剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

文字の大きさ
上 下
69 / 74

騎士団と夜目

しおりを挟む
「以上が今後の流れになる。ロイ初級騎士、何かわからない点はあるかな?」

 椅子に座る僕に眠たげな目を向ける男性は、先ほどディアナさんから紹介されたラハイア上級騎士だ。

 癖っ毛の強い短髪と眠たげな瞳が特徴的な彼は、キャンベル教官が率いていた、上級騎士隊の元指揮官でもあったようだ。一線から身を引いた現在は、ディアナさんの率いる隊で、裏方作業や後進の育成に尽力していると本人から聞いている。

 そんな彼が僕一人を対象に、今後の予定とついでに騎士団に関する講義を事細かくしてくれていた。僕のような新人への通達は普通、もっと下位の団員がする仕事の筈だけれど......

 騎士団長のディアナさん直々の紹介ということもって、目の前のラハイアさんの講義にも力が入っている。

「つまり......これから僕たちは長い時間をかけて法王庁へ向かい、法王と聖者様に会うってことでいいんですよね?」

「ざっくり言うとそういう事だな。君はこの騎士団に来てから、まだ2週間弱だと聞いているが...どうだ、ここの環境には慣れてきたか?」

 説明を済ませたラハイアさんは、机に片手をつき資料へ目を通しながら世間話を振ってきた。講義の終了時間よりも早く終わってしまった為か、大して興味はなさそうに僕へ話を振るラハイアさんに僕は苦笑いを浮かべる。

 仕事と個人の時間ははっきり分けるタイプなのかな......とくだらない事を考えながら、僕はラハイアさんに返事をする。

「同期の方々はとても親切な方も多いですし、教官の指導もありここの環境には、早々になれることができたとは思います!!」

「そうか」

 僕の言葉に一言だけ返すと、ラハイアさんは黙ってしまった。

 どうしよう。こういうのって話を続けないとすごく気まずいぞ!!

 僕は部屋に充満する気まずい雰囲気にドギマギしていると、いきなり資料から目を離したラハイアさんが僕の顔をじっと見つめてくる。

 そんなラハイアさんの姿に一瞬気押され、椅子を後ろに引いてしまう。そしていまいち何を考えているか読み取れない、その眠たげな瞳を向けたラハイアさんは呟くように語り出した。

「俺の同期にリュークとグレッグという奴らがいた」

「?」

 突然の告白で困惑する僕をよそにラハイアさんは、嫌に響く静かな部屋の中で語り続ける。

「こいつらは“夜目《やめ》”の一員でな。優秀な諜報員として活躍していた。今は“例の辻斬り”によって殺されたが......」

「それは、ご愁傷様です」

 少し気まずい雰囲気を感じながら、ある点に興味を持った僕はラハイアさんに質問を投げかける。

「あれ、夜目《やめ》って......レヴィルさんも確か同じ隊に所属しているんでしたっけ?」

「あいつが籍を置いているのは“夜目《やめ》”の実働部隊だ。そもそも“夜目《やめ》”には3つの部隊が存在している」

「3つですか?」

 首を傾げている僕を見つめるラハイアさんは、少しだけ考え事をすると紙を一枚だけ用意して文字を書き始めた。

「ああそうだ。一つ目はルーシー・レヴィル上級騎士が所属している実働部隊“夜蝶《ガ》”だ。主に国王陛下を中心に治安維持をしている」

 レヴィルさんはどうやら、“夜蝶《ガ》”と呼ばれる実働部隊にいるらしい。片腕になった今でも特殊な隊で活躍しているのを聞いていると、やはりレヴィルさんはすごい才能を持っているんだと実感する。

「そして俺の同期が所属していた“夜蛛《ヤクモ》”。主な活動は諜報活動、国内の情報網の管理だ。そして最後の3つ目が」

 ラハイアさんは一呼吸だけ間を置き口を開いた。

「今回お前が同行する“夜蟻《クロアリ》”と呼ばれる。治安維持と秘密裏で外交を行う部隊だ」

「えーっと、“夜蛛《ヤクモ》”って言うのはなんとなくわかりますが、“夜蝶《ガ》”と“夜蟻《クロアリ》”って何が違うんですか? というか僕が同行する部隊?」

 僕の矢継ぎ早な問いかけを手で静止すると、ラハイアさんは丁寧な口調で説明を続ける。

「簡単に言うと“夜蝶《ガ》”は近衛隊。王の直属の護衛だと思えばいい。そして“夜蟻《クロアリ》”だが、この隊は国単位での治安維持を目的とした隊だな。他にも今回の様な公表できない外交にも出動する」

「騎士団とは違うんですか?」

「勘違いされがちだが“夜目《やめ》”は国王陛下個人の直属組織で、騎士団はあくまでも国に属している組織だ」

「うーん?」

「......つまり“夜目《やめ》”は国王陛下の独断で動かせる唯一の組織。騎士団は国王陛下だけの意思では、自由に動かせない組織という事だ。騎士団を実際に稼働させるには、騎士団長を含む一部の上級貴族の許可が過半数必要だ」

「なんかめんどくさいんですね?」

「まあ、騎士団員は国中の各領主達の領民でもあるからな。いくら国王陛下でも、勝手に動かすと反発を買ってしまうから厳しくせざるを得ないのだ」

 「勿論、例外もあるがな」と話を締める括るとラハイアさんは、講義で使用した資料などを片付け始める。

「もうそろそろ訓練も終わりの時間だろう。ロイ初級騎士も4日後の出動に向けて、準備を怠らないように。必要な物のリストはその資料にまとめておいたから、ちゃんと確認しておいてくれ」

「はい!! 今日はありがとうございました!!」

「騎士団で長いことやっていくなら、今日みたいなことは稀に起こる。自分自身の確認も怠らないよう心がけることだ。いいな?」

「はい!!」

 僕は今日で一番の返事をしたところで、ラハイアさんも片付けを終えたらしく、軽く頭を下げた後に部屋を退出した。

「これ、ディアナさんの職務放棄で、みんな迷惑してるんじゃなかろうか......」
 
 そんな僕の呟きは静かな部屋の中へと、空虚に吸い込まれて消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~

ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。 いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。 テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。 そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。 『強制フラグを、立てますか?』 その言葉自体を知らないわけじゃない。 だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ? 聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。 混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。 しかも、ちょっとだけ違うセリフで。 『強制フラグを立てますよ? いいですね?』 その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。 「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」 今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。 結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。 『強制フラグを立てました』 その声と、ほぼ同時に。 高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、 女子高生と禁断の恋愛? しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。 いやいや。俺、そんなセリフ言わないし! 甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって! 俺のイメージが崩れる一方なんだけど! ……でも、この娘、いい子なんだよな。 っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか? 「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」 このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい? 誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

処理中です...