空蝉

１３

　夫に相手にされなくなった女性が、淋しさから不倫に走るというのは自身の穢れを半分夫のせいにするただの言い訳とあなたは考えていたが、自身の身体を見るに、まったくの嘘ではないと理解が進んだ。

　女は悦びだけではなく悲しみにも淋しみにも濡れる。

　大人になっても何処か夢を見ている男とは違い女の日々は現実とまともに目を合わせていくしかない。知性ある獣たちが戯れている社会とは所詮幻想であり命の本懐は生活にある。金がなくては生きていけないが、金そのものが幻であり、狩りや栽培などで生活が維持できるのであれば社会のなかで働かなくても良いのが動物としての本質、ではあるが、人間の知能がここまで進化を遂げ、社会という幻想を確固とした現実として捉えている今となってはそれも難しい。

　幻想のなかで金を稼ぐ男と、本質のなかで生活を取り仕切る女とでは最早同じ生き物とはいえない。男が夢を見るのも女が現実を知るのも当然で、そうでなくては生きていけない。

　幻想が深くなっていく人間社会の女は進化の過程でより不安に弱くなり安定を好むようになった。

　悲しみや淋しみは実際的な痛みとなり麻薬に溺れるかの如く何処かに歓びを求めなくては生きていられない。現実を知る男であれば馬鹿らしくなり、社会という幻想で働けはしないのと同じ様に不満からの不安を覚えさせられる夫ひとりでは何事もなく妻の顔を続けてはいけず、他の男に濡れることで誤魔化しながら夫婦を維持していくしかない。

　女の嘘や意地の悪さや性の強さは現実をしばし脇に置いて休息し、明日も生きていく為の術であり、昨今のように社会に出る女も珍しくなくなった現代では女も男性化し、幻想に応対しているのだろうが、専業主婦として充たされていたあなたにはそれがなかった。

　男の浮気と大差なく身体だけの関係を望む女も珍しくなくなっただろう。けれど自分はそうではない。

　指がまたひとつ濡れた。

　夫のいないベッドが現実味を濃く描き、涙が混じる嗚咽は喘ぎに移ろい色を増してゆく。

　幻想の夫に抱かれながらあなたは遠くに逝き果てた。