空蝉

ひさかはる

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 夜になり胃を働かせる形ばかりの食事を済ませ、流しのボウルに茶碗を浸け込み粘りのある米の汚れをふやかせた。短くない時間が過ぎても洗う気になれず、明日で良いかと堕ちてゆくあなたにカメラの先が鋭く刺さっても腰は一向に重みを手放さなかった。ソファはあなたの形に落ち窪み、テレビは誰にも干渉せずひとりで長々と喋り続け、時間は野放図にされた。

 テレビを消し、茶碗をそのままにリビングを出た。

 浴槽に湯を張り身体を浸からせることも怠け始めた軽いシャワーは色香なく、あなたの肌を伝って流れてゆき、身綺麗にしたところで何事に向かうでもなく、現代人の儀礼として垢を落とし、髪を艶めかせ、わずかな熱を上気させて浴室を後にし、バスタオルで粗方を拭い去った。

 ドライヤーが乾かせてしまうと潤いは失われ、ひとりの女が鏡の奥に居ることを曇りに紛らせ、直視せずに済ませられるとしたあなたは鏡が晴れてしまう前にルームウェアを着込み、洗面所を後にした。

 廊下の静けさと暗がりに、リビングのドアの隙間から射す灯りがひと筋を描いても、誰が居る訳でもなく、働かせたままのエアコンがひとり部屋を冷まし続けている。夏の夜の湿度は男を想わせ、汚れを落としたそばから汗を滲ませた。

 リビングへ入り、冷気に包まれると、上げられた気色がなだめられたようにも、たしなめられたようにも思われ、冷まされてゆく肌の表から心のうちへと熱を羞恥に変えてあなたを苛んだ。

 なかからも冷まそうと水を求め、キッチンに入り、グラスを手に流しへ向いて蛇口を捻った。透明のグラスに溜まる無色の水越しに捨て置かれた茶碗がよろめいた。蛇口を締め、グラスの水が鎮まれば、堕ちた女の形跡が揺らぐことなく留まり、レンズを通して見せられているかの如く拡大されてあなたの視界を埋めていった。

 喉を湿らせ胃を潤わせても、うちが鎮まることはなかった。

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