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二章 無意味の象徴
111話 『強打』
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──レイは『竜』の下顎を蹴り上げた。『竜』はその爆発的な威力に剣を離してしまい、よろよろと後退してしまう
「あの人、すごいな……」
どこか遠くを見て呟いたレイの声は誰にも届