剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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試合と死合い

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 金属同士が激しくぶつかる音が、至るところで聞こえている騎士団所有の広場。そんな広場の端で座り込む僕は、新人団員数名と一緒に休憩をしていた。

 レヴィルさんに連れられ、初めて訓練に参加した時は、貴族が相手だろう事もあり緊張したけど、みんな良い人ばかりで少し安心した。実際に貧民街出身者である僕にも、分け隔て無く接してくれる人が多い印象だ。

 勿論、僕を良く思わない人達もいる。所謂、貴族至上主義を掲げている貴族様のご子息連中だ。そういう人達は僕に対して嫌がらせをしてくるが......正直な話、父さんや先生の特訓のいやらしさに比べれば屁みたいなものだ。

「なあロイ。お前ってなんでそんな強いんだ? 貧民街出身だから、荒事に慣れてるのはわかるけどさ」

 そう言うブロンド色の髪を束ねた長髪の男性“ロージスさん”が、水を飲み首を傾げながら近くで休憩していた僕に尋ねてくる。そして同じく近くで休憩していた、青く美しい瞳が特徴的な“スコットニーさん”も同調してきた。

「確かにそうだよな。レヴィル様が突然連れて来たこととか、剣神流や星剣魔術《せいけんまじゅつ》とも違う特異流派なのにも興味があるしな」

 うーん、コレってどこまで話しても大丈夫なんだろう。レヴィルさんには先生のことや、僕の詳しい情報は教えない様にって釘を刺されているし......

「えーと、僕って元々ギルドマンだったんだよね。それで色んな人に色々な技を教えてもらった...とか?」

「いやいや、なんで疑問型なんだよ。お前がわからないなら、俺達がわかるわけないだろ」

「あはは...そ、そうだよね!!」

「......変なやつだな」

 ロージスさんとスコットニーさんは少し困惑した表情を浮かべていると、少し離れた地点から嫌味ったらしい声が聞こえてきた。

「ハッ!! 道理で貧乏人らしい、卑しく品の無い技ばかり使うわけだ!!」

 僕らはそんな声のする方へ視線を向けるとそこには、僕が想像する貴族そのままな雰囲気の男性......“ライルさん”が腕を組みながら仁王立ちしていた。その後ろには下級貴族っぽい人達がニタニタと笑っている。

「どうもライルさん」

「ハッ!! 下民は敬うこともできないらしいな!! 俺のことはライル様と呼べ!!」

 ライルさんがそう言うと、後ろの下級貴族連中が大笑いする。あれこそ品が無いように見えるんだけど、コレって僕の感性がおかしいだけなのかな?

 レヴィルさんやディアナさんとか、そしてロバートさんの部隊員はもっと品性が有るように見えたんだけど......

「どうした下民。早くライル様と言ってみろ」

「おい、やめろよライル。みっともないぞ。お前も騎士団ならば、そんな騎士団の品を落とす様な真似をするな」

 スコットニーさんは不機嫌な声色で、ライルさんを諌《いさ》める。そしてロージスさんは、ライルを揶揄う様に僕を慰めるフリをする。

「ロイ、あんな奴は気にするなよ。あいつは親であるライル第三騎士長の威光を盾に、粋がってるだけのクズだからな」

 あまり気乗りしないけど、コレってロージスさんに合わせた方がいいのかな?

 そこまで考えていたら、ふと先生の姿が脳裏に浮かぶ。そして気がつくと僕は、ライルさんを煽る様な言葉を口にしていた。

「別に気になんかしませんよ。あんな幼稚な煽りじゃ」

「おい聞こえてるぞ!? 下民の癖に舐めやがって......」

 ライルさんは、額に青筋を立ててこちらを睨みつける。僕はマズイと思い謝罪をしようとするが、その前に腰の剣を抜いたライルさんが、怒りに身を任せて襲い掛かってきた。

「身の程を知れ愚民が!!」

 ライルさんは剣を大きく振り上げ、僕の目の前まで走り切り掛かってくる。だがしかしその攻撃は今まで僕が見て来た先生や、レヴィルさん達歴戦の騎士団員に比べたら繊細さに欠け、剣の軌道も非常に単純なため対処も簡単だ。

