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罅、軋轢
違和感
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「ナナ着いたよ、ナナ」
聞き馴染みのある声に名前を呼ばれ一気に意識が釣り上げられた。
「ぇ、ア?⋯⋯え?」
寝起きなのに嫌にしっかりと覚醒しているはずの脳がパニックを起こす。私の顔を覗き込んでいたのは実家に居るはずの母だった。
「お母さんなんで?どうしたの?」
「寝ぼけてるの?そんなしっかり寝てて夜眠れなくなるよ?」
「なに、なんで?なに?え?」
「いいから車降りなさい、お父さんも出られないでしょ」
半ば強引に外へ連れ出されやっと自分が座っていたのは電車ではなく車の後部座席だと気が付いた。
「まだ学校行くまで何日かあるし荷解き終わったら散歩でもしてきたらどうだ」
目も覚めるだろと続けながら笑うのはどう見ても私の父だ。
「家」
目の前にあるのはどう見ても上等な一戸建ての住宅だった。
「そっかお前はまだ見たこと無かったんだよな」
「大きい、けど⋯⋯え?ここ?え?」
「まぁ田舎だし土地も安かったからな」
父の知り合いの不動産関係者の名前を出しながら色々融通を効かせて貰えたと話すのを聞きながら、私の「家」という単語に対する反応はまるでここが私たちの居住地になるかのようで戸惑いが深くなる。
母に続き戸建の中へ入ると人感照明でパッと光る明るい玄関と無機質な新築の匂いが嫌に肌に馴染んでなんだか気味が悪く玄関ホールで二の足を踏んでいると後ろから父に急かされ雑に靴を脱いで中へ上がった。
「自分の部屋だけ片付けちゃいなさい」
「え、うん、やる」
「階段上がって右の奥があんたの部屋だからね」
運転に疲れダイニングテーブルにもたれ掛かる父にビールを渡しながら母は私を一瞥しそう言うと、家具や家電類は既に設置が終わっているからどうだこうだと二、三個のことを思い出したように付け足してきたがまるで頭に入ってこなかった。
階段を登った右奥の部屋、言われた通りの扉の先は七畳程度のフローリングの洋室で、外観やリビングから期待したよりは些か狭いと感じる。小さいながらもWICが付いており思わず「憧れてたんだよね」と感嘆の言葉が漏れたと同時に戸惑いや恐怖よりも、期待や喜びが滲み出す。
お気に入りの姿見、奮発して買ったドレッサー、その他の細々とした家具はどう見ても私が学生時代に愛用していたものや今も一人暮らしの部屋に置いているものばかりで、やはり意味が分からなかった。
「あれ?」
段ボールの山の中を漁ろうと姿見の前に立つと、やんわりと感じていた違和感よりも強烈な異常さにようやく気が付いた。
「子供じゃん 私」
そこに映る私はまるで高校生時代の自分そのものだった。
「ちょ、チ、ァっ、ちょっと出かけて来る!」
静止の声が聞こえたような気もしたしただ普通に見送られたかもしれないがそのどちらでも良かった。兎にも角にも混乱が最上級に達していた私は肉親のようにしか見えない人間と馴染みのない我が家に居ることが恐ろしくて堪らなくなり半ば半狂乱になりながら家を飛び出した。
外に出て空気を吸い込むと少し潮の薫りがして海が近いのだと判断する。
そこそこ栄えた田舎といったところだろうか、リゾート地には見えないが大学生が夏休みに安さを目当てにペンションに泊まりに来るくらいには観光産業が発達していそうな街並みだと思った。完全なる主観的妄想なのでそんなペンション自体存在しているかどうか分からないけれど。
「あ、すみません、今日越してきたばかりなんですけど⋯⋯街、というか買い物とかってどっちの方行けば良いですか?」
柔らかく明るいブラウンの髪をした上品な女性、歳は六十代半ばほどだろうか、家を出てすぐの路地で見かけた赤の他人に何故だか吸い寄せられるように道を尋ねてしまったことに自分でも驚く。きっと未だ私は正気ではない。
「あら?そうなの?もしかして貴女、宇枝さんのところのお嬢さん?フフ初めまして」
「そうです、宇枝ナナです初めまして、すみませんご挨拶もなく⋯⋯ご迷惑をお掛けしてしまうかも知れませんが今後ともよろしくお願い致します」
「ご丁寧にどうもありがとう。私は怒和肇と申します」
怒和?
