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弥生の章
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呆気にとられた貴憲は一瞬の間を置いて笑った。
「よかった」
「?」
「僕はまた、友達やめるって言われてしまうのかと思いました」
どきん、と胸がなった気がする。
「貴憲」
「僕は平気です。気にしないでください」
「気にするよ」
ドアが開いて、百合香が入ってきた。
「弥生はすごく気にするし、わたしもちょっと気にする」
「百合香」
百合香はにやりと笑って髪の毛を掻き上げた。
「知ってた? これは弥生の友達である、あんたのために切ったの」
「百合香!」
貴憲は息を飲んで自分を指す百合香の指先を見つめた。
「これであの三人は二度とあんたに手を出せない。わたしがやらなきゃ弥生がやってた。あの三人は間違いなく退学、ううん、病院行きの上、退学だったね」
「弥生…」
「わたしは、あんたのどこを弥生が気に入ったのかよくわかんないけど、気に入っちゃったのは仕方ないから協力するの。OK?」
OKじゃない!
わたしが叫ぶ前に百合香は人差し指でわたしの口元を指した。黙れ、ということだ。
「だから、」
愕然として見上げる貴憲の顔を覗き込んで百合香は続けた。貴憲にはちゃんと聞こえているのだろうか。
「あんたが変な遠慮したら倍以上手間がかかるし、怪我なんかされたら弥生が悲しむことになるから素直に頼るように。全力で守るから」
腰に手を当てて百合香が微笑んだ。
かなり回りくどい言い方だったけど、百合香なりに貴憲の負担を減らそうとしてくれているようだ。
「ま、それでもダメだったら潔く一緒に痛い目を見ることになるけど。わかった? わかったら返事!」
「は、はい」
「よろしい。じゃ、ノート持ってくる。数学の宿題が出たんだ。教えてね」
満足げに頷くと百合香はわたしに微笑んで部屋から出ていった。
貴憲はぼーっとしていたが、ドアが閉まる音で我に返ってからわたしを見て、目が合うと慌てて俯いた。
「その、百合香さんも…強いんですか?」
「強い? ああ、百合香もずっと一緒に道場に通っているから、同じくらいかな。どっちが強いかはわかんないけど、百合香のほうかもね。反射神経と腕力は確実に百合香の方が上だもん」
「透さんは?」
「透ちゃんは普通。足はすっごく速いんだけど道場には行ってないから。行ってたら少しは安心なんだけどね」
「は?」
そうだよね。貴憲には透ちゃんがオトコに狙われてるなんて想像もつかないことだろう。
「わたしと百合香はね、透ちゃんを守るって決めてるの」
「……守るって…」
「一緒にいたら判ると思うけど、透ちゃんってすっごくもてるんだ」
「はあ…確かに素敵なお兄さんですから」
「そうじゃなくて、ううん、そうなんだけどいつも狙われてるの。先輩とか、後輩にもあったんだけど…」
どうせ隠せない。わたしは意を決して言うことにした。
「男の子に狙われちゃうの」
「……」
案の定、貴憲は目が点になった。確かに貴憲には縁がない世界だ。
「それって…」
「今までは同じクラスの中岡田先輩が一緒にいて守るのを手伝ってくれてたの。だけど、高等部になったらクラスが別になっちゃうかもしれないでしょ。そしたら今までより大変になると思う」
再びドアが開いて、百合香が音も立てずに入ってきた。黙ってベッドに座り、教科書を開く。
貴憲も黙ったまま、わたしを見た。
「こんな話、信じられないかな」
貴憲は首を横に振った。
「助けてくれる?」
頷いて貴憲は言った。
「はい」
「敵が増えるよ~」
百合香が笑った。
いつも思うんだけど、どうして百合香はこんな時に楽しそうに笑えるんだろう。
「え?」
「オンナの嫉妬も恐いけどオトコの嫉妬の方が陰湿なんだよね~」
「そうなんですか?」
「小学校の時から透ちゃんに近付いたヤツはみーんな仲間はずれにされちゃってたもん。変な協定組んじゃって、ばっかみたい。ま、こっちは判りやすくて助かったけど」
そう。おかげでデリケートな透ちゃんは小学校の時、登校拒否になりかけたのだ。
「そんな…」
「今は竜之介がいるから大丈夫だけど」
「りゅう…」
「中岡田竜之介。そのうち紹介するよ。さて、と。数学教えてくれる? 貴憲って学年一、二なんだって?」
「はぁ。でも藤島さんだって…」
「百合香。わたしは百合香っていうの。弥生と同じでそう呼ばないと返事しない。OK?」
すごくつらそうな顔で貴憲はわたしを見た。
わたしはちょっとだけ同情してあげたけど、顔には出さないようにして自分のノートを開いた。
「よかった」
「?」
「僕はまた、友達やめるって言われてしまうのかと思いました」
どきん、と胸がなった気がする。
「貴憲」
「僕は平気です。気にしないでください」
「気にするよ」
ドアが開いて、百合香が入ってきた。
「弥生はすごく気にするし、わたしもちょっと気にする」
「百合香」
百合香はにやりと笑って髪の毛を掻き上げた。
「知ってた? これは弥生の友達である、あんたのために切ったの」
「百合香!」
貴憲は息を飲んで自分を指す百合香の指先を見つめた。
「これであの三人は二度とあんたに手を出せない。わたしがやらなきゃ弥生がやってた。あの三人は間違いなく退学、ううん、病院行きの上、退学だったね」
「弥生…」
「わたしは、あんたのどこを弥生が気に入ったのかよくわかんないけど、気に入っちゃったのは仕方ないから協力するの。OK?」
OKじゃない!
