空蝉

ひさかはる

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 ソファや床を拭いたことで掃除の意欲が湧き、幾日かぶりに家が綺麗になった。茶碗を洗うあなたの手に不本意であれ艶めかしいものがあった。やはり誰かに見られるという事情がない限り女は女をやれないのだろうか、と辟易とし、腹の底を覗うまでもなく、歴然とした結果が部屋と食器に顕れている以上そうではないとする言い訳は何処にも見つからない。他の男によって取り戻された女に嫌気が差しても還ってきてしまったものは仕方がないと落ち着けるしかなかった。

 流れる水で洗剤を落とし、水切りに濡れた茶碗をふたつ傾けて置いた。蛇口を閉めればまだ夕方にもなっていない蝉の声が冷房の音をさえぎり耳を聾した。その声のなかにタブレットで聴かされた自身の嬌声が混じっている幻聴があり、幻ではあっても見つけてしまうと膨らみは際限なく拡がっていった。

 シャワーを浴びずにおいた身体から男の薫りがゆらめき立ち昇る狼煙となり、誰に対する合図でもない煙りは女の鼻孔に吸い込まれて身体のうちへと還っていった。本来は男の匂いではあってもひとつに繋がったのならばこれは自分のものでもあるはず、と恋心を抱きもせずに男との同化を望む淫猥さを怨んでも、忌むことはままならなかった。

 蛇口の水で潤い洗剤で突っ張った手が再度潤みを求めている。

 リビングのカメラに一瞥をくれ、窓外の様子をレース越しに透かせた。電気を点けずにおけば薄いカーテンでも向こうからは見えないはず。

 とはいってもこちらから覗かれる情景がこうも開かれていては今ひとつ信用がおけない。遮光を引こうかと手をのばしたが、すぐに考えを改めテーブルのうえに座して外を窺った。道をゆく人間の目があなたに向くことはなく腿の緊張は弛んだ。何も履かれていないワンピースの中身の翳から黒々とした叢を露わにさせても誰も見向きもしない。更に開いていった。見えているのだとすればここまで捨て置かれてしまうと女に傷がつくが、平穏な暑い夏をゆく目に女の陰は映っていないと判じられると心安くなり、一方的に見せつけている興に昂るものがあった。

 指を運ぶと粘度の濃ゆい濡れがあった。

 拭いた直後のソファや床に負けず劣らずの照りが指に搦まった。

 下から上へと芯を撫でれば色のある息が洩れた。

 蝉の声に混じらせ鮮やかにしていった。

 ふと目をあげた窓外の老婆に背が凍え、腿は閉まった。

 何事もなかったように目を逸らして去っていった。

 齢を取り耳が遠くなれば却って聴こえてくるものもあるのかもしれない、といつかは自分も辿るであろう未来を見て、ひとりで生きてゆかなくてはならない長い時間の激しい痛苦を想った。

 人生が四十年ほどであれば電気屋を撥ね退ける強さを持てたであろうか。それともどうせもうすぐ死ぬのだからとより一層色に淫れたか。

 考えても仕方がない。何事もなければ八十年ほど生きなくてはならないのが今の世の理。

 腿は先程よりも大きく開かれ陰は窓外に向かって咲いた。

 枯れるまでは咲いている。もう蕾には戻れないのだから。

 あなたは声を抑えながら指を激しくした。

 窓に向きカメラには映らない角度の自涜は逢いに来なければ見せるつもりはないと男に伝える心があった。

 果てに近付いたところで横へ流した目をカメラに向け、妖しく笑んだ。

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