剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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剣聖と剣鬼

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 オレが使う技術は師ホリスの虎牙流がベースとなっている。虎牙流は元々剣術ではなく体術メインの流派であったが、それを師が独自に編み出した剣術と併せて使用する武術へと変化させた。

 つまり何が言いたいのか?

 虎牙流の真髄はあくまでもその体捌きにあるということだ。

 そしてこれは虎牙流だけではない。他の流派でも同じ様な軌跡を辿ってきたものがある。

 そう、例えば…


「貴殿が【稲葉の剣聖】コハクか?」

「うむ、確かに儂がコハクだが…何用かの?」
 
 川の淵で釣りをするとぼけた老人。この老人は稲葉流創始者にして先の人魔大戦にて数々の武功を挙げた生きる伝説。

 ある時は魔の大群を単騎で殲滅した。

 またある時は強大な魔族の首を幾つも打ち取った。

 人々は彼を【剣聖】と呼び称えられ、そして魔の者たちからは…

「貴殿に決闘を申し込む」

「断る…と言ったら諦めてくれんかの?」

「それこそ諦めろ。 オレがここに来た時点でもう貴殿には、オレと戦い生きるか死ぬかの二択しか無い」

 とぼけた老人…コハクはウィルの答を聞いたあと大袈裟に体を上下させながらため息を吐いた。

「儂はもう見ての通り耄碌して久しい。そんな儂を斬ったとて、童が損することはあれど得することはなかろう?」

「無駄な殺生などせずこの場は大人しく…」

 コハクは言葉を続けようとしたが、ウィルの剣がコハクの持つ竿を両断する。

「見事な剣速じゃな。しかし些か精度が悪いと見える」

 ことも無さげに話すコハクに対し、ウィルは久しく忘れていた焦りを感じていた。

「耄碌したなどと嘯いてはいるが、その体捌きは些かも衰えていなさそうだな?」

「カカカッ!! 童こそ知った風な口を利く!!」

「全盛の儂を知っている者たちが今の儂をみたら大笑いするだろうさ!! 老いたな…と!!」

「つまり本気の貴殿はこんなものではないと?」

「カカッ!! 儂の剣技は【幻夢】とも呼ばれた最速の剣よ。 見る者の目には我が剣の軌跡しか残らん!!」

「老いてなお儂の剣は童の剣速を遥かに凌駕してるであろう!」

 コハクは挑発するように大きく嗤う。

「凄まじいな…自ら戦うしかない様に仕向けている」

「初めのはただ童をからかっていただけじゃ。久方ぶりの剣客、この機を逃すなどありえん!!」

 ここまでの話の中で一体いくら攻撃できた…?
いつもならくだらぬと斬り捨ててきたが…

 この老人は一見無防備に見えてその実オレが動こうものなら即座に反応したろう。

「滾るな。ここまでの緊張感は師に会ったとき以来だろう」

 ウィルは背筋に冷たいものを感じながらも、それをコハクに悟らせないよう機上にふるまう。

 決して弱みを見せてはいけない。それは戦いにおいて文字通り致命的な弱点となる。

「童よ。今更何を恐れる。童もこれまで多くの剣客を屠ってきたのだろう? 分かるぞ主の背後に感じる死の気配をヒシヒシと!!」

 だが百戦錬磨の剣聖コハクにはウィルの思惑など手に取るように分かっていた。

「ほれ、童剣を抜いたら構えんか。 それとも構えれぬほど怯えてしまったか?」

「ふざけるな。 今のオレに恐れなどない。」

「恐れは無いか…それはいかんな…!!」

 そう言うとコハクの姿がウィルの視界から一瞬で消える。

 だがウィルも直ぐに反応する。消える直前コハクが僅かに右へ移動する動作をその【眼】で捉えていた。

 ウィルは一切無駄のない動きで次現れるであろう場所へと視線を向けた。

「!?」

「良い目を持っておるな。だがこれで、まずは一殺」

 視線を向けた次の瞬間にはコハクの白刃がウィルの喉元に突きつけられていた。

「このまま殺さなくて良いのか?」

 ウィルの喉元から剣を引き下げるとコハクは元の位置へと戻っていく。

「カカッ!! そう死に急ぐな!!」

 心底愉快そうに笑う老人。その姿にウィルは苛立ちを感じるも直ぐに冷静さを取り戻し、次へと備えた。

「準備はできたかの? それじゃあ…参る!!」

 またしてもウィルの視界から一瞬で姿が消える。今度の動きはウィルの【眼】を持ってしても、その初動を捉えら得られなかった。最速の名に偽り無し。

 しかし…

ガキンッ!!