聞き覚えのある苗字、穏やかな眦と年齢が記憶の中のキャラクターと一致した。
罅、軋轢は同製作者の他のフリーホラーゲームの派生作品だ。派生と言うよりは「一方その頃」的なニュアンスの作品と言った方が分かりやすいだろうか、ホラー・オカルト要素のみに特化した罅に対して、大元の『マルーン色の果て』はホラー・オカルトの仕業と思われている怪死や変死、七不思議や都市伝説の類を人が起こしているのでは無いかと気付いた主人公が仲間と共に解き明かすというサスペンス的な要素の色濃い作品だ。まぁ、ルートや選択肢に限らず普通に心霊オチも多いが。
罅とマルーンどちらも含めて『真鹿学園シリーズ』と一緒くたにされることが多く、実際登場人物も時間軸も同じ世界観である。そのマルーン側の主人公“怒和理人”彼は東京からの転校生であり彼が『私立真鹿学園』に転校してくるところから物語は始まる。
ちなみに転校理由は両親の離婚なのだが二人とも彼を引き取ることを拒否して、そのことを知った彼の母方の祖父母が激怒して養子として迎え入れ———といった具合だ。
あまりにも似ている、その彼の理人の祖母である女性に怒和肇さんはとても似ており実在の人物をモデルしたと言われたら納得する程に瓜二つなのだ。それどころか珍しい苗字も同じとくればあり得もしないが理人が実在したらこんな髪色なのかなと彼の柔らかなミルクティー色に思いを馳せる。
「末永く仲良くして頂戴ね?何か困ったことがあったらすぐに話して、私にもね貴女と同じくらいの孫がいるの」
「ご親切にありがとうございます、両親もすぐご挨拶に伺うと思います」
それから何度かペコペコと頭を下げて教えて貰った方へ急ぎその場を後にした。
「こういうパターンもあるのかな」
駅に近い商店街に出ると思わず他人事のような声が漏れた。
絶対に有り得ない、似ているだとか、そういった範疇をまるで越えていた。目に映るその街並みはゲーム内で繰り返し観たことのあるイラストそのものだったのだ。
「ナナ着いたよ、ナナ」
聞き馴染みのある声に名前を呼ばれ一気に意識が釣り上げられた。
「ぇ、ア?⋯⋯え?」
寝起きなのに嫌にしっかりと覚醒しているはずの脳がパニックを起こす。私の顔を覗き込んでいたのは実家に居るはずの母だった。
「お母さんなんで?どうしたの?」
「寝ぼけてるの?そんなしっかり寝てて夜眠れなくなるよ?」
「なに、なんで?なに?え?」
「いいから車降りなさい、お父さんも出られないでしょ」
半ば強引に外へ連れ出されやっと自分が座っていたのは電車ではなく車の後部座席だと気が付いた。
「まだ学校行くまで何日かあるし荷解き終わったら散歩でもしてきたらどうだ」
目も覚めるだろと続けながら笑うのはどう見ても私の父だ。
「家」
目の前にあるのはどう見ても上等な一戸建ての住宅だった。
「そっかお前はまだ見たこと無かったんだよな」
「大きい、けど⋯⋯え?ここ?え?」
「まぁ田舎だし土地も安かったからな」
父の知り合いの不動産関係者の名前を出しながら色々融通を効かせて貰えたと話すのを聞きながら、私の「家」という単語に対する反応はまるでここが私たちの居住地になるかのようで戸惑いが深くなる。
母に続き戸建の中へ入ると人感照明でパッと光る明るい玄関と無機質な新築の匂いが嫌に肌に馴染んでなんだか気味が悪く玄関ホールで二の足を踏んでいると後ろから父に急かされ雑に靴を脱いで中へ上がった。
「自分の部屋だけ片付けちゃいなさい」
「え、うん、やる」
「階段上がって右の奥があんたの部屋だからね」
運転に疲れダイニングテーブルにもたれ掛かる父にビールを渡しながら母は私を一瞥しそう言うと、家具や家電類は既に設置が終わっているからどうだこうだと二、三個のことを思い出したように付け足してきたがまるで頭に入ってこなかった。
階段を登った右奥の部屋、言われた通りの扉の先は七畳程度のフローリングの洋室で、外観やリビングから期待したよりは些か狭いと感じる。小さいながらもWICが付いており思わず「憧れてたんだよね」と感嘆の言葉が漏れたと同時に戸惑いや恐怖よりも、期待や喜びが滲み出す。
