空蝉

ひさかはる

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 冷房を効かせたリビングで形ばかりの昼を済ませた。

 掻いた汗と濡れた女がシャワーも浴びずに乾かされ、鈍い動物の匂いを周囲に向け放っているとしても、誰に嗅がれるでもないことに面倒を覚えた。

 昨夜の茶碗のうえにもうひとつ洗い物が増えたが構う気になれず、いつかは自分で決着をつけねばならないのだから、と先送りにしてソファに腰を深くした。

 静かな時間を誤魔化すよう点けたテレビは決して話し相手にはなってくれず、独り言を延々と聞かされている心地になり却って心労が増した気がした。

 夫の死を誤魔化す復讐の種火も弱くなり、性にしても男を欲するのは動物としての本能だけで、人間を続けてゆく気があるのならば一生涯自身の指で慰め続けていくべきではないか、との覚悟を理性に求められているようで、素直になり切れない女でいることに美徳を見出そうとしていた。

 インターフォンが鳴った。

 反射で腰をあげたがすぐに降ろした。

 身体も心も誰かと対面できる状態にない。

 もう一度鳴った。

 あなたは腰をあげ、足音を殺しながら玄関へと向かった。

 居留守を使う気ではあるが誰であるか気にせずいることが出来なかった。

 ドアスコープから覗くと電気屋の男が立っていた。

 何かしらの不首尾があったのかもしれないと心が揺れ、鍵に手をのばしたがもとへ戻した。やはり誰かと顔を合わせる気にはなれない。

 が、自身で決断を下す強さを持たないあなたはもう一度鳴らされれば出て行こう、と電気屋の次の出方に任せることにした。

 下を向く男の顔があがり、玄関を見つめてから背を向け電気屋は去ろうとした。

 その背が夫を思い起こさせ、疲労を溜めていた男を止めなかった後悔が押し寄せ、無下にしてはいけないとあなたのなかの女が叫んだ。

 勢いよく手をのばし、大きな音を立てて鍵をまわし、ドアを開いた。

 鍵の音で反応したと見える余裕を持ってあなたを正視する男の目があった。すみません、という間もなく男に押されて家のなかへ戻された。

 男はバッグからタブレットを取り出し、玄関マットの上に投げ出した。画面のなかではひとりのベッドで自分を慰める女が遠慮のない嬌声をあげ乱れにみだれていた。

 「何かあればと名刺を渡したでしょう」

 男の声は酷く冷静であなたの背は凍えた。

 自身の女の声が鳴り続け、間を持たせず時間を埋める。

 男は背を向けさせ、あなたの頭を掴み、上半身を折るようにしてタブレットに顔を近付けさせた。あなたは手を突っ張らせ、出来得る限り画面との距離を保とうとしたが男の力は強く、目をつむっても耳は塞げず、声もあげられなかった。

 部屋着にしていた安いワンピースを楽に捲られショーツが露わにされた。片手を後ろへまわし守ろうとしたが、容易に掴まれ、背のうえに捻りを加えて抑えつけられた。

 ズボンのうえから硬くなった根でショーツ越しに擦りつけられると薄く疼くものがあり、タブレットの声に反応する身体があった。

 男はあなたの腕を離し、ショーツをずらし膝の辺りで留めた。あなたは放たれた片手を後ろへ向けて目一杯のばすがどうにもならず、腿はふるえながらも懸命に内へ受かって締めた。

 が、防ぎ切れず、男の指は女の陰を割って入った。

 自分の思い通りにならない他人の指が予測の立たない性感をくすぐらせ、片手では頭を支えてはいられず、後ろにしていた手を戻し、両手で玄関マットに突っ張らせた。思わず開いてしまった目に乱れる女の臀部が映った。タブレットを操作し映像を止め、音を消した。

 男が濡らす陰の音が玄関に響き、あなたの耳朶は赧くなり、暗くしたタブレットの画面が鏡になり、自身の歪む顔が映った。悲痛であるとは言い難い表情に心のうちが乱された。

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