剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

文字の大きさ
上 下
71 / 74

恩恵と歴史

しおりを挟む
「まず魔法とは何か知っているかい?」

  本の束を図書室の机に並べ、その中から一冊の本を取り出しながら質問をしてくるピアソンさん。そんな彼の質問に僕は首を傾げる。

「魔法ですか? なんかこう、すっごいパワー的な......」

「あ、浅すぎる......!! それでよく封魔術なんて大仰な物を使えたね!?」

「そんなにおかしいですかね?」

 普段は物静かなピアソンさんだが、今日はやけにテンションが高い気がするのは何故だろう。それに先生から教わった時は、魔法がどういうものとか説明されなかったしなぁ......

「まずは魔法とは何か。そこから学ぼうか」

「それを抜きにしてちゃちゃっと、強い魔法とか覚えれませんかね。えーっと魔力破弾《マナバースト》でしたっけ? アレが使えると便利そうですよね」

「......魔力破弾《マナバースト》はね、ある程度の魔力出力がないと使えないよ。それにいきなり身の丈以上の技を習得したら、きっと過ちを冒す事になる。だからちゃんと、基礎からしっかり覚えていかないと」

 まあ、ピアソンさんの言うことは正しいと思う。僕だって時間があればそうしたいけど、僕に残された時間は今日を抜くと、たったの3日しかない。

「出来る事なら実用的で覚えるのも簡単。そんな魔法が望ましいんだけどなぁ...」

「君は魔法をなんだと思っているんだ。簡単な魔法なんてたかが知れているよ。戦いで使おうなんて夢のまた夢だね」

「なら仕方ないかー。それじゃあ最初からお願いするねピアソンさん!!」

「あ、うん。えーとまず魔法とは何かだけど......これは簡単で“智神マキナ”から与えられる恩恵なんだ」

「恩恵? 僕が進行しているのは三大神ではなくて、女神様なんだけど......」

 僕が信仰している女神様は主に、王国全土と帝国の北部で信仰されている神様だ。

 というか元々王国が出来る前のこの土地で信仰されている土着神が女神様で、王国建国と共に法国から流入してきたのが三大神信仰だ。

 三大神信仰が王国に広がる前は魔法自体なかったらしいけど、正直それは何百年も前の話らしいからなんとも言えない。

「うん、もちろんロイの信仰している神様は知っているよ。でも智神マキナは寛大な神様でね。他の神を信仰していようと、求める者にはその恩恵を与えてくださるんだ」

「はえー女神様とは大違いだ」

「いやそれ、君が言ったらまずいんじゃないかい?」

 なんかピアソンさんが怪訝な顔つきになる。あっもしかして僕が、本当に女神様を信仰しているか疑ってる?

「そうかな? 実際女神様は与えてくれる恩恵ってスキルって言うんだけど、ほとんどの信者は持っていないしなぁ。どちらかというと神様というよりは、皆んな縁起物みたいな感覚で信仰しているよ?」

 僕は昔参加した貧民街の教会で、おばちゃん達と話し合っていた内容を思い出す。あの時はよく飴玉を貰ったり、色々女神様のお伽話を聞いたなぁ。

「......多分それは君の周りだけだと思うよ。僕が知ってる女神信仰は、三大神信仰よりも厳格な印象あるし」

「もしかして貧民街だったからなのかな?」

「どうだろうね。まあとにかく、魔法は智神マキナ様からの恩恵だというのがわかればそれでいいよ」

「はーい」

「それで次は魔法がどうして発動するかだね。これはちょっと複雑で、まず魔法を操るためには何が必要かわかるかい?」

 これは流石の僕でもわかる。

「魔力でしょ?」

「そう魔力だ。もっと詳しく説明すると......竜脈などの自然から排出される“魔素《まそ》“を取り込み、それを自分の体に合う様に変換したものが”魔力“になるね」

「えーっと、つまりは魔力自体は自分の体で作り出す物だけど、その大元となる材料は自然由来の物ってことかな?」

「そういうこと。魔素のままでは魔法は使えない。自分の体に合ったエネルギーに変換できてやっと、僕らは魔法として行使できる様になるんだ」

 なるほど。ん? ちょっと待てよ?

「それだと智神マキナは関係ないんじゃないの? だって魔力を作るのはあくまでも、魔法を使う本人なんだよね?」

「いいところに気がついたね。じゃあロイ。君が使える強化魔法は、どうやって発動している?」

「えーっと。なんかこう、ブワーって」

「ああ、そうじゃなくて。魔法を行使する際に、何を意識しているのか聞きたいんだ」

「うーん?」

 魔力を発動するために何を意識しているか? あっ、もしかしてアレのことかな?

