空蝉

ひさかはる

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 夏虫の声が耳を刺す。

 和室のドアを開き障子を閉め電気を点けた。

 線香の薫りは薄く閉じ込められていた夏の昼間が夜のなかに灯った。

 今日一日、顔を見せるつもりのなかった仏壇の翳は深く、所々にあしらわれた金色が鈍く光りを放ち、あなたを責め立てて咎める。

 苛まれるほどの静けさは何処かに放り投げたあなたに畏れるものはなかった。

 開かれたワンピースから女を咲かせ夫の微笑に向けた。

 何ひとつ変わらない顔が悦びの証拠と決めつけたあなたはまなじりを妖しくさせた。指を女の中心に運べば十全に整う湿りがあった。指に搦ませ拡げてゆき、芯はてらてらと濡れて硬くした。

 夫の歯ブラシを陰の入り口で軽く馴染ませ、女の尖端を甘く撫でた。

 思いのほか大きい痛痒感に声があげられた。

 虫の声と周波は違えても、色を求める想いに差異はなく、生まれた理由が鳴く為であれば女も虫も大差なく、向かう性を亡くしても啼くほかに道はない。

 繁殖をそそのかせる為の装置が性感であれ、人間の知能では子孫を望まなくとも快楽のみに身を寄せるのは難くない。神にせよ、仏にせよ、冒涜であるというならば性に快さを授けた罪がまずそちらにあるはず。そうでなければ誰も繁殖しないというのなら命とは快楽ゆえの誤りか。繁殖させる事に何の意味があるというのか。痛みを伴ってでも子孫を欲する強さなく受胎させる罪を神や仏は何と説く。分娩の痛みは牝だけのもの。その痛みに堪えさせるため、牝の性欲と性感を牡よりも深くしたとでも言うのか。牝に大きな悦びを授けるよりも牡に痛みを授けるべきであったと後悔もせずにいるとすれば、悦にのみ呼応する牝に何の罪があると言うのか。

 女の芯を捏ねるようにしてブラシは楕円を描き這いまわった。

 どう足掻いても新しい生命へと繋がってはいかない甘美な熱に、夫の頬は笑みを湛えている。柔らかい眼差しの憎らしさもこうなってしまえば淫猥な目と為り果てて、何があっても決して怒りを見せない写真は妻を見事に裏切り続ける。

 叱られる歓びというものが女にはあると夫は知らなかっただろう。

 何があっても最後には相手を赦せてしまう夫は人間として強かった。弱さゆえに傾くサディズムもマゾヒズムも夫には理解できなかったはず。それでも受け入れようとはしただろう。けれど、受け入れられたところで堕ちていくのはこちらひとりだけでふたりで溺れられる訳ではなかったことが間近で見え透いている。

 誰をも怨まない顔でいられるノーマルな人間の強さを穢すなら、愛されていたと確信できる妻である自身を汚せばいい。歪まない顔に無理やり裏切らせる試みは、夫を昂奮の材として一方的に利用し、自身の欲のみを駆けあがらせる。

 これは自涜ではない。あなたは夫の双眸を挑発した。

 アナタが出来る精一杯の戯れ。もしかすると生きていたときよりも私を悦ばせているかもしれませんよ。

 そう念じても一向に顔を変えない夫の冷徹に、あなたは裏切られて陰の光りは鋭さを増してゆく。

 ねえ。私アナタの身体より歯ブラシのほうが良いの。

 夫の沈黙に脳が揺れる。

 何を言われても意に介さない夫のサディズムは捏造であれ、虚実の外に性感はあった。

 虫と化したあなたは欲の趣くまま啼いた。

 カメラを通し、電気屋に見せつけ、明日も呼び込む算段が存分にあることには意図して強く蓋を締め、決して開かないよう果てた後も自分を誤魔化し続けた。

 
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