コントローラー

安野穏

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後編

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 あたしは、鞄から銀色のビームガンを取り出して構えた。目の前の男の顔が醜く歪んだ。あたしが地球人の女子高生と思って安心していたのだろう。男が怯んだように、身体を竦ませた。クルンと床を回転しながら、あたしは、手にしたビームガンのトリガーを引いた。身柄捕捉のための荷電粒子ビームが、男の身体の周りで電光リングを造った。男の身体が、オレンジの光りに包まれているように見える。

「おまえは何者だ!」

 立ち上がったあたしを見て、男が狼狽した声をあげた。クスッと笑いながら、男の目の前に自分の右手を突きだした。手の甲には、異次元管理官の証となるメビウスの輪が浮かび上がっている。
-間に合ってよかったよ

 窓から小さな子犬が飛込んできた。子犬はクルンと空中でジャンプして、海ちゃんに代わった。あたしの異次元管理官の相棒だ。普段はあたしたちの世界にいる。

「そう、あなたがこのビームガンを渡してくれたのね。ありがとう、助かったわ」

「全く、パラ地球人ごっこ(本来の記憶を封印して、パラレルワ-ルドの地球人になりすますこと)
しているのもいいけど、本来の仕事を忘れているんだから、ヒヤヒヤしたよ」

 海ちゃんは、ううん、あたしの元の世界、パラレルワールドの別な地球からきた異次元管理官のカイは、手にしたカードリモコンで、オレンジに包まれた男を異次元転移カプセルに飲み込ませた。男の顔が悲痛な表情で消えていく。

 無表情でそれを見送ったあたしは、シュッという音ともに、形態を子猫に変化させた。カイも既に先程の小犬の姿に変わっている。簡単に説明すると、この現象は幻覚といったものだろう。人間の可視範囲は限られている。その上、錯覚を起こしやすい。光の屈折や反射などを利用した簡単な装置だ。あたしもカイも実像は、人間であることに変わりはない。ただ、人間の目には、別に見えているというだけた。それにしても、人間というものは不思議なもので、視覚を優先させる生き物らしい。先程のあたしの例で見れば、一目瞭然というものだ。リスに化けた男が、自分の身体を探っていたのに、あたしは、リスが身体中をはねまわっていると思い込んでいた。もちろん、目には、そう写っていたのだ。

 あたしたちが、自己の身体を別な生物に変化させたのにはわけがある。異世界、特にこのパラ地球では、こうした形態を取った方が、住人に悟られることなく、犯罪者を探すことができるからだ。人間があちらこちらを嗅ぎ回っていたら、「あの人は何だろう?」といった疑問を持たれる可能性が大きいが、犬や猫が辺りを徘徊していても、別に気にもとめないのが人間の心理というものだ。

 もう一人、逮捕しなければならない奴がいる。あたしは、完全にパラ地球人になりきっていたために、記憶の覚醒が遅れた。そのために、最初の男の身柄を拘束できなかった。これは、あたしの責任問題だ。異次元法違反者を野放しにはできない。あたしたちの科学力が、パラ地球のそれよりも数段進んでいる以上、彼らはその世界に存在することを許されない。いや、他の世界へ行こうとする、それだけでもあたしの世界では犯罪となるのだ。

 あたしは民家の塀の上すれすれを浮遊装置で飛びながら(猫が地面をスタスタと歩くのも情けない気がするので)、自分の記憶回復が遅れたわけを気にしていた。

 異次元転移カプセルは、使用時にわずかな時空気流を発生させる。その時空気流の乱れを追って、あたしの世界から異次元管理官が担当のパラレルワールドへ出向いてくる。普段はパラ地球人として、環境同化を図っているあたしのような地区駐在員は、仲間の連絡で本来の記憶が呼び覚まされるシステムになっている。システム自体が、あたしの脳に組込まれているわけで、システムの作動が遅れたということは、あたしが疑似記憶を封じられることを拒んだということになる。

 カイは気付いてしまっただろうか? あたしは、のんびりと下を歩いている小犬に目を向けた。小犬は、まっすぐに前を向いて、歩くという行為に専念している。

「ここなの?」

 整然と並んだ建物の群。同じような建物の中は、均等な区割りをされ、様々な人たちが住んでいる。区割りされた部屋の中には、必ず、父親と母親と子供という人間の基本の集合体である家族が暮している。多くは、同じような生活レベルで、中流という意識の中に埋没していた。あたしの世界では、失われた社会システムでもある。