「なんか僕が習った時は、血液を体中に循環させるイメージって......」

「なんだちゃんとわかっているじゃないか。そうだね。多分、三大神信仰以外の信徒が、魔法を使うとそうなるかも知れないね」

「え、ピアソンさん達は違うってこと?」

「ちょっと違うね。僕たち魔法使いは魔法を使う際、マキナへ魔法のイメージを送る場合がある」

 神様へイメージを送る? それって、手紙を渡すみたいな感じなのかな? でも見たこともない、いても場所なんてわからない神様相手にどうやって手紙を渡すんだろう。

「イマイチ意味がわからないなぁ......」

「あはは、まあそうなるよね。別に難しく考えることはないよ。ただ願うんだ。こういう魔法を使いたいって」

「そんなので本当に使えるんですか?」

 僕は疑惑の目でピアソンさんに目を向けると、苦笑いを浮かべながら手元に一冊置かれた本に手を当てる。

「いいかい。よく見ておいてね」

 そういうと手の下に置かれた本が、いきなり中に浮かび始める。

「おお、浮いてる!?」

 昔どこかの本で読んだことあるけど、魔法って確か空を飛んだりは出来ないんじゃなかったっけ?

「これは本来不可能な動きだ。でもそれが実際に起こっている。それはなぜだと思う?」

「えーっと......」

 不可能なことが起こるなんてあり得ないんだ。起こり得ないからこそ不可能と言うのだから。

「ヒント。最初に私は魔法に必要なものはなんだと言ったかな?」

「紐付ける情報.....?」

 僕の答えに満足いったのか、ピアソンさんは頷きながら笑みを浮かべた。

「そうだね。もう少し言うと感覚。これが大事だと私はさっき言ったね」

 確かに感覚は大事とはいったけど、それとこれとどんな関係が?

「次の質問。不可能だと言われている魔法は、なぜ三大神の信徒以外に行使できないのか?」

「恩恵がないから?」

「その通り。だけどもう一つあるね」

 もう一つ? 他に何があるだろうか。不可能なことがを可能にする方法......いや、無理じゃないかな?

「ごめんなさい。ちょっとわからないです」

「別に大丈夫だよ。じゃあ答え。それは不可能を可能にする感覚を理解できないからだ」

 不可能を可能にする感覚? うーん、なんだかどんどん難しくなってきたぞ!!

「あはは、ちょっと厳しそうかな? まあ、これは私たちも完璧に理解しているわけではないんだけどね。不可能の感覚っているのはそもそも、人である僕らには備わっていない機能や現象を指すんだ」

「あっ......」

「わかったかい?」

「つまり僕たちヒトには、鳥や虫の様な羽は無いから、飛ぶ感覚を理解できないと?」

「ご明察。少なくとも我々はそう理解している。だからヒトの領域を超えた智神マキナへと祈り、一時的に魔法を行使する力を授かる」

 それって......かなり凄いこと言ってないかな。つまりは神様の力を、一時的にとはいえ使える様にするってことだよね?

「いきなりこんなことを言われても、すぐには信じられないよね」

 ピアソンさんは浮かばせていた本をテーブルに戻すと、その分厚い本のページをパラパラと捲っていく。もちろんと言うか、さすがと言うべきか、本を手で捲るのはなく魔法でめくっている様だ。

「さあ、ここを見てくれ」

「はい。これは人魔大戦の記録......?」

 ピアソンさんが本を僕の前に押して、開かれたページを見せてくる。そこには人界《じんかい》内で起こった魔族との戦争記録が書かれていた。

「なんで人魔大戦の記録を今見せるんですか?」

 僕はピアソンさんの意図が分からず、首を傾げながら疑問を口にする。するとピアソンさんは「ここを読んでみて」と言いながら、ある一点を指差す。

 僕は頭にはてなマーク浮かべながら、そこに書かれている文章を音読する。

「過去に起きた人魔大戦は、3人の聖なる存在によって勝利をもたらされた」

「そこに書かれている聖なる存在。所謂、聖人と呼ばれる存在です」

 聖人? 歴史はあんまり得意じゃないんだよなぁ。と言うよりも学校なんて行ったことないから、正しい国の歴史なんて知らないって方が正しいかな......

「あまり難しいことを言ってもアレだから、端的に話すと......今この大陸で信仰されている三大神信仰の主神達は、過去に実在し人魔大戦を終結させた偉人なんだ」

「偉人......ええ!? 神様じゃなくてヒトなんですか!?」

 ヒトって神様になれるの!? 驚愕で固まる僕の神様に関する常識が、今日だけで随分上書きされてしまった。

(どうしよう。魔法ってやっぱり難しそうだぁ)

 既にず頭上から煙が昇っているのでは無いかと思えるほどの情報量で頭がクラクラしているが、ピアソンさんによる魔法学勉強会はまだ始まったばかりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

処理中です...