剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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過去の戦場と被る鬼の姿

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 化け物の問いに剣鬼が笑みを浮かべながら答える。それを合図に2匹は、同時に動きだした。

…たしかに同時に動いたのだ。しかしウィルはまたしても化け物の初動を見逃してしまった。

 そして次の瞬間にはウィルの目の前に現れその巨腕を大振りに放っている。それに対してウィルは下へ体を落下させギリギリで回避し、魔族の腕へ斬撃を放つ。当たったそう確信した斬撃は空を切る。

「なに!?」

「ハハハッ!!ハズレだ!!些か精度が悪いと見えるな!!」

 そしてそんなウィルに追撃を加えるため化け物は蹴りを放つ。眼前へと迫る猛獣の踵を体を後ろには大きく反って避ける。

「ッ...!!」

「面白い人間だ。貴様は先程の攻撃で既に満身創痍のはずだがよく動くものだ。知っているぞ曲芸師という人間も似た動きをしていたな」

 化け物は余裕を見せてただ仁王立ちしている。化け物はウィルの反撃を待ち、その剣ごとウィルを打ち砕くために挑発していた。

 しかしウィルはその挑発に乗らず、ただ冷静に化け物の動きを見極めていた。

「…無理だな」

「ハッ!! 何だもう諦めるのか?」

 「つまらん…」化け物は失望したような顔でつぶやくと、ウィルの頭を砕くために腕を伸ばす。

「もう良い。お前はにはがっかりだ」

 距離を取り剣を鞘に収め佇むウィルの目にも止まらぬ速さで接近する。そしてまたしても巨腕をウィルの顔目掛けて振るう。

「!?」

 しかし拳が当たる寸前で化け物は咄嗟にウィルから距離を取った。いった何が起きたのか分からず化け物はウィルに疑問を投げかける。

「諦めたのではなかったのか?」

「誰がそんな事を言った。ソレは勝手に勘違いして俺の間合いに入ったお前の失態だ」

「ふむ…我の体を斬るとはなかなかやるではないか。それでどうやったんだ?」

 化け物は数百年ぶりに味わう激痛を懐かしみながら、その元凶たる人間に問いただす。

「貴様のその鈍らでは我の体に傷をつけることは出来ない筈なのだがな」

「簡単だ。間合いに入った腕に剣を振るって斬る…それだけだ」

 ウィルの発言を化け物は聞きまた上機嫌に笑いながらウィルへの攻撃を再開する。

「フハハハッ!! やはり貴様は面白い!!」

 残った片方の巨腕でウィルの胴体目掛けて一直線に突き、外すと丸太を思わせるその脚で蹴りを放つ。だがそのどれもウィルに当たることはない。

「ハハハッ!! ちょこまか逃げるばかりで反撃すらできないのか!!まさか口だけか?!」

「強がるばかりでカスリもしないお前よりはマシだ」

 化け物の中でなにかが切れる音がし、攻撃がどんどん過激さを増していく。その連撃はまさに嵐のようで地面をえぐり、木を薙ぎ倒す。

 そんな猛攻もウィルには届かず通り過ぎてゆく。だがそれも長くは続かなかった。

「ハハハッ!!どうしたにげるのはもう終わりか!!」

「ああ、もう終わりだ」

 魔族は腕を大きく振り上げ手刀を繰り出そうとして来る。対するウィルは屈んで鞘に収めた剣に手をかける。

「ハンッ!! まるで断頭台だな!!」

 第三者が見たらまさしく斬首刑の光景と被って見えただろう。首筋をさらけ出し項垂れる人間。それの首を切り落とさんとする魔族。まさに断頭台での斬首刑。

「さあ、トドメだ!!」

振り落とされる手刀。斧のように重厚で並の剣より鋭い魔族の手がウィルの首に迫る。

 咎人は切断された。

「いい感じだ…これが【眼】で見る感覚か」

 しかし今回切断されたのは人間の方ではなかった。

「なんだと!?」

 魔族がウィルの攻撃を認識するより疾く、魔族の腕を既に斬っていた。

 魔族はすぐさま距離を取って体の再生を始める。泡立つように生えてくる腕、その再生速度は先日ウィル達が討伐した獣人種とは比べ物にならない。

「貴様は…何者だ」

「何者でもない…いや、巷では剣鬼と呼ばれているな」

 剣鬼という単語に魔族は固まる。

「剣鬼だと?」

 魔族はとある男を思い出す。過去に出合った戦場の剣士。自らを瀕死まで追い詰めた鬼に…眼の前の男が被る。

「なるほど。なぜ貴様に興味を持ったか理解した。貴様はあの男の…コハクの縁者だな!?」

「縁者ではないが…」

「なら何故貴様からあの男の気配がする!!」

「ああ、そういうことか…」

「コハクは俺が殺した。恐らくそのせいだろう」

 ウィルが問いに答えると魔族は一瞬キョトンとした顔になり、すぐに大笑いを始める。

「フ、フフハハハッ!! やはり貴様は面白い!! あの忌まわしい男を貴様は殺したのか!!」

 腕を切られたことすら忘れ大笑いする魔族にウィルは困惑する。そして…

「戦いはやめだ!! あの忌まわしい男が死んだのならもうこの地に用はない!! 本当は貴様を殺して探す予定だったがもうその必要はないからな!!」

 急な戦いは終わりだと宣言する魔族にウィルは疑問をぶつける。

「いいのか。俺を殺したいんじゃないのか?」

「フンッ!!貴様ら人間の生死に興味など無い…そう思っていたのだが、案外まだ面白いやつはいるらしいな。良い知らせを持ってきたお前に免じて今回は見逃してやろう!!」

「いいのか。いつかオレはお前を殺すほどの脅威になるかもしれんぞ」

「ならばその脅威とやらになってから我に挑みに来い。どうせ貴様ら人間は放っておいても直ぐに死ぬのだ、いま死に急ぐ必要はなかろう」

 そう言うと魔族は姿を消す。あの瞬間、腕を切り落とした時に、姿を消す仕組みは見破ったはずだった。だが今回もまた消える瞬間を視認することは出来なかった。

「…まだ至れてはいないか」

 ウィルは小さく呟くと仰向けに倒れ気を失った。
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