「ああ、先程拘束した違反者の時空気流の軌跡は、この付近で跡切れていた。気流の乱れから転移質量を計算すると、転移者は二人分になる。君が目撃した事故は、たぶん、なんらかの事情で彼らの結束が分裂した証拠だ」

「つまり、彼らは争ったというわけね」

「まあ、ここの言葉を借りて言えば、そうなるだろう。愚かなことだ。感情など、発生させるからさ」

 カイは、無表情で呟いた。あたしの世界では、感情がない。人間に感情は不要なもので、感情がないからといっても、生活するには何も不自由しない。

 あたしたちがいる場所は、こういった団地の一角には必ずあるといっていい公園だった。ブランコやシーソー、砂場といった簡単な遊具があって、小さな子供がはしゃぎながら遊んでいる。その景色は、あたしたちに違和感を与えた。

 あたしたちの世界では、毎年、一定数の子供たちが人工子宮から産みだされる。子供は、生まれたときの能力値によって、それぞれのカリキュラムに従い、定められた教育機関で教育係のロムたちに育てられるのだ。

 カイの視線は、ブランコにいる親子を捕えていた。幼い息子の乗ったブランコを父親が押している。この世界ではごく当たり前の光景。ただ、その父親の顔が、さっき拘束した男の顔と同じでなければだ。

「付近の人から、情報をハックするわ」

 あたしは公園をうろついてみた。公園には幾つかの母親グループが存在する。公園で子供を遊ばせながら、暇な彼女たちは噂話に興じているのだ。団地のような狭い社会の情報は、こういう母親たちから聞きだすに限る。彼女たちも、徘徊している子猫が彼女らの話を聞いているとは思わないだろう。ただし、この方法には一つだけ難点がある。それは、彼女たちの子供だ。あたしは近くの木に飛び移った。小さい子は遠慮がない。気付かれて、もみくちゃにされるのだけは、ごめんだ。

 わかったことは、問題の男が不治の病気で入院していたということと、奇跡的に助かり、今ではすっかり健康になっているらしいということだ。記憶操作は、簡単にできる。

 あの男が既に死亡している事実は、簡単に役所で調べがついた。異次元管理局がパラレルワールドにわざわざ駐在員を置いているわけは、こういった社会システムの精通者を必要とするからだ。違反者が出るたびに、その世界のことを調べていたのでは間に合わない。時間が犯罪者の味方になるのだ。取り締まりする側にとっては、恐ろしい存在といえる。

 数日間、監視した結果、あの親子は決まった時間に公園に遊びにくる。本物の父親は既に死んだ人間なので、偽物は自室から出ることを極力避けているらしい。建前上、一家の主人が病み上がりで働きに出られないので、代わりに、母親が働きに出ていて、子供は保育園に通っている。子供が帰って来てから公園に出てくるので、決まった時間になるというわけだ。

「あのう、おじさん、あたしを覚えてる?」

 あたしは、ニコッて微笑んだ。男の瞳孔が、大きく見開かれている。感情に素直になるということは、すっかり、この世界に馴染んだ証拠というべきか? あたしはちょっと、やるせない気分になる。カイが空間を凍結した。事情のわかっている人間なら、それがどういうことなのかわかる。局地空間を横滑りさせて、そこにいた人間のみを異次元空間へと放り込むのだ。これには微妙なタイミングが必要で、なおかつ、他の人間に気付かれないようにするために、カイは頃合を見計らっていた。男がビクッと身体を震わせた。

「いやだぁぁぁぁぁぁぁ! 俺は帰りたくないんだぁぁぁぁぁぁぁ!」

 男の絶叫する声が耳にこだまする。シールドされたあたしの身体が子供を連れて、フワリと凍結空間から抜けだした。公園はいつもの通りで、何も変わらない。ブランコのある場所には、もう誰もいなかった。男の処置はカイに任せて、あたしはこの付近の住民の男に関する記憶を本来あるべき姿へ戻すことに専念した。記憶操作は簡単に言えば、一種の催眠術で、人間が寝ている間に感知できる聴域ぎりぎりの音波で言葉を発し、聞かせ続ければいい。人間のサブリミナル知覚は、個人差もあるが、あたしの世界では性格矯正隔離病院でよく使われる手だ。

 ポンとカイが現れた。タイミングを図っているはずなので、誰も不審に思っていない。子供はあたしのそばを離れて、一人でブランコに乗った。母親が帰るまで、ここで遊ぶつもりなのだろう。

