剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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巣立ち

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「ウィルよ、考えを改めるつもりはないのだな?」
 
 眼の前に佇む初老の男がオレに問うてきた。

「くどいぞ師よ。何度頼まれようとオレはこの道場を継ぐつもりは無い。それに道場なら師の息子殿に継がせればよいではないか」

 眼の前の男…オレの剣の師であるホリスが険しい顔をしながら問いに対し…

「あいつは駄目だ。 儂の息子というだけあって剣の腕は良いがそれだけだ。 それ以外は至って凡庸、この道場を次ぐほどの器ではない」

 ホリスは腰に指した剣の柄頭を軽く叩きながらそう答えた。 これはホリスが苛ついている時に良くする動作であり、どうやらオレが折れない事に相当おかんむりのようだ。

 しかし師がどれだけ不機嫌だろうとオレはこの道場を継ぐ気はない。 それに…

「尚更わからんな。息子殿は人格者だ道場内の信頼も厚い。 剣だけでなく体捌きなども常人よりはるかな高みにある事に皆も承知している。 充分この道場を次ぐに値すると思うが?」

 そう。師は息子殿が凡庸だと言うが、オレから見ても充分道場を継ぐだけの才はある。

「才はある。それはオレも認めよう。しかしあいつは俺やお前が持っているモノを持ち合わせておらん」

 俺と師が持っているもの…剣に対する考え方の違いか? それとも…

「ウィルよ…お前は俺を見てどう思う?」

「どう思うとは…?」

「何でもいい。 俺を見て思ったこと…初めて会ったときや今の俺でもなんでも良い。とにかく俺がどう見えるか言ってみろ」

 師を見て思ったこと…

「活力を感じない…いや、というよりも…」

 師と初めて会ったときから感じていること。 それは…

「死人…」

「そうか…やはりお前にはオレが死んでいるように見えているか」

 師はどこか満足気に俺の答えを聞いたあと、息子殿の話を始めた。

「あいつにも同じ質問をした。しかしあいつは儂はいつまで経っても元気なジジイと言ってきやがった!!」

 師はそう言い「ガハハ!!」と豪快に笑った。 しかし俺にはその顔が笑いながらも、まるで失望したような…心がそこにないようなそんな印象を受けた。

「これが儂らにあって、あいつには無いものだ。わかるか?」

 正直言うと今でも師が何を言いたいのか理解できない。 

「簡単に言うと人を見る目がねえってことだ!!」

「自分は人を見る目があります。なんて自分で言ってて恥ずかしくないのか?」
 
「今はそんなこと話しとらんわ!! とにかくお前は【眼】を持っている。それは才能や経験でどうにかなるもんではない。いわゆる…あー…こういう時に学がねぇとどう伝えたら良いかわからんくなるな…」

 師は頭を掻きながらどう説明したら良いかを考えているようだ。 

【眼】とは一体何なのだろうか?
息子殿と俺では見えているものが違う?

 そうやって考えに耽っていると

「そうだ! 魔法で言うところの【サーチ】ってやつに似ているな。別名【魔眼】だったか、とにかく普通じゃ感じれない微かな変化を察知することのできる魔法だ。 【眼】はそれに酷似しているが魔法じゃねぇ、ごく限られた武人が持つと言われる資質のようなものだ」

 限られた武人が持つ資質がオレにあると?

「それがオレに備わっていると言うことか?」

「いや、まだお前には備わっていない。だがその予兆は出てきている。それがお前が持っていてあいつにはないもの」
 
 師の柄頭を叩く力が増している。

「それで? それと道場を継ぐことに何の関係がある」

 師の手が止まる。 

「分かっているはずだ」

 師が剣を抜く。

 嗚呼…やはりそうか…

「どうしてもそこを通してはくれないのだな」

「ああ!! 主がここを出て征くというのならば、儂を斬り実力で越えてみせよ!!」

 今はまだ日の出ていない夜更け、他の門下生も寝静まっている。 なぜオレが出ていくことに気がついたのかはわからない、もしかしたらそれが【眼】というものなのかもしれない。

「いいだろう…しかし師よ…」

 オレはこの道場に入り間もなく師より賜った剣を抜く。

「オレはもうあなたより強い」

 勝負は一刀で決した。

「見事だ…!!」

 師はそう言うと力なくその場に倒れ、後には師の死体と静寂だけが残った。

 オレは血溜まりに倒れ伏す師を一瞥すると、そのまま音を立てずに未だ日が登らぬ闇の中へと消えていった。
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