空蝉

ひさかはる

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 予想に反し夜に男は訪れ、あなたの頬を強く張った。

 ワンピースを剥げばすぐにでも裸になれる女を脱がせはせず、テーブルに座らせ、男に向けて自慰をするよう促された。あなたは従った。遮光カーテンが引かれたなか、明かりの灯る密室は色を濃く描いた。

 男の自尊心を刺激したのか。あるいはただのサディスティックな趣きであろうか。

 自身の行った挑発にどういった作用があったか定かではなかったが、もしも窓外の世界に向いて咲いたことへの嫉妬であったとしたら歓ばずにおける自信があなたにはなかった。夫はつまらないことで妬くような人間ではなかった。それを淋しいと感じた事はなく、夫婦関係の安寧は懐深い夫に守られたものと有り難く受け取っていた。

 が、誰かのモノにされたい女が自分のなかにいない訳ではないと知り、打たれた頬の熱に疑似であれ、愛情めいたものを感じては陰の湿りを深くしていった。

 表情の乏しい男の目を読むのは容易ではない。

 それならばと勝手な解釈を施し、あなたが自身に都合の良い誤解を繕うのは易かった。一方的に向くぬいぐるみへの愛着を想起させたが、虚しさは蚊帳の外だった。幼さまでも思い出してしまえば虚実の区別など大した事ではない。

 嬉しがる頬に嘘の緊張を漲らせ、赦しを乞う目を自ら演出しては、騙された自意識が双眸を潤ませ、指の先がふるえを帯びて、不器用な快楽に脳がくすぐられた。

 心とは胸にあるのではなく頭にあるのだろう、と演技ではなくなってゆく男への畏れに敬いまでもが衝き動かされあなたは真実へと昇華されていった。

 眠りにつく前に浴びれば良いとしていた昨夜から続く匂いが男の鼻孔を刺してはくれないか、とふるえのある指に力を持たせ、派手な音を立たせながら陰を冒涜した。

 昼間よりも濃くなった薫りをなじる言葉が投げつけられる未来を夢に見て、テーブルからソファまでの余りにも遠い距離にもめげず叶えることを諦めはしなかった。

 息に混じらせていた声が太くなり、呼気は易々と抜けてはいけず、声門を大きく鳴らして外の世界へと放たれ、男の鼓膜を目掛けて駆けた。

 男の揺れのない目があなたの夢を膨らませる。

 夫との生活に夢はなかった。必要だと認識することもなかった。けれど飢えのない日々に思う幸福の充足は、不満を捏造する気を微塵も起こさせないほどの拘束であったのかもしれない。

 果てが近付き痛いくらいの性感に弛む涙腺があった。

 喜怒哀楽のほかにも涙がある事をあなたは知らされた。

 男がソファから立ち上がった。

 あなたはそうではないと零した失態を悔やんだが、指も声も果てに向けてやませることは適わなかった。

 男は近付き女の脚を二本掴んだ。

 仰向けになれと言われずも察したあなたは食卓に背を預け、煌々と照る天井をにじんで見上げた。それでもやまない指に、男の鼻の先が触れて思わず指を脇に退け、陰の匂いをなじられる言葉を待った。

 男は何も言わず大きく股を開き、唇で芯を挟み熱い舌先で弾いた。

 なじられる夢に裏切られてあなたは果てた。

 果ててもやまない男の舌に続けて二度目へと運ばれ、穢れた女の陰に無頓着でいられる責苦に言葉よりも強い嘲りを覚え、涙に手心を加えた訳ではなかった男の冷ややかさに熾る熱が爆ぜた。

 願いが叶えられない悦楽が威光を放ち、夫の影までも呑み込んでいった。

 
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