 男たちが争ったわけがわかる。あの二人は家族が欲しかったのだ。父を亡くしたばかりのあの親子は、安易で、手軽に手に入る家族だった。感情に目覚めたものが求めるのは、心の安らぎである。それは、あたしの世界では絶対に得られないものだ。

 あたしには男たちがどうして感情に目覚めたのか、なぜ、あの親子を知ったのかなど、事情を聞く気はない。カイも事情など知らないだろう。異次元管理官といっても、末端のあたしたちには、違反者の拘束が与えられた任務でそれ以外に疑問など持つことすらなかった。そう、今までは………




 家に戻るまでの間、あたしは一言も口を開かなかった。ここ数日はカイのフィギアを停止させ、彼が海ちゃんとして暮している。

「ソラ、適格検査を受けた方がいいんじゃないか?」

 控え目だが、抑揚のないカイの言葉があたしの神経を逆なでした。部屋に戻って、今回の報告書を作成し始めたあたしは、彼を物凄い形相で睨みつけていた。カイのいう適格検査とは、パラレルワールド駐在員に一年に一度、定期的に行われているものだ。感情のない世界で育った人間には、感情の芽生えは普通の人間に興奮剤を投与したような影響を与える。つまり、ミイラ取りがミイラになるわけだ。それを未然に防ぐために取られた措置だった。

 カイの言葉が、押さえ込んでいた自分の何かをパァーンと弾けさせた。

「あんたは向こうの世界で仕事しているから、あたしの気持ちなんてわかんないのよ!」

「異次元法違反者を取り締まるためには、各パラレルワールドに駐在員が必要なんだ。駐在員の任期はたった五年じゃないか。五年我慢すれば、向こうに帰れるんだ」

「ちょっと、向こうの五年がこっちでは何年だと思っているのよ。五十年よ。五十年もたった一人で、わけのわかんない世界で過ごさなくちゃならないあたしの気持ちもわかってくれたっていいんじゃない」

「君の悪趣味には付き合えないよ。なんだってぼくが君の弟なんだか。おまけに局長が君の父親で課長が母親、チーフが兄さんなんて家族ゾッとするぜ」

「仕方ないでしょう。あたしたちの世界には、家族という形態なんて、もうとっくに失っているんですもの」

「全く、君を見ていると、異次元法違反者が増える理由がわかる気がする。ぼくたち異次元管理官がヤッキになっても、一向に違反者は減らないんだ」

 あたしがこの世界の駐在員になってから、一年近く過ぎた。時間の流れが違うので、この世界の時間では約十年といったところ。あたしは、ポケットから出したボタンみたいなもの-異次元転移カプセルを指先で潰した。

「あー、こら、証拠品を勝手に壊すな」

「こんな物が簡単に造れる社会だもの、誰だって自由にパラレルワールドを旅行してみたいと思うのよね………」

「ソラ!」

「ううん、違う! 旅行じゃない! 逃げ出したいのよ。人間らしく生きるために!」

 カイが黙れと言うように、あたしの唇に指先を押し当てた。彼の言いたいことは、わかってる。駐在員が、この世界に干渉しないようにと監視されているのだ。あたしの監視者は、この世界の管理チームのチーフのリーク。あたしはカイに背を向けた。

「わかってるの。あたしもこの世界に来るまでは感情なんて、バカバカしいものだと思っていたわ」

 あたしは自分で自分の身体をぎゅっと抱きしめた。

「あたしたちは、社会の全てをスーパーコンピューター〈ガイア〉に任せた。人間は全て、〈ガイア〉の指示で就職も住むところも何もかもが決められる。そう、人生の全てをよ。〈ガイア〉に逆らうことはできない。それが社会にとって望ましい人間の正しい生き方なのだから」

「もう止めろよ」

 カイの顔が哀しげに見えた。この世界に幾度となく来ている内に、彼にも感情が芽生えているのだろう。実をいうと、身柄を拘束された異次元法違反者が、取り締まるべき異次元管理官だったという笑えない話が以外と多い。

「あたしは、ここへきて、歴史というものを学んだわ。あたしは、自分の世界の歴史というものも調べてみたの」

「ソラ、君………」

「人間の歴史は、振り返ればいつの時代も破壊と殺戮の繰り返し。あたしの世界もそうだし、この世界もそうだった。たぶん、別な世界もきっと同じよね。人間っていう種族は、時代も住む環境も変わっても、結局は同じことしかしない」