わたしが叫ぶ前に百合香は人差し指でわたしの口元を指した。黙れ、ということだ。
「だから、」
愕然として見上げる貴憲の顔を覗き込んで百合香は続けた。貴憲にはちゃんと聞こえているのだろうか。
「あんたが変な遠慮したら倍以上手間がかかるし、怪我なんかされたら弥生が悲しむことになるから素直に頼るように。全力で守るから」
腰に手を当てて百合香が微笑んだ。
かなり回りくどい言い方だったけど、百合香なりに貴憲の負担を減らそうとしてくれているようだ。
「ま、それでもダメだったら潔く一緒に痛い目を見ることになるけど。わかった? わかったら返事!」
「は、はい」
「よろしい。じゃ、ノート持ってくる。数学の宿題が出たんだ。教えてね」
満足げに頷くと百合香はわたしに微笑んで部屋から出ていった。
貴憲はぼーっとしていたが、ドアが閉まる音で我に返ってからわたしを見て、目が合うと慌てて俯いた。
「その、百合香さんも…強いんですか?」
「強い? ああ、百合香もずっと一緒に道場に通っているから、同じくらいかな。どっちが強いかはわかんないけど、百合香のほうかもね。反射神経と腕力は確実に百合香の方が上だもん」
「透さんは?」
「透ちゃんは普通。足はすっごく速いんだけど道場には行ってないから。行ってたら少しは安心なんだけどね」
「は?」
そうだよね。貴憲には透ちゃんがオトコに狙われてるなんて想像もつかないことだろう。
「わたしと百合香はね、透ちゃんを守るって決めてるの」
「……守るって…」
「一緒にいたら判ると思うけど、透ちゃんってすっごくもてるんだ」
「はあ…確かに素敵なお兄さんですから」
「そうじゃなくて、ううん、そうなんだけどいつも狙われてるの。先輩とか、後輩にもあったんだけど…」
どうせ隠せない。わたしは意を決して言うことにした。
「男の子に狙われちゃうの」
「……」
案の定、貴憲は目が点になった。確かに貴憲には縁がない世界だ。
「それって…」
「今までは同じクラスの中岡田先輩が一緒にいて守るのを手伝ってくれてたの。だけど、高等部になったらクラスが別になっちゃうかもしれないでしょ。そしたら今までより大変になると思う」
再びドアが開いて、百合香が音も立てずに入ってきた。黙ってベッドに座り、教科書を開く。
貴憲も黙ったまま、わたしを見た。
「こんな話、信じられないかな」
貴憲は首を横に振った。
「助けてくれる?」
頷いて貴憲は言った。
「はい」
「敵が増えるよ~」
百合香が笑った。
いつも思うんだけど、どうして百合香はこんな時に楽しそうに笑えるんだろう。
「え?」
「オンナの嫉妬も恐いけどオトコの嫉妬の方が陰湿なんだよね~」
「そうなんですか?」
「小学校の時から透ちゃんに近付いたヤツはみーんな仲間はずれにされちゃってたもん。変な協定組んじゃって、ばっかみたい。ま、こっちは判りやすくて助かったけど」
そう。おかげでデリケートな透ちゃんは小学校の時、登校拒否になりかけたのだ。
「そんな…」
「今は竜之介がいるから大丈夫だけど」
「りゅう…」
「中岡田竜之介。そのうち紹介するよ。さて、と。数学教えてくれる? 貴憲って学年一、二なんだって?」
「はぁ。でも藤島さんだって…」
「百合香。わたしは百合香っていうの。弥生と同じでそう呼ばないと返事しない。OK?」
すごくつらそうな顔で貴憲はわたしを見た。
わたしはちょっとだけ同情してあげたけど、顔には出さないようにして自分のノートを開いた。
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