空蝉

ひさかはる

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 つまらない強請りを掛けられた身体を清めるよう、シャワーを浴びた。流れてゆくなかには少女の頃から大切にしていたものもあった。ボディソープとシャンプーの華やかさでは誤魔化し切れない異臭が立ち昇ってゆくのを靄のなかに見た。

 仏間で男に犯されていれば電気屋はどういった目を見せてくれたか。

 鈍い悦楽が下腹部を撫でた。

 電気屋の心を揺らせるのなら一度くらいは望まない関係があっても良かった、と想えば、男の欲の吐き出す先に利用されるだけの手荒い性交の想像にも沸くものがあった。

 前触れもそこそこに、女の股を割き、熱さの凝る根を深く埋没させる男の姿が輪郭を確かに頭へ描かれると、不本意にもあげられる声が鼓膜のうちに響いた。

 強引に結ばれていても実際にそうなっていたのではなかったか、と陰が湿りを膨らませてゆく。心の作用が身体を濡らすことはある。けれど身体が心に反応しない理由にはならない。濡れてしまえば心に作用するものも同じようにあるのかもしれない、とあなたの肌を湯が甘く滑る。

 電気屋に玄関で襲われた日を想った。

 カメラを設置している段階で男の汗に反応していた自分は確かにあった。

 が、ああいった事を受け入れられるほど男に惹かれていた訳ではない。

 生まれ付いての淫猥か。それとも牝の本能か。

 避妊などというものに興味を持たない動物は、たとえ望まない性交であったとしても子供の父になり得るかもしれない男を良い牡と認識したがるかもしれない。自身が産む新しい命に流れる血をつまらないものとするには牝の沽券に差し障りがある。自身が腹を痛めて産んだ子にも拘わらず母乳を与えることさえ厭わしく感じるかもしれない。安易な自己肯定を浅ましいとするのは解釈や見識を事実として見做したがる安全圏に住まう人間の知の質感であり、過酷な自然界で生きていかなければいけないとすれば自己を肯定するしかない。動物は相手に拘わらず、自身の性交に対して肯定的になる他ないだろう。

 単純な意図を示す声はあれど動物は言葉を持たない。解釈も見識も存在せず、認識という概念がない。それでも子を育てていかなくてはならないのであれば本能に愛をプログラミングするしかなかったのではないか。

 神の意を図り違えた愛の解釈がヒトの群れで拡散されて美化されて人間性の肯定にまで昇りつめた現代をあなたは嗤った。

 何の事はない。自己を肯定する動物性はヒトにも色濃く残されている。他人の目という概念を自ら生み出し、自らを恐がらせて防衛の為に遠慮を覚えただけに過ぎない。

 進化をしてゆく過程で覚えた言語から嘘をつくことまで学習し、自身の地位を守るため、他人を蹴落とす機会を窺いながらも表向きは仲睦まじく演ずる建前を互いに使い合い、生きる事の本質である戦いを裏側だけで済ませる試みは罪悪感という概念を生んでしまった人間の安易な知能の発達から身を守る策なのだろう。

 生きる事の本質を正面から見据え、決して見失わなかったのは独裁者と揶揄されている者だけかもしれない。嘘を愛する人間は正直者を恐れる。厳めしい顔をして圧政に耽る者と甘い顔を見せ金策で牛耳る者と一体どちらが大きな悪といえるだろうか。

 いずれにせよ惚れた男が成す事であれば肯定的に受け入れる隙を持つのは女の弱さか、それともしなやかさか。

 あなたはシャワーを止め、浴室を後にした。

 
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