剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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その戦士、最強につき

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「んん......こ、こは......」

「!? ーーーーー!!ーーー!!」

 朦朧とした意識の中、ぼんやりと誰かが自分の横にいるのが見える。それが誰なのかを確かめようとするけど、頭に靄《もや》がかかってしまってよくわからない。

 それよりも、喉が渇いた......

「み、z」

「ーーー? ーーーー!!」

「ーーー!!」

 誰かはわからないけど、どうやら僕の周りには複数の人がいるみたいだ。そうして僕は体を起こそうとするが、身体中に激痛が走り悶えてしまう。

 だがその痛みのお陰なのか、少しだけ景色が鮮明になり、周囲の音も聞き取れる様になっていった。そして意識が明瞭になった事で、自分の周囲に居る人が誰だったのか判明した。

「ロイ君、水を持ってきたわ!!」

「おい、持ってきたのは俺......いや、何でもないです......」

 自分の目の前に水に入ったコップを差し出す女性と、何かを訴えようとして睨まれる男性。それから椅子に座り、心配そうに眺めている男性。この三人はよく知っている。

「サラ...さん......ダレ...ンさん。デビット...さん。こ...こは? あ、ありがとうg.....んむ...ンクッンクッ」

 サラさんは僕の体を支えてもらいながら、零さないように水を飲ませてくれる。水が喉を通る度に、身体中の渇きがおさまる感覚に満たされる。

 サラさんは未だ力無く項垂れる僕が今、どんな状態なのかを丁寧に、そして割れ物を扱う様に優しく説明をし始めた。

「ここは王都よ」

 王都......? 僕は未だ寝ぼけている様な気怠さを感じながら、サラさんに疑問を投げかけた。

「僕たちはズギの町にいたはずじゃあ......」

「ロイ君はあれから1ヶ月くらい寝たきりだったのよ。怪我は王国騎士団が魔法で治してくれたから死なずに済んだけど......私達があと少し遅れていたら、本当に死んでいてもおかしくなかったわ」

「怪我......?」

 怪我って何のことだろう。僕は確か、先生に頼まれたお使いをしていて......

「もしかして、何も覚えていないの?」

 サラさんは後ろで静かに見守っていたダレンさんに顔を向けるが、デビットさんは深刻そうな顔を横に振っている。

 記憶が無いってどう言う事だろうか。僕は一体何を忘れて......あ、そういえば。

「サラさん、先生はどこですか? 買った物を渡さなきゃ......」

 僕は気怠い体に鞭を打って、立ちあがろうとする。しかし僕の意思とは無関係に、体が後ろへ倒れてしまう。

「危ないわよ!? それに1ヶ月も眠ったままだったんだから、急に起きあがっちゃダメよ?」

「サラの言う通りだロイ君。今はとにかく回復に専念してください」

 何やら僕の体に気を遣っている三人は、慌てて僕を寝かしつける。でもどうして三人はここまで心配しているんだろ?

 そんな事を考えていると、突如として頭に激しい痛が現れ、その痛みから反射的に自らの額を抑え体を丸めてしまった。

「ちょっとロイ君!?」

「ロイ君大丈夫かい!?」

「おい、ちょっと魔法医を呼んでくるぞ!!」

 慌てて部屋を出るデビットさん。僕の肩に手を置きながら背中をさするサラさん。そしてダレンさんは、オロオロした様子で顔を覗きこんでくる。そんな二人に介抱されている僕は、頭に走る激しい痛みを感じながらもとある記憶を思い出す。

「あ......」

「ロ、ロイ君だいじょうぶ?」

 サラさんの心配する声は僕の耳には届かず、ただ認めたく無い記憶が僕の頭の中を支配していた。そして次第に視界が涙で歪んでいき、とうとう僕は幼子の様に泣き出してしまった。

「あ...あああ......」

「ロイ君......」「......」

 先生は僕の心を裏切った。その揺るがし難い事実に、まるで脳を引き裂かれる様な幻覚が僕に襲いかかった。

「お二方、少しだけ失礼致します」

 耐え難いこの痛みの中で、僕は誰かに優しく抱きしめられ耳元へ誰かが話しかけてきた......それは僕をあやす様な、それでいて喝を入れる様にハキハキとした女性の声。それは......

「ロイ様。泣くのはお止め下さい」

「レヴィルさん......」

 僕を優しく抱きしめてくれた女性は、

「お久しぶりです。ほんの少し見ない間に随分と、弱々しい性格になられてしまいましたね?」

 レヴィルさんはあの時の様に悪戯っぽく微笑むと、僕を抱きしめていた腕を剥がして横に立つ。その姿は騎士団員らしく、凛々しい立ち姿であった。

「ロイ様。今あなたに泣いている暇はありませんよ?」

 涙を拭いながら、レヴィルさんの言葉を聞いた僕は首を横に傾げる。

「一体どう言う事ですか......?」

 僕が質問をしようとしたその時、部屋の入り口からデビットさんが勢いよく入ってきた。

「おい!! 魔法医を連れてきたぞ...ってそいつ誰だ?」

 レヴィルさんを見て指を刺しながら、サラとダレンに質問を投げかける。質問を振られた二人は首を横に振り、暗にその人物が誰なのかわからないと考えを示す。

「それは私が説明します」

 ダレンさんの立っている入り口から、可憐な印象を受ける美しい声が聞こえてきた。

「あ、その声は...」

 僕は入り口の方に目を向けると入り口から、王国騎士団の正装を身にまとったシニアさんが入ってきた。

「レヴィルさんは我々が率いている、王国騎士団近衛隊“夜目《やめ》”の一員です」

「エ゛!?」

「夜目《やめ》って確か...国王陛下直属の......」

 デビットさんは指をさすポーズのまま固まり、我に変えると顔を青ざめながら腕を下ろし。サラさんは口元を手で多いながら、驚愕の表情を浮かべている。

 僕はシニアさんから視線を外すと、横に立つレヴィルさんへ目を向けた。そこには胸を張りながらドヤ顔を決めている、どこか緊張感のないレヴィルさんの姿があった。

「マジかよ。俺そんなすげー人に失礼なことしたのか....あのー俺の首が飛ぶとかって......」

「別にそんなことは致しませんので、お気になさらなくても大丈夫ですよ」

「あ、はい」

「それはわかったけど...シニアさん、だったかしら? あなたは何者なの?」

 サラさんはしょぼくれるデビットさんを無視して、唐突に現れたシニアさんに質問をなげかける。するとシニアさんは一度姿勢を正し、僕らの予想の斜め上を行く自己紹介を始めた。

「私は......“王国騎士団長”を務めています。ディアナ・ライルと申します。以後お見知り置きを」

 シニアさんの口から発せられた内容に、レヴィルさんを除く全ての人が思考を停止する。

 それも当然だ。たった今、僕らの目の前にいるのは......王国に住む者なら、その名を知らぬものなどいない。この大陸で最強と名高い戦士だったのだから。
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