「ソラ、君は疲れてるんだ。しばらく休養すればいい」

「あたしたちの世界は、感情のままに破壊と殺戮を繰り返してきた過去を捨てた。人間の愚かな感情を捨てることによってね」

 あたしは部屋の入口のドアを開けた。目の前に陸ちゃんが立っていた。あたしは彼の首に両手を回して、その唇にキスをした。彼は、あたしの行動に対して、ピクリとも動こうとしなかった。鉄の心臓のリーク。ううん、彼だけじゃない。あたしの世界の人間の半分以上が、感情のない〈ガイア〉の申し子なのだ。人間の基本的な喜怒哀楽の表情を知らない人たち。ここに来る前は、あたしもその一人だった。

「わかってた。あなたがあたしの造ったフィギアじゃなく、リークに代わっていたこと」

 あたしはリークの胸に顔を埋めた。それは、あたしの小さな賭けでもあったのだが、彼は、ただ、部下を冷やかに見下ろすだけだった。

「人間は感情のままに生きてはいけない。最初この世界に来て、つくづくそう思ったわ。この世界の人間も戦争という愚かな行為を繰り返し、科学の発展という大義名分で自分の住む世界を破壊し続けている。あたしたちの世界の前の世代の選択は間違っていなかった。そう、あたしは優越感を持っていたわ」

「君は疲れているんだ」

 リークが無表情に呟いた。あたしは悲しげに首を振った。

「もういいの、あたしはわかったわ。間違ったのはあたしたちの方だった」

 リークの手があたしの首筋に触れた。チクンとした痛みが走る。即効睡眠薬だ。あたしはリークの抱擁から逃れ、後ずさった。フワンと身体が宙に浮かぶような感覚。次の瞬間、あたしの身体は誰かに抱き止められた。



 この世界にはたくさんの世界が平行世界として存在している。いわゆる異世界、パラレルワールドだ。そう例えば、一枚の布を考えてみてほしい。一枚の布はたくさんの縦糸と横糸で織られている。縦糸と横糸でつながる点が一つの世界と考えれば、それはたくさんの世界があるということだ。その点の横の世界はさほど違和感のない変わりのない世界だろう。だが、布の端と端では大きく違った世界になる。それがまるっきり違った異世界というものだ。さらにたくさんある異世界にはそれぞれの時間がある。その時間の流れをいくつもの布を重ねたものと思ってくれればいい。縦糸と横糸の世界も広がる世界の布が違えば、それだけ異世界の差が広がる。パラレルワールドとはそのくらい時空間の中では無限に存在するのだ。

 異世界が多数存在するということは理解してもらえたと思う。その異世界がみな同じ発展をするならば問題がなかった。確かに近い異世界との違いはほんのわずかな誤差と言っていいほどなのだ。だがかなり離れたパラレルワールドになるとそれはほとんど文化も貼っても違う世界である場合がある。

 ほんのわずかな差の異世界なら問題はない。問題なのは大きく異なる発展を遂げたパラレルワールドとの差である。その差はあまりにも大きすぎた。元の世界の理とゆがませるほどに。

 異世界を渡る装置は意外と簡単に作られてしまった。それを作ったものはとうに処罰の対象となり、矯正されたがその人物が作った装置はあっという間に広がっていった。それは感情を持たない人形として暮らしてきた人間たちには罪とはいいがたい甘露のようなものだった。一度覚えた甘みは何度
矯正されてもその甘さを忘れることなどできる人間がいるだろうか?だからこそ、人間は愚かなのだと知りながらも、その愚かさをどうしても忘れることができないのも人間の性というものであろう。



「どうして、パラレルワールドの駐在員は、皆、感情機能が著しく乱れるのだろう?」

 異次元管理局から送られてきた報告書を元に、〈ガイア〉は自問自答をした。ここは中央管理センターの一室。〈ガイア〉は人間と同じ形態をとっていた。淡い電子の光りで包まれた、薄紫の髪の端正な表情を曇らせる。

「私にはわからない。人間は私に全てを託した。感情は必要ない。なのに、何故、彼等はこの世界から逃げ出すのか?」

 〈ガイア〉の問いかけに答えられる者は、誰もいない。与えられた彼の仕事(人間社会における望ましい生活形態を保つ)をサポ-トするものなど必要なかったのだ。感情のない統治者は、彼を造った技術者が組み込んだプログラムの状態を保ち続けている。時間とともに移り変わる人間の感情や生活の実情に合わせたプログラムの補正や修正など、彼自身もそうだが、最初に彼を統治者に据えようとした人間たちにも思いも寄らないことだったのだ。それでも、彼は答えを探そうと努力する。彼が人間について知っていることは、過去に与えられたデ-タが全てなのだ。哀しいことに、彼は自分自身で必要な新しい情報を自由に取り込むようには造られていなかった。彼にできることといえば、既に実情からかけ離れた人間に関する過去のデ-タを幾度も検討しなおすだけなのである。それが悲劇の始まりだったとは気づくわけもない。

-ボォォォォン!

