空蝉

ひさかはる

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 午前六時。
 男は遠慮なくボディソープの薫りで女の香を濁し、下着と作業着に身を包み、世間を憚る素振りなく、朝のなか颯爽と玄関を抜けていった。

 誰にも知られず背を見送れたのはあなたにとっての僥倖であり、振り返る気のない男の後ろ髪に自身と同じシャンプーの薫りをも嗅ぎ取れた想いに幾許かの名残りを見て慈しんだ。

 寝室に帰ると乱れたベッドに思わされるところがあり、カーテンを引いたままの薄暗がりで、カメラの向こう側へあなたは大きく咲いた。

 興が落ち着いたのは七時を過ぎた頃だった。

 シーツを剥いで、Tシャツとハーフパンツに下着を搦めて抱え持ち、素裸で廊下を行き、脱衣所の洗濯機に放り込み、他の洗濯物で猶予を埋め、洗剤と漂白剤に柔軟剤で汚れを隠していった。

 薄いシーツでは吸い取り切れなかった濡れがマットレスに染み込んだ痕を想いながらまわる洗濯槽の音を聞き、男が使ったばかりの浴室の扉を開いて入りシャワーの栓を開いた。

 タイルを打つ音に洗濯機の音が混じりカメラのない浴室にも男の目があるように思われると、自涜したばかりの陰が疼いた。

 浴室の扉のほうを向き、背から湯を滑らせながら手を下へと運ばせた。尖る芯が指先を嘲笑うかの如くやまない欲を主張する。女のなかから染み出す湿度を尖端へ送り、摩擦は楽に濡れたものと為り果てて、指は上下左右と無尽に動き、あなたをよがらせた。

 浴室のぼやけた扉を透いて見る向こうに汚れたシーツがまわる洗濯機の音がかたかたと鳴り、ベッドを揺らせた男の身体が想起されると、あなたの腰はひとりとは思えないゆらめきを持って悦を深くした。

 緩く流れる温みに背を抱かれ、電気屋の男にはなかった愛情めいたものを脚色すれば性感のほかにも染められるものがあった。何が何でも恋まで昇華させようとするのは悦楽のみに興を向ける女を恥じてのことか、と言い訳の恋心をなじりながらも身を委ねた。

 女の性感を誤魔化す為に偽りの恋をし、男の欲をも利用する狡さが女の無意識のうちに存在すると知れば、男が己の性感を充たす為に女の恋心を利用する謀りを責め切れなくなる。

 抱かれた後でこれはどういった目合いであったかと咎めるような目を向けるのは男に求める責ではなく、乱れた女の誤魔化しに男を付き合わせる試みでしかない。

 こちらには恋があったと主張すれば淫猥な女ではなくなると掴んだシーツの皺をのばす算段をし始める女は、男以上に卑怯かもしれない。

 睦み合いが快いものでなければ終わった後の男に恋を向けられはしないかと、心を澱ませる。

 あの男であればどうか。

 答えを指に逃し、偽りの恋に甘んじてあなたは昇っていった。

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