。
「前の上演で出ていたあの女の子見ませんけど、別チームなんですか?」
「ああ、うん・・・たぶんそうだったと思う」
そんな部長が言葉を濁した。
「フミさん、次の洗濯物を取りに行くわよ」
さっさと部長が階下に降りていく。
ふたり階段を下りていると、
部長は声をひそめた。
「さっきの子ね・・・ちょっと男子とね・・・」
聞けば、部員と男子と付き合うようになったのが、
最近別れてしまったらしい。
それが原因で演劇部に来なくなってしまったという。
「別の子に寝取られたんだって」
急に耳元で言われた。
「恋は残酷だね~」
目を見開いたフミを見て、部長は笑っていた。
その話はそれっきりだった。
「やっぱり独り暮らししてる子は戦力になるわね」
残りの洗濯物を干しながら、部長はうれしそうだった。
「また見に来てね!」
校門で演劇部員たちと別れる頃にはもう夕方だった。
フミには誤算があった。
確かにソウタとは会えるが、それはほんの一瞬で、
大部分は女子部員たちからの指示で洗濯に忙しい。
全て終わって、部員みんなで下校するのだが、
ソウタは他の演劇部員たちとの談義に忙しいようだった。
フミは他の女子部員から気遣われて、
女子同士の会話に加わるしかなかった。
森林公園でそれぞれ帰る方向に散らばっていった。
フミと同じ方向に帰る者はいないようで、彼女は街灯が灯された
遊歩道に入っていった。
洗濯物を干しているときに耳にした、部長の言葉が気になっていた。
(・・・寝取られるって・・・)
突然告げられた演劇部での恋愛事情だった。
演劇を知らないフミにとっても、ステージ上の彼らは魅力的だった。
同じ活動している仲間内では激しい恋愛も少なくないのかもしれない。
部長の口ぶりはどこかそうしたことを思わせるものだった。
「・・・ソウタくん・・・」
帰り道で談義していた彼のことも気になった。
おそらくチームの仲間なのだろうが、女子との会話に熱がこもっていた。
演劇部のなかの人間関係など、一度手伝いに加わっただけでは分からなかったが、
ソウタの交友関係、とくに女子部員たちとの関わりが気になってしまった。
いつぞやのサトシの言葉が脳裏に響いた。
フミは女子部員たちとの会話に加わっていたが、
心はそこには無かった。空虚なフミの殻が会話していただけだった・・・。
(つづく)
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