 僕は剣身を鞘に納めたままの状態で、ライルさんの剣を軽くいなすとライルさんはバランスを崩してしまったらしく、僕の横で四つん這いになってしまった。

 先ほどの威勢の良さとうって変わって余りにも情けない姿に、僕とロージスさんはついつい笑ってしまう。ライルさんは顔を真っ赤に染め、スコットニーさんは僕ら二人に軽く注意をしている。

「このっ......!!」

「こらっ主ら何をしている!! 休憩は終了だと言っているに聞こえぬのか!!」

 ライルさんが立ち上がり僕に再度攻撃を加えようとしたところで、どこか厳格な雰囲気を漂わせる老境の教官が荒げた声を上げる。

「チッ、行くぞ!!」

 そう言うとライルさんは忌々しげな目を僕たちに向けるが、教官が睨みを効かせると逃げる様に元の位置へと戻って行った。

「ははは、今の見たかよ。顔を赤くしたり青くしたり、忙しい奴だな!!」

「こらっロージス。まーた主が問題を起こしたのか? あまりにも行動が目に余る場合は、親御さんに連絡せねばならんぞ?」

「ゲェッ」

「それにスコットニーもだ。お主は成績も優秀で騎士隊長候補生にも選ばれておるのだから、あまり問題を起こすで無いぞ?」

「はい。申し訳ありません」

「全く二人はもうよい。先に基礎訓練を再開しておれ......それで、だ」

 教官は二人が離れたのを確認すると、僕の方に体を向け何やらジロジロと僕の体を眺めている。その値踏みする様な視線に僕は身震いをする。そして無意識に腕で体を守る形で守りの構えを取ると、僕は声高々に言葉を発した。

「ぼ、僕にそんな趣味はありませんよ!?」

「何を言っておるか阿呆!? ワシにもそんな趣味はないわ!!」

「え? あっすみません!!」

 勘違いをしていることに気づいた僕は、すぐに頭を下げる。すると教官は溜め息を吐きながら、疲れた様子で言葉を口にする。

「なぜディアナは主の様な者を、鍛える様に言ってきたのかのう......見たところ、あまり才はない様に感じるが」

 教官の呟きはまるで、鋭いトゲの様に僕の心へ突き刺さる。

 分かっている。僕なんか先生やディアナさん......それどころか一般の騎士団員と比べても、至って平凡な才しかないということを。

 だけど、そうだとしても、僕は決して諦めたりしない。先生を止めるには、先生の領域に至るには今のままでは駄目だから。

 きっと先生は今も強くなり続けている。コレは直感や予想ではなく確信だ。なぜそう思うのかはわからない。でも何故か、そうだと思わざるを得ない何かを、の先生から感じられた。

「あの教官」

「なんだ?」

 興味を失ったのか僕の元を離れようとしていた教官は、僕の問いかけに足を止めて振り返る。

「今から僕と、試合《しあ》っていただけないでしょうか?」

「主がワシと? それは本気か?」

 教官は正気を疑う様な表情を浮かべる。

「はい」

「主ではワシに勝つことなどできんぞ。いくら才が無いとはいえ、そんな事もわからない無能ではないだろう」

「戦いの世界は、強さだけで決まるモノではないです」

「......よかろう」

 僕の言葉を聞いた教官は少しだけ何かを考えるそぶりを見せると、僕の目を真っ直ぐ見つめ......笑った。先ほどまでと違いその瞳には、期待といった感情が込めている様に感じた。

「ありがとうございます」

「だがロイよ」

 僕が感謝を述べると、遮る様に教官は言葉を口にする。

「もし、この立ち合いでワシの期待できる内容でなかった場合、主には相応の罰則を与える。当然だが位の高いワシに、失礼にも勝負を挑むなど言語道断だからな」

「勿論その覚悟です」

「その心意気や良し。では構えろ!!ワシはリチャード・キャンベル。本気で行くぞ!!」

「僕はロイ・カルウェz......え!?」

「いざ!!」

 僕が困惑しているのを無視して、突っ込んでくる教官。その姿がやけにスローモーションに感じられる。

 それは、生涯として忘れることが出来ないであろう、魔族との戦闘を彷彿とさせる。

......レヴィルさん。ディアナさん。ごめんなさい。僕ここで死んじゃうかも?

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