お気に入りの姿見、奮発して買ったドレッサー、その他の細々とした家具はどう見ても私が学生時代に愛用していたものや今も一人暮らしの部屋に置いているものばかりで、やはり意味が分からなかった。
「あれ?」
段ボールの山の中を漁ろうと姿見の前に立つと、やんわりと感じていた違和感よりも強烈な異常さにようやく気が付いた。
「子供じゃん 私」
そこに映る私はまるで高校生時代の自分そのものだった。
「ちょ、チ、ァっ、ちょっと出かけて来る!」
静止の声が聞こえたような気もしたしただ普通に見送られたかもしれないがそのどちらでも良かった。兎にも角にも混乱が最上級に達していた私は肉親のようにしか見えない人間と馴染みのない我が家に居ることが恐ろしくて堪らなくなり半ば半狂乱になりながら家を飛び出した。
外に出て空気を吸い込むと少し潮の薫りがして海が近いのだと判断する。
そこそこ栄えた田舎といったところだろうか、リゾート地には見えないが大学生が夏休みに安さを目当てにペンションに泊まりに来るくらいには観光産業が発達していそうな街並みだと思った。完全なる主観的妄想なのでそんなペンション自体存在しているかどうか分からないけれど。
「あ、すみません、今日越してきたばかりなんですけど⋯⋯街、というか買い物とかってどっちの方行けば良いですか?」
柔らかく明るいブラウンの髪をした上品な女性、歳は六十代半ばほどだろうか、家を出てすぐの路地で見かけた赤の他人に何故だか吸い寄せられるように道を尋ねてしまったことに自分でも驚く。きっと未だ私は正気ではない。
「あら?そうなの?もしかして貴女、宇枝さんのところのお嬢さん?フフ初めまして」
「そうです、宇枝ナナです初めまして、すみませんご挨拶もなく⋯⋯ご迷惑をお掛けしてしまうかも知れませんが今後ともよろしくお願い致します」
「ご丁寧にどうもありがとう。私は怒和肇と申します」
怒和?
聞き覚えのある苗字、穏やかな眦と年齢が記憶の中のキャラクターと一致した。
罅、軋轢は同製作者の他のフリーホラーゲームの派生作品だ。派生と言うよりは「一方その頃」的なニュアンスの作品と言った方が分かりやすいだろうか、ホラー・オカルト要素のみに特化した罅に対して、大元の『マルーン色の果て』はホラー・オカルトの仕業と思われている怪死や変死、七不思議や都市伝説の類を人が起こしているのでは無いかと気付いた主人公が仲間と共に解き明かすというサスペンス的な要素の色濃い作品だ。まぁ、ルートや選択肢に限らず普通に心霊オチも多いが。
罅とマルーンどちらも含めて『真鹿学園シリーズ』と一緒くたにされることが多く、実際登場人物も時間軸も同じ世界観である。そのマルーン側の主人公“怒和理人”彼は東京からの転校生であり彼が『私立真鹿学園』に転校してくるところから物語は始まる。
ちなみに転校理由は両親の離婚なのだが二人とも彼を引き取ることを拒否して、そのことを知った彼の母方の祖父母が激怒して養子として迎え入れ———といった具合だ。
あまりにも似ている、その彼の理人の祖母である女性に怒和肇さんはとても似ており実在の人物をモデルしたと言われたら納得する程に瓜二つなのだ。それどころか珍しい苗字も同じとくればあり得もしないが理人が実在したらこんな髪色なのかなと彼の柔らかなミルクティー色に思いを馳せる。
「末永く仲良くして頂戴ね?何か困ったことがあったらすぐに話して、私にもね貴女と同じくらいの孫がいるの」
「ご親切にありがとうございます、両親もすぐご挨拶に伺うと思います」
それから何度かペコペコと頭を下げて教えて貰った方へ急ぎその場を後にした。
「こういうパターンもあるのかな」
駅に近い商店街に出ると思わず他人事のような声が漏れた。
絶対に有り得ない、似ているだとか、そういった範疇をまるで越えていた。目に映るその街並みはゲーム内で繰り返し観たことのあるイラストそのものだったのだ。
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