 激しい衝撃が〈ガイア〉を襲った。彼は緊急警戒装置を作動させた。自分が壊れてはこの世界を維持できない。人間たちだけでは生きてはいけない。彼の死は人間たちの死を意味する。彼は自己回復機能装置も作動させた。彼は壊れてはならないのだ。だが、彼は急激に自分が崩壊していくことを感じていた。なぜ? 彼の心に初めて、感情の火が灯った。それは、死という概念が引き起こす恐怖にしかならないのだが、彼は初めて持った感情の渦に飲み込まれ、緊急時における機能維持設備があることすら忘れ去っていた。

-ドォォォォォン!

 二度目の破壊音、〈ガイア〉の機能が完全に麻痺し、機能が停止しつつあった。彼は自分の死を理解した。なぜ? なぜ? 幾つもの言葉がディスプレイに現れては消えていく。ツー、ツー、ツー、といった発信音だけが室内にコダマして、唐突にとぎれた。



 中央管理センターを取り巻いたあたしたちは、〈ガイア〉の機能停止に歓声の声を上げた。もう誰も、あたしたちを管理するものはいない。あたしたちは自由なのだとあたしたちは喜んだ。



 あのあと、あたしはパラレルワールド駐在員の任務を解かれた。性格矯正隔離病院に収容されたあたしは、監視衛生ロム(〈ガイア〉に支配された有機生命体)の隙をついて逃げ出した。この世界は間違っている。人間が人間の意思で生活できない世界なんておかしいのだ。あたしは仲間を集めて反乱を起こした。ことは簡単に進んだ。実をいうと、あたしの世界では、歴史や化学は世界を滅ぼす危険を伴うとして、禁忌の学問となっているのだ。パラ地球人ごっこをしている間に、自然とあたしはパラレルワ-ルドの地球でたくさんのことを覚え込まされた。その知識からあたしが選んだのが、初心者でも簡単に造れる武器の一つ、火炎瓶だ。このいかにも原始的かつ効果的な武器が、〈ガイア〉破壊に絶大な貢献を果たしたのである。

 というのも、あたしたちの世界では、火を扱う習慣がなかったのである。もちろん、最初からというわけではない。〈ガイア〉を導入することになった経緯によるものだ。過去の人間(つまり、あたしたちの祖先になる)によって、火はすべてを破壊し尽くす元凶と見なされたことが原因である。科学が発達した世界のおいては、原始的な火に変わるものは幾らでもある。あえて、火を使うということにこだわる必要がないと考えた過去の人間たちは、あたしの世界から火というものの存在すらを滅したのである。それが、あたしたちの反乱の利点となった。かつて、動物であった人間には、本能的に火に対する恐怖が残っているらしい。電気系統は火に弱い。こんな単純なことも知らずに、動力部が焼き切れて動かないセキリュティシステムを前にして、火を見たことのない警備官たちはオロオロするばかりであった。そういった輩を尻目に、火は瞬く間に、中央管理センタ-をその鮮やかな赤い舌で飲み込んだのだ。

 あたしは、カイやリークすら敵に回して、世界改革を図ったのだ。そして、それは、たぶん、一時に過ぎない勝利をあたしに与えてくれた。



 人間は愚かかもしれない。過去の人間が善と信じた道を示した〈ガイア〉がいなくなり、また、あたしたちは破壊と殺戮の歴史を繰り返すことになるだろう。それでも、あたしは自由な人間でいたかった。それに、あたしは人間というものに期待している。少なくとも、あたしが駐在したパラレルワ-ルドの地球では、過去の自分たちの愚かな行為を反省して、戦争をなくそうと努力し、環境回復を図り始めた。あたしたちができないはずはないのだ。生きる世界は違っても、同じ人間なのだから。




 あたしは真剣な目で陸ちゃんを見た。あたしの頭を陸ちゃんが軽く小突いた。馬鹿にした目であたしを見る。

「ミソラ、バカな話ばかりしないで、サッサと問題を解けよ」

 陸ちゃんの恐い顔つきに、あたしはヘヘヘと笑ってごまかした。チエッと舌打ちをして、真面目な顔で問題を解きにかかった。途中で、ふと、あたしは手にしたシャーペンをクルンクルンと回し始めた。


 そう、人間ってそれほどバカじゃないよね?

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