剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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鬼が贈る呪い

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「いくぞ......虎牙流“舞”」

 レジナルドは両の腕を左右に広げ、脚を前後に交差する特異な構えをとる。そして体を捻る様に、ゆっくりとした動きで腕を振るった。

 するとレジナルドの姿が、一瞬だけぼやけた様にブレる。その光景を目の当たりにしたウィルは、剣に魔力を込めると目に見えないはずの斬撃を防いだ。

「まさか......風刃が見えているのか」

 ゆったりした動きをしているレジナルドは、驚愕の表情を浮かべながらそう呟く。そうして剣を握る力を強め、腕を後方へ回すとまたレジナルドの姿がブレた。

「もう、それはいい」

 ウィルはつまらなそうに呟くと、構えを解き羽虫を払うように、飛んでくる斬撃を弾いた。

「昔とは別物だな。道場で披露した時は、全く反応できていなかった筈だが......」

「あれから多くの月日が経ったんだ。オレだって多少は成長するさ」

 レジナルドは過去を懐かしむ様に呟くが、ウィルは無感情に...そして無機質に返答する。そんなウィルの姿はもはや昔の面影はなく、全くの別人である様にレジナルドには感じられた。

 変わり果てた互いの印象に、二人はため息を吐くと互いの目を見つめた。そして......

 先ほどまでのゆったりした動きと打って変わり、急速に動きを早めたレジナルドがウィルへ急接近し、そして大きく円を描くように剣を振るった。

 まるで布を刃で裂くような細い音と、軽い金属音が周囲に響いた。

 その攻撃をウィルは、剣で滑らす様に逸らす。そうして逸らされた剣は、明後日の方向へと弾き飛ばされた。そうして弾かれた剣に振り回される様にレジナルドの体は、バランスを崩しウィルへと背を向けた。

「隙ありだ」

 ウィルは背を向けた瞬間に斬撃を放ち、レジナルドの背は一文字に切り裂かれ、周囲へ鮮血が飛び散るイメージを浮かべた。

 だがそのイメージは実現する事はなく、突然目の前に現れた剣によって防がれてしまう。

「ははっ容赦ないな? だが残念」

 振り向きながら薄ら笑いを浮かべるレジナルドは、背骨に沿わせる様に剣を逆手持ちにしウィルの攻撃を防いでいた。

「器用な事をする。まるで旅の雑技団だな?」

 ウィルはそんなレジナルドに対し、嘲る様な言葉を口にする。しかしレジナルドは憤慨する様子もなく、回転しながら距離を取った。

「煽っても無駄だ......今の俺にプライドは無いからな」

 そうして再度、特異な構えをとり腕を動かそうとした時......ウィルが切先をこちらに向け、腰を落としている光景を目撃した。

(あの構えは......)

 レジナルドは風刃を放つ為に剣を振るおうとしたその瞬間、自らの胸に激痛が走る......イメージが頭に浮かんだ。何故その様な、イメージが浮かんだのかはすぐに理解することとなった。

「ッ!?」

 先ほど離れた位置にいた筈のウィルが既に、自分の目の前まで迫って剣先を胸に突き刺そうとしていたのである。驚愕するレジナルドは攻撃を中断し、体を大きく逸らし辛うじて突きを交わすことに成功した。

 奇襲による突きを失敗したウィルは、即座に刃を横に向け横薙ぎに払う。だがレジナルドはウィルの薙ぎを、剣の峰《みね》で滑らせるように回避した。

「その技......剣神流か!?」

「ああ、どこぞのお節介焼きが教えてくれたんだ。お前みたいな近寄り難い相手には、なかなかどうして......使える」

 未だ互いに触れることの出来ない状況だったが、この技を堺に二人の間に差ができ始めた。

「クッ!!」

「......どうした。お前の力は、そんなものなのか?」

 ウィルの攻撃の質が変化し、レジナルドの動きが乱されてしまう。そしてついに......

「グガッ......!?」

「まずは左腕」

 ロイの剣を握っていたレジナルドの左腕が、ウィルの剣によって斬られ皮一枚で繋がっているだけの状態となる。手から落ちた剣は地面に突き刺さり、腕からは多量の血が流れ足元に血溜まりができる。

 あまりの激痛で顔を歪めるレジナルドに、ウィルは失望を含んだ深いため息を吐く。

「どうする。もう終いにするか?」

「......いや、まだだ。まだ、腕が一本動かなくなっただけ...他は無事だ!!」

 レジナルドは自らに喝を入れる様に声を張ると、剣で落ち掛けの腕を切り落とした。その光景にウィルは、やはり無感情に賞賛の言葉を口にする。

「素晴らしい」

「はっ!! 思ってもいないくせに、思わせぶりな事をいうんだじゃねえ!!」

 レジナルドは激痛に苛まれながらも、無事な腕を上げる。そしてまたしても姿がブレ、風刃がウィルに向けて放たれた。

「芸がないn......ッ!?」

 興味を失った無機質なウィルの発言は、突如として生まれた腹部の衝撃によって中断されてしまった。だがウィルも混乱する頭を即座に切り替え、腹部に発生した衝撃の原因となった物体を掴む。

 それはたった今、レジナルドが切り落とした腕であった。予想外の戦略を用いて、ウィルの意表をついたレジナルドは、困惑するウィルの隙を見逃さずに攻撃を放った。

 体を大きく回転させ剣をウィルの胴体めがけて放たれるが、ウィルは体を下に落とすことで回避する。

「グアッ!?」

「......コレで右足も使えん」

 体を落とす際にウィルは脚を払う要領で、足首を斬った。剣の振り幅が短かった為、腕の様にはならなかったが、血の量と剣に伝わってくる衝撃から、その傷が骨にまで達していると容易にわかる。

「ま、まだだ...まだやれる!!」

「......」

 剣を地面に突き立て何とか立ち上がるも、勝負が決したのは明らかだった。強い視線をウィルに向けるが、痛みによって噛み締めた口からは血と涎の泡が噴き出ている。

 ウィルは静かにその姿を眺め、過去の強者達と比べる。そんな目にレジナルドは気づいたのか、怒号を発しながら剣を振るう。

 しかしその剣を握る手には力が入っておらず、ウィルが剣で受けると簡単に手から弾き飛んでいく。

「もう、しまいにしよう」

「ま、まだ俺は......」

 未だ諦めないレジナルドを見つめ、ウィルは静かにそう呟くと剣を大きく振り上げ......そして袈裟斬りにした。

 ウィルの剣はレジナルドの鎖骨を、まるでバターの様にいともたやすく断ち斬り、その白刃は臓腑を引き裂いた。





 仰向けで倒れているレジナルドは、夜空を眺めながら息も絶え絶えに呟く。

「ウ、ウィ...ル」

「なんだ?」

「お前は...変わった、な」

「......」

「あの親父を殺し、堅豪流の師範を殺し、剣聖も殺しておいて...た、たった一人の...何処の馬の骨とも知れないガキを守る。鬼の癖に今更......善行をつ、積んでいる...つもりか」

「それがどうした。オレの実力とそれとは無関係だ。それより何故、今それを言った?」

 まるでつまらない様に話すウィルに、レジナルドは力無く笑うと、とある方向へ指をさす。

「は、はは。俺か、からの...呪いだ」

 そう言うと、レジナルドの目から光が失われる。絶命したレジナルドをただ眺めるウィルは、剣を鞘に戻しレジナルドの指す方へ視線を向けようとした.....その時、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「......せ、先生。その話は本当なんですか?」

 振り返るとそこには、血を流しながら自らの剣を拾い、ウィルへと剣を構えるロイが立っていた。
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