上 下
13 / 23

013 ずっとサボってた歯科に行った

しおりを挟む
去年の今頃、私は歯科に行かなければならなかった。
なのに私は行かなかった。

噛み締めが普段からひどくて、噛み締めのせいで歯列に隙間が空いてきた私に、先生はマウスピースを勧めてくれた。

それで、3年前から夜眠るときはいつもマウスピースを付けていた。

だけど、マウスピースをつけて眠るのを去年からやめてしまったのだ。

マウスピースには、なかなか慣れなくて、つけて眠ると違和感があるし、悪夢を見る。
その悪夢は、歯がボロボロ抜けるものだったり、歯に問題が起こり困ってるものだった。

マウスピースをつけることをサボるようになり、歯科に行きづらくなった。
その歯科が良い歯科なのは分かっている。
職場で「良い歯医者はないかな」と困っていた人にもここの歯科を紹介したことがあった。
その人はここを気に入ってくれて、紹介してくれてありがとうと言ってお礼の品まで頂いてしまった。
彼女は問診票の紹介者の所に私の名前を書いてくれたらしく嬉しかった。
真面目に通ってる彼女に会う度に、私も行かなくちゃ⋯⋯と思っていた。


最後に歯科に行ったとき、7月になったら、マウスピースの点検のために予約して来てくださいと言われていた。

その7月からもう1年経ってしまっているということだ。
最近、なんとなく親知らずが気になるようになり、抜きたいと思う。
あと、マウスピースをサボっていたせいでまた歯列に隙間ができたような気がする。

母も最近、歯茎が腫れて歯医者通いを再開した。
母もマウスピースをサボっていたのだが、「それを言っても怒られなかったよ。大丈夫だよ。」
と励ましてくれた。

勇気をだして、歯科に予約の電話をすることができた。
電話で事情を話したのだが、事務の人は「はい⋯はい⋯」と事務的に対応するだけで、必要以上に言葉をかけてくれることはなかった。
逆にその方がいいと気づいたのは、電話を切ってからだった。
呆れられたり、怒られたりするより事務的でよかったのだ。


予約の日、まだ6月だというのに日差しが強くて暑い中、歩いていった。

歯科は1年前はビルの2階で経営していたのが、そこから道を挟んで斜め向かいの場所に移転していた。
新築のその建物は、とても綺麗だ。
建物は四角いシンプルな形のグレーで、オレンジ色の文字で○○歯科と大きく書いてある。シンプルだけど、どことなくかわいいデザインで入りやすい雰囲気だ。

暑い中歩いて、やっと歯科に着くと、ドキドキしてきた。
「怒られるのだろうか⋯⋯」

受付で診察券と保険証をだすときも緊張した。受付の人がなんとなくそっけなく感じるのは私の被害妄想だと思う。

予約の時間より15分ほど早くついて、待合室の椅子に座ってからもハラハラドキドキしていた。

「きっとおこられるんだ」

マウスピースが入った小さなタッパーを握りしめながら、

『なんでこなかったの~~』
『マウスピースはまた最初から作り直さなきゃだねぇ』

こういう風に言われるのではないか。そんな妄想をしてお腹が痛くなってきた。

新築の綺麗なトイレに駆け込んで、急いででてくる。もう呼ばれるかもしれないからだ。

椅子に座って、また待っていると頭がクラクラしてきた。不安になりすぎだった。

昔見たアニメで、主人公が歯医者が苦手すぎて、待合室で処刑を待つ人のように心の中で『ころせ⋯⋯はやくころせよぉ!!』となっていたシーンを思い出した。
あのアニメは面白かったな。と密かにフフっと笑い、少し緊張がほぐれる。

「本山さん」

いよいよ歯科衛生士さんに呼ばれて、処置室に入っていく。

先生が何か独り言を言いながら、カルテをみてる。先生は中年の男性だ。
先生の後ろ姿に、少し老いを感じる。

「そうか、本山さん。ビルの時に来ていたけど、移転してからは初めて?」

先生が話しかけてくる。

「そうです。ビルのときに通ってて⋯⋯」

怒られる雰囲気ではないのを感じ取りながら、返事をする。

親知らずを抜きたいって言わなきゃ。電話で伝えたけど、先生まで伝わってないのかも。
そんなことを考えていると、

「んん⋯?親知らず?どうして抜きたいと思ったの?」

先生は私が言う前に、カルテを見て聞いてきた。
よかった。電話のがちゃんと伝わってたんだ。

「壁に当たっていて邪魔で⋯⋯。あと、横に近い斜めに生えてしまってるのが、不安なんです」

先生は、口の中を見て、抜くので大丈夫だよと言ってくれた。

そして問題のマウスピースである。

先生がマウスピースをはめてみたり、何かを私にカチカチ噛ませている。

「だいぶ落ち着いてるね。静かに寝てるようだ」

「いや⋯⋯そんなことはなくて」

「んん?もしかしてマウスピースさぼってた?」

「はい」

先生は優しく笑っていた。

「どれくらい?」

「1年くらい⋯⋯」

「いちねんん?!」

先生は驚いてまた笑っていた。

「そりゃ、傷はつかないか~~」
ちゃんとマウスピースを使っていたら、マウスピースを噛み締めて、マウスピースに傷がつくらしい。

「どうしてサボっていたの?」
と先生は優しく聞いてくれた。

「つけて寝るとしんどくて⋯⋯」

「まだ乗り越えてないんじゃん」

気さくで優しい先生に、私の心は和らいでいた。
もしかして『ダメな子ほど可愛い』ということだろうか。
なんて、自分に都合のいい考えが浮かんだ。

「つけた方がいいよ~」

と歯への影響をいろいろ説明してくれた。
つけ始める時間を、夕飯食べてからすぐにした方がいいとも教えてくれた。
そうすると慣れるのが早いそうだ。

「本山さん!親知らず抜く前に、掃除した方がいいわ~~!!」
私の歯を見ながら、また笑う先生。
私も一緒に笑っていた。

ということで、今日は歯の掃除をして、親知らずの抜歯に備えることになった。

噛み締めのせいで、親知らずにも影響が出ていることがわかった。

歯科衛生士さんが、丁寧に念入りに掃除をしてくれた。
最新の機材も採用されていて、私の歯石がついた歯を大画面で見ることができた。

「はあ~~すっごい⋯⋯」
そんな感じで、画面に映し出された写真をみて、歯科衛生士さんに身を任せた。

歯科衛生士さんは、糸ようじの使い方やご飯をよく噛んで食べた方がいいということも教えてくれた。


最後にレントゲンも撮ったのだが、レントゲンの機械も最新のもののようだった。
頭と身体を固定して、その周りをカメラがぐりんと回る。


今日の分の施術が終わり、マウスピースを受け取って帰る。

受付では3400円支払った。
次の予約は来週だ。
受付の人が、
「その日で大丈夫?」
と優しく聞いてくれる。
もう被害妄想もない。


「ありがとうございました」
と言いながら、歯科を出ると、清々しい気持ちだった。

今日からはちゃんとマウスピースを付けよう。
この歯医者にずっと通おう。
そう決心した。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...