空蝉

ひさかはる

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 今月も滞りなく月の物は訪れ、夫の分身はもう得られないと知らされたが、ひとりで育ててゆくのも心細くこれで良かったと落ち着けた。

 子を産む算段もあって、家計は切り詰めていたが、カメラの出費は重く、収入の途切れた先は不安でしかない。生命保険には入っていたが、保険金だけで一生という訳にもいかない。会社に勝ったところで幾らの賠償金が得られるのかも不確かで、それに関してはそもそも金銭の問題ではない。

 何か仕事をしなくてはならないがこれといった特技も資格もない。

 こんな女でも稼げる仕事といえば職種は決まり切ったも同然だが、もう若くもないし、貞操は棄てられたとしても不特定多数の男と接するには抵抗がある。どんな男が客として現れるのか知れたものではない。

 夫を亡くした悲しみと会社への怒りよりも性についてばかり考えている自分に嫌気が差したあなたはソファから立ち上がり、珈琲を淹れることにした。

 夏でもホットを好む夫の豆のストックが有り余っている。

 ドリッパーにペーパーフィルターを敷き、豆を落とせば湯を注ぐ前から芳醇な薫りがキッチンに漂った。

 それだけでも胸が張り裂けそうになったが、このまま余らせておいてもどうにもならないと湯を注いだ。

 ドーム状に膨れ上がるのん気な姿から夫が垣間見え、より一層ひろがる薫りに堪りかね、蒸らしもそこそこに湯をつぎ足した。

 サーバーに落ちてゆく色がいつもより薄く、粗忽を咎める者のいないなかでしとしとと溜まってゆく。
 
 何に対しての当てつけかも分からないまま求人を捜した。

 人妻ヘルスとは本当に皆人妻なのだろうか。未亡人はどうなのだろうと首を捻った。

 試しに未亡人ヘルスと検索をかけた。

 世のなかの需要に驚き、あくまでコンセプトだろうと判じれば、人妻ヘルスもそうなのだろうと決着をつけた。

 最近、夫を亡くしまして、と面接で言ったなら喜ばれるのだろうし、ホームページのプロフィール欄にも本当の未亡人と意気揚々と文字が踊り、客も本当なのか? と訝りながらも悦びにそそり立ち、最終的には憐れな女を蔑むことになる。

 呑み込んだ珈琲の薄さに背が寒くなった。

 各女性のページには動画が添付されており、再生させると喪服の隙間から自涜をし始めた。猥らになった胸もとから覗く派手な下着の色から実際に夫を亡くした女たちを馬鹿にしている心が垣間見え配慮に欠けると癇に障ったが、配慮をするのであればそもそもこういう店などやらないか、と眺めていると黒のストッキングのうえから女の指が陰を弄り始めた。

 目より下しか映さずおくことで唇の紅が引き立つが、挑発的にはならず、物欲しそうに見えるのは喪服の黒のせいだろうか、と自分のことのようにあなたは恥を覚えた。

 冷たい夫の指には痛みがあった。

 快くならなかったことで性に走らずにおけた自分を見て、貞淑な妻を安心して演じられた。復讐の為に身体を使うとしても純粋な性ではない、と成り立つ言い訳に欲を棄て置けた。

 怨みの翳に復讐の翳に自身の欲を見ていたのか。

 動物である事実は人間であろうとする嘘の邪魔をする。嘘がなくては人間をやれない。現実を知る女は悲嘆に暮れながらも悲哀に酔い痴れ、どう足掻いてももう逢えない夫を早々と無きものとして自身の人生の演出へと昇華しているとしたら…。

 自分事ながらあなたは恐ろしくなり、下腹部にまわり始めた熱を持てあまし、素直にするか意地を張るかに揺れ動き、リビングに設置してあるカメラを睨み、手を股の間へ運ぶ事に躊躇いを生ませたが、似たり寄ったりな幾人かの女性の動画を観て、これなら自分のほうがもっと上手くやれる、と熾りはじめた熱に自分のうちを確かに見た。
 
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