 互いの剣同士がぶつかり火花が散る。

「見事じゃ!! たったの一度で儂の技を見切ったか!!」

「いくら速かろうが近寄らねば切れぬが道理。そしてお前が見えぬなら他を見れば良い」

「うむ、この場合はそれが正解じゃ!! 」

 ウィルが行ったことは至って単純。ただ足跡を追っただけ。川辺の土や砂利は強く踏みしめれば必ず跡が生まれる。

 剣聖コハクの運足で生じる、常人であればまず見逃すであろう微かな変化。しかしウィルの【眼】にはハッキリとその変化が見えていた。

 あとはそのパターンと己の立ち位置から次に現れるタイミングを予想し斬撃を放つ。【眼】と幾度の死戦をくぐり抜けてきたウィルだからこそ出来た戦法。

 だが次の瞬間またしてもウィルは意表を突かれた。 傾く視界、宙に浮く感覚。ウィルの脳裏に浮かんだのは過去、師に掛けられた投技。

 とっさに後頭部を守る。

「っ!!」ドサッ

 それとほぼ同時に全身を襲う衝撃で一瞬意識がとびかける。

「カカカッ!!これにも対応できるか。 しかしこれで二殺目じゃな!!」

 気がつくと己の顔面へと向けられていた剣先に冷や汗をかく。

「なぜ斬らん!!なぜ殺さん!!」

 等々ウィルの怒りが声となりコハクへと放たれる。

「ふん、吠えるでない小虎よ」

「!?」

「主の技、その本となっている流派は虎牙流じゃな?」

「…」

「沈黙は肯定とみなすぞ?」

「先日虎牙流の師範ホリスが殺されたと風の噂で聞いた。童よ主の仕業じゃな?」

「ああ…」

「ふむ?そこは潔く認めるのじゃな。では何故自らの師を殺した…なんて野暮なことは聞かん。」

「それよりも気になっていることは、何故師から教わった技を使わなんだ? 童の動きを見るに充分技は身に付いてるはずじゃが?」

「オレの技は師から教わったものを自分なりに発展させたものだ。」

「なるほどのぉ… じゃあ気がついているか?」

「何がだ...」

「主が使っている技はホリスが編纂する前の虎牙流に酷似していると」

「編纂する前の?」

「さよう。童よ。主が使っているのは剣術としての虎牙流では無く、体術としての虎牙流じゃ。」

「なぜ斬らないのか、そう言っておったの。その理由は主が剣士ではないからじゃ」

「オレが剣士でないだと?」

「主がやっているのは剣術の真似事、虎の牙を借り、虎に成れたと勘違いしてる狸そのものよ」

「主が変わらぬ限り儂を斬り伏せることはおろか、主が斬られて死ぬことさえ叶わぬ」

「オレが変わらぬ限り…」

「どれ、ひとつ良いものを見せてやろうかの」

 そう言うとコハクは眼の前にある高草に目を向ける。

 次の瞬間、高草は音もなく断ち切れた。

「見えたか?」

「全く動きが見えなかった」

「あほう、見えたかと聞いたのは草のほうじゃ」

「草が切れる瞬間?」

「主は儂を見ているが無駄じゃ。儂の動きは長年の研鑽によるもの一朝一夕でどうこうなるものではない。」

「しかしこの草は別じゃ。この草は風を受け常に揺らいでいる。だがその動きに不自然さは一切ない」

「それは当たり前だ。それが自然というのだろう」

「そうじゃな、それが自然じゃ。そして剣術もまた同じ。主の剣術は今儂に切られた草と同じじゃ」

「わけがわからん」

「草は風に適応できても、儂の剣には適応できん。 技も、そしてそれを使う人も同じじゃよ」

「己の技に適応…」

「童よ。主の師は何を思いその技を編纂したか考えたことはあるか? 儂は自らの技についてずっと考えておった、そして未だにその答えは出ておらん!!」

「出てないのか…」

「カカカッ!!だがわかったこともある。それはの…」

「剣を道具として考えるから不自然になる。 自らの体の一部、あるいは身体そのものとして使う。 そうして長い間磨いてきた剣術はいつしか何一つ不自然ではない自然なものとなっていた。 まるで川が海へ流れるがごとく、煙が天へと上るがごとく…じゃ」

「主にとって【剣】とは何だ?」

 俺にとっての剣…それは…

「オレにとっての【剣】それはオレ自身だ。オレという人生…そしてその道」

 その回答にコハクは初めて本当の笑みを浮かべる。 先程までとは違うからかいの含まれていない笑み。

「ならもう迷うことはないの?」

 そう言うとこれまた初めて、コハクが剣を構える。

「ああ…もう迷いはない。 オレはオレの信ずる道を往く!!」

「眼を醒ました主に、このまま挑むのは無礼というものかの? 改めて名乗らせてもらう!!」

「我が名はイナバ・コハク!! 【剣聖】にしてかつて魔の者共から【剣鬼】と恐れられた男じゃ!!」

「我が名はウィル!! 虎牙流師範ホリスが弟子にして【虎牙の剣鬼】!!」

「「 いざ尋常に勝負!! 」」



 この日1匹の【剣鬼】が己のすべてを託し、現し世から姿を消した。
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