剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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成り損ないの獣人

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 お互い一撃ずつ加えた結果。魔族がやや優勢の状況となった。

(胸が痛む…これ骨折れたかな…)

 自分の負傷箇所を庇いながら距離を取るロイ。しかし魔族はその行動を許さない。

「ガルルァァ!!」

 下がるロイに急接近した魔族は連続で頭突きを放つ。その威力は凄まじく、ロイが避けた位置の岩場が大きな音を立て破壊されている。

 その光景はまさにロックボアが獲物を仕留める瞬間そっくりであった。

(クソッ!! このままはジリ貧だ…!!)

 ロイは魔族の攻撃を避けながら攻撃が緩む瞬間、その隙を探す。

 だがロイの思惑とは裏腹に、魔族の攻撃は収まるどころかどんどん勢いが増してゆく。

「ガアアアアア!!」

 魔族は攻撃が当たらないことに苛つき始めたのか、攻撃が荒々しくなってゆく。

 そして時が訪れる。

「しまっ…!?」

しまった!? そう言うよりも疾く魔族の突進攻撃がロイの胴体に命中する。

 あばら骨の折れる嫌な音がからだの中でなる。そしてそんなことを考える事さえ出来ない程の激痛がロイを襲った。

 あたった部分の肌がさらけ出される。服が破けたその箇所から赤黒く変色した肉が見ええ…よく観察すると肉には石の欠片などが突き刺さっているのが確認できただろう。

(痛い!! 痛い!! 痛い!!)

 薄れる視界…その中でロイは死を覚悟する。

(ああ…俺…死ぬのかな?)

 激痛の最中だというのに何故か頭が異様に冴え渡る感覚。死の間際…ロイの見る世界の全てがスローになる。

(ああ…獣野郎がオレを殺そうとまた突進してきている…)

(足は動かない…腕は何とか動きそうだけど…剣を持つ程の力は…)

(あの魔族…頭に怪我してるのか…当たり前か…いくら硬いからってあんなに岩を砕けば…あの額の欠片だってあんなにめり込んで…)

 それは意図したことではなかった。何気なく自らの足元に落ちている袋と何個かの石の欠片が目に入る。そして自らの体にめり込む石の欠片…

 ロイは一縷の望みをかけ、残された力で袋を開けた…

次の瞬間。ロイの腕に強く弾かれる様な感覚が襲ってきた。

 それとほぼ同時に少し離れた場所で、何処か聞き覚えのある破裂音がする…いやその音はもはや爆裂音といっても良い程のモノだった。

ロイは顔を上げその光景に驚愕する。

「なんだこれ…!?」

そこには大声で叫びながらのた打ち回る魔族の姿があった。

「ガウアァァ!!」

 よく見ると魔族の頭部が燃えている。
魔族は燃える頭部を何とか水につけるとしばらく動かなくなった。

「やったのか…!?」

 ロイはその光景に安堵の表情を浮かべ、魔族によろよろと近づく。

「ロイまだだ!!」

 少し離れた場所でウィルの声がした。

「ヨクモ…ヤッテクレタナ…!!」

魔族のいる位置から聞き覚えのある声がした。

「え…その声…アレックスさん...?」

 ロイは魔族の手前で立ち止まる。

 いや…立ち止まってしまった。

「痛っ!?」

 その隙を見逃さず魔族がロイの足を掴むと、そのまま河へ叩きつける。

「イダイ!!イダイ!! ヨクモボクニヒドイゴトシダナ!! シニゾコナイノクゼニ!!」

 先程まで吠えることしか出来なかった魔族が突如として喋りだす。それはあまりにも拙く幼子の様な呂律だった。

「まさか人の力も奪えるのか…!?しかもその声はアレックスさんに…まさか…いや…でも…」

 ロイは放置された死体を見た。見てしまった。

 その死体にはわずかながら衣服が残っておりそこには…松明を掲げる人の模様が描かれているマークわずかながら残っていた。

「そ…そんな…」

放心状態のロイ。

そこに迫る魔族の巨腕。

「ジネコゾウ!!」

「死ぬのはお前だ」

 魔族の巨腕はロイに触れる前に突如現れた鬼の剣によって斬り落とされる。

「ギャアァ!!」

「人の力を得た途端に獣っぽさが薄れたな。まあ、オレにはそのほうがやりやすいが…」

 突如現れた鬼。ウィルはたった今切り落とした魔族の腕を踏みながら剣先を向ける。

 ロイを確認すると緊張が途切れたのか河の浅瀬で倒れている。

(位置的に溺れはしないだろう…ならばまずはこちらを優先だな)

「どうした成り損ない。まだ腕が切られただけだろう? 今まで食った生物の体に変形させてかかってこい」

 ウィルはそう言いながら魔力を込めた蹴りを放つ。その威力は凄まじく、ウィルを遥かに凌駕するその巨体を軽々しく蹴り飛ばした。

「それで終いなのか?」

「マダダ!!」

 魔族の腕が泡立っているかのようにブクブクと再生していく。そして数瞬の間に腕は完全に元通り…ではなく、その腕はまるでロックボアの外殻を思わせる質感と人が使う武器のような突起があった。

「なるほどな? 再生時に新たな身体へと作り変えるのか。見た所その形状もかなり自由だと見える」

「オレハヒトヲクッタ!! オマエノカンガエモ、テニトルヨウニワカルゾ!!」

 その発言にウィルは少し口元を歪ませる。

「…獣のくせに人より面白いことを言うのだな?」

「オマエバカニシテルナ!!」

「それもわかっているのか。もう先程までとは本当に別物だな」

「ソウダ!! ソシテオレハモウケモノジャナイ!!オレハ…ッ!?」

「もう会話はいいだろう。さっさと終わらせる」

「…オマエスゴクズルイ。ソシテトテツモナクツヨイ」

「今更か…人を喰らってその程度とはな。元の知能が余程低いと見える」

「シネ!!」

  ウィルの挑発に反応し、魔族は再生させた外殻の腕で攻撃してくる。

 しかし攻撃が当たる寸前でウィルの姿が消える。

「ドコダ!!」

「ここだ」

 魔族の真後ろから声がする。魔族は声のする方へ振り向く。

「やはり獣は獣。人の脳を手に入れてもそれを活かせる頭がない。しょせんは人の成り損ないよ」

 振り向きウィルを視認したその時…魔族の腹部に謎の激痛が走る。

 自らの腹部を見ると、そこには剣が突き出していた。

「決して最善ではない。しかし今はそれで良い」

 魔族の耳にそんな言葉が届くと同時に腹部から突き出た剣は下方へと魔族の体を切り裂いていった。

「アレックスさんの仇だ!!」

 ロイは待っていた。自分から完全に意識が離れるその時を、ただ怒りを鎮めながら。

「グゾォ゙…オレハマダ…」

「いや、これで終いだ」

 ウィルはその言葉を最後に魔族の首を斬り落した。残った魔族の身体の下腹部からは内蔵が溢れだし、そして倒れた。

「先生…僕…」

「今は休め」

「はい…」

 短く会話を済ませるとロイはその場に倒れるように意識を手放した。
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