剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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鍛冶屋と怒号

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「それじゃあ行ってきます!!」

「......一応言っておくが、ただ遊ぶためだけに、使いを頼んでいるわけではないからな? 本来なら街を知ってるオレが行くべきだが、どうしてもと言うからお前に任せるんだ」

 部屋の入り口で元気よく手を振るロイ、その姿にウィルは呆れた様子で忠告する。だが当のロイは、その忠告を聞き流している様に見えるくらい、緩んだ雰囲気を醸し出している。

「もちろんですよ!! あっそうだ。お使いが終わったら、少しだけ食事をしてから戻りますね!!」

「はぁ......無駄遣いはし過ぎるなよ」

「わかってますよ!! お土産期待してください!!」

 ロイは大仰な身振りでそう話すと、扉を開けて外に出て行った。

「......討伐隊の準備でもするか」

 ウィルは静かになった部屋の中で、一抹の寂しさを感じながら荷物を整理し始めふと思う。どうやら最近はロイの賑やかさが、当たり前となっていると感じるウィルなのであった。





「さーて、さっさと用事を済ませて、美味しいもの食べちゃうぞー!!」

 先ほどウィルに忠告されたことも忘れ、久しぶりの自由な散策を開始する。ロイのテンションの高さに、周囲の店主や主婦が遠巻きに見ているが、ロイは全く気がつく様子はない。

 ロイは初めて訪れた街を散策しながら、ウィルに渡された2枚の紙を懐から取り出す。その片方の紙には、必要な道具などのリストが書かれている。

「えーと、まずは保存食用のサンドバードに、鍛冶屋で売ってる荒砥石、最後は魔法燃料を二瓶......海がある街なのに、全くそれっぽいお使いがないのかぁ」

 ロイはつまんなそうに呟くと、顔を上げて周囲を見渡す。そしてもう片方の紙を開いた。もう片方の紙にはこの街の地図が描かれており、肉屋と鍛冶屋そして魔法具店の場所がチェックされている。

「先生こういうのは、しっかりしてるんだよなぁ。普段はちょっと抜けてるけど。あっ鍛冶屋ってあれかな?」

 ウィルが丁寧にルートと建物の特徴までまで描かれた地図を見ながら、自分の現在地で一番近くにあった鍛冶屋へと赴いた。

 ちなみにウィルが描いたルートは、ロイの自由気ままな散策が原因で、全く機能していない。

 そして少し歩いていると、先ほど地図で確認したマークと同じ看板がぶら下がっている建物を発見した。

 それを見て中に入るが、鍛冶屋の中には誰も見当たらない。仕方がないのでロイは大声で挨拶をする。

「こんにちわー!! 店主さんいらっしゃいますかー!!」

 ロイが大声を出すと、鍛冶屋の奥から男の声で「ちょっとそこで待ってろ!!」と怒号が返ってきた。

「えぇ......僕もしかして怒られる?」

 困惑するロイは店主が来るまで、店内の武器などを見ていると、後ろから怒号を浴びせられる。

「おい!! お前が客か!!」

「うぇえ!? は、はいそうです......」

 いきなり後ろから大声を出されたロイは、肩を跳ね上げながら振り向く。すると後ろには立派な髭を携えた、禿頭の老人が仁王立ちしていた。

 老人......と言ってもロイとは比べ物にならないほどのガタイの良さと、声の大きさから放たれる威圧感にロイは気圧されてしまう。

「どうした坊主!! 用があってきたんじゃねえのか!! まさか冷やかしだったら容赦しねえぞ!?」

 一向に要件を言わないロイに、腹を立てたのか老人は、さらに大きな声と険しい顔で言葉を捲し立てる。その発言で正気に戻ったロイは、慌てて弁明をする。

「いえ!! 僕、荒砥石が欲しくてきたんです。先生......あっえっと、僕の武術の先生がここに来れば、良質な砥石を購入できると......」

 ロイは吃《ども》りながらも必死に話す姿を見て、老人は威圧感ある雰囲気を解く。それでもだいぶ威圧感があるが......

