人生を変えたホラーゲームにトリップしたから推しを助けて死にたい

宝久ろあ

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罅、軋轢

現実

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 記憶にある荷物と見覚えすらない私物、思い出と戸惑いを繰り返しながらの作業でも集中力を切らさなければ案外早く済んだもので夕飯時には完全に自室は部屋として完成していた。


「出前取るけど何が良い?」

両親は私が荷解きをしている間に商店街へ出掛けていたようで、幾つかの飲食店のデリバリメニューを掲げた。

「中華!この中華が良い!」


 “大盛宴たいせいえん”は真鹿シリーズに登場するいわゆる町中華で、家庭的なものから特盛チャレンジメニューに本場の中国料理や激辛料理にゲテモノなどのあまり馴染みのない食材まで食べられる創作作品で良くあるようなオモシロコンテンツとして使いやすいお店だ。作中ではオチでも便利に使われている。

「へぇ、結構色々あるんだな」

 流石に一枚のチラシに書かれているメニューはたかが知れており物怖じするようなものは載っていなかったがそれでもラーメンや炒飯だけでも十数種類ずつがズラリと並んでおり父は興味深げにメニューを眺める。

「私エビチリ食べたい」
「今日は取り分けるのも面倒だしそれぞれお弁当にしちゃいましょう」

洗い物を出したくないという母の意見でそれぞれ三品のおかずを選べる弁当を注文することにした。



「……美味しい」

 好きな作品に登場するお店のご飯だからというフィルターを抜きにしても物凄く美味しい。
知っているはずの中華の味をそのままランクアップさせたというか、グレードが高い店で食べた時の「なんか高級な味がするね」ということが無く、物凄く舌に馴染があるのに普段食べてるものをそのまま美味しくしましたという不思議な現象が起こっている。キャラクター達が大盛宴が美味い美味いと何度も言っていた理由が心底理解できた。なんかよく分からんけど美味い。

「そんなに中華好きだったっけ?」
「え?いや、なんだろう たまたま濃い味食べたかったのかも」

あまりにも美味しい美味しいと繰り返しながら食べる私に母が不思議そうに見つめた。

「明日、そういえば何時頃家出るの?」
「そうね、昼過ぎって言ってたけどバスだから早めに見積もっておかないと」


 出発の時刻を伝えられ身だしなみを整える時間などを逆算し起きる時刻を決めたところでふと冷静になる、これは夢なのだから眠ってしまったら夢は覚めるのでは無いだろうか。

夢から醒める夢を見たことはない訳ではないけれど、こんなに眠るまでの道程が長かったことは無かった。その時は怖くて飛び起きてそれでまた怖いことがあって飛び起きてまた夢でをマトリョーシカのように繰り返す厭な夢だった。



 食事を終えてお風呂に入って眠る準備をして布団に潜ったが眠気はやって来なかった。

意識はよく糸に例えられるが、張り詰めているわけでもふっと緩むわけでもなくまるで繊維がぐずぐずになり真暗まっくらな部屋の中に溶けていって同化していっても私は私のハッキリと起きていた。壁も天井がぐっと狭くなり沢山のこまかい光が集まっては消えていく錯覚が繰り返されても、それでも眠気は来なかった。

「お湯苦しかったな」

 明晰夢はどこまで続くのか、どうすれば目が覚めてしまうのかが気になって湯船に潜ってみたものの呼吸は出来なかったしバスタブがそのまま美しい海中に変わり泳ぐ事も出来なかった。明晰夢はやりたいと思ったことが出来ると聞いていたけれどやはりネットの情報はあてにならない。

「このまま一生起きなかったらどうしよう」

 もしかすると現実の私は植物状態になっていてだからいつまでも目が覚めないのだろうか、もしそうだとするのならこのまま夢がずっと続いてある日私の身体が死んだらふっと意識ごとこの世界が消えてしまうのかもしれない。そう考えたら恐ろしくて堪らなくなった。

「でも忠義くんに会いたい」

 好きすぎて吐くほど泣いたこともあるのだ、一目見るだけで良い。たとえ私の夢の中で私の脳内が作り上げた嘘だとしても、目の前に彼が居て同じ場所に居られるのならそれだけで幸せだ。私は忠義くんを愛してる。
でも、沙絢と正義があんな風に仲が良くファンアートや何かで描かれるくらいの睦まじさだったのなら、私の都合の良い記憶に合わせた夢が続くのなら、目の前に忠義くんが居て、そして私に笑いかけて欲しい。



 自分が思っているより随分と身体は疲れていたようで気付いた頃には私は眠りに落ちており、ぐっすりと熟睡をかましてアラームの音で目が覚めた。


 目が覚めて、ああまだ夢の中なのかという気持ちと、良かった忠義くんに会えるかも知れないという気持ちを同時に抱いた。
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