「ああ? ここで砥石を買えるって知ってるのは、あんまいねえはずだが。お前の先生って奴の名前は?」

 老人は禿頭を掻き首を傾げながら質問してくる。

「えっと、ウィルという名前です。フルネームは......すみません、わからないです」

「ウィル......ウィルってぇと、死んだ様な目の不気味な男か?」

 禿頭の老人は思い出したかのように手を叩くと、ロイに男の特徴を確認してくる。

「死んだ様な目.....多分あってると思います」

 ロイの返答に禿頭の老人は、とても愉快そうに笑い出す。対してロイは突然笑い出した老人を見てさらに困惑する。

 だが禿頭の老人はそんなことお構いなしに、納得した様子で腕を組みながら何度も頷く。

「なるほど、あの男なら何度かここに来たことがあるから、知っていても納得だ。荒砥石だったか? 今持ってくるから金を用意して待ってろ。1000エリスだ」

 そう話すと禿頭の老人は、そそくさと鍛冶屋の奥へ引っ込んでいった。

「顔を覚えられてるってことは、先生に何度もここにきてるのかな?」

 裏に引っ込んで中々戻ってこない老人を待つこと数分。ようやく戻ってきたかと思いロイは老人に視線を移す。

「坊主、好きなだけ持っていきな!!」

 そう言いながら禿頭の老人は、大箱いっぱいに入った石を抱えてやってきた。

「ええ!! いいんですか?!」

「いいも何も、どうせ個人で経営する鍛冶屋じゃ、この量の砥石は持て余しちまうからな。それに最上級の砥石は必要な数確保してる。好きなだけ持ってけ!!」

 老人は機嫌が良さそうに砥石を箱から取り出して、種類別に幾つか並べる。

「あの男がいつも買ってたのは、大体ここら辺だな」

「先生からは荒砥石だけでいいと言われてるんですけど、どれがいいんでしょうか?」

 普段自分が使う武器をギルドに預け、整備を依頼していたロイは、あまり砥石のことが詳しくなかった。そこで武器のプロである老人に選定を頼むことにした。

「まあ、これとこれ、あとはこれだな」

 禿頭の老人は迷うことなく砥石を選定しロイの前に置く。

「じゃあこれを買います」

 ロイは老人の選定眼を信じて、目の前に置かれた砥石を購入することに決めた。その様子を見た老人は少し怪訝そうな顔で尋ねる。

「おい坊主。お前は疑うってことを知らないのか? もし俺が坊主を騙してたらどうするつもりだ」

「え!? 騙すつもりなんですか!?」

「なわけあるか!? あくまでも例えの話だ。坊主は警戒心がなさ過ぎる!!」

「顔こわっ!!」

 目をひん剥いて怒号を浴びせてくる老人の圧で、ついついロイは半歩後ろに後退してしまう。

「全く......あの男は何を教えているんだ!! こんな未熟な坊主が使いをしているのに、騙されたらどうするつもりだ!!」

「なんだただ心配してくれてるだけか......」

 あまりの顔の怖さに心臓が飛び上がったが、その剣幕の理由が純粋に心配をしてくれていると言うことに気がついたロイ。すると先ほどまで威圧的に感じた老人の顔も少しは......

(いや、やっぱ怖いものはこわいかなぁ)





「気をつけて行けよ!!」

 大きく手を振る老人に、手を振り返しながらロイは鍛冶屋を後にする。

 ちょっとした問題はあったもののこうしてロイは、圧の強い鍛冶屋の老人から無事、砥石を購入することができた。

「はぁ......なんか1箇所目からどっと疲れたなぁ」

 ロイは精神的な疲労を感じながらも、リストに書かれた残りの物を買うため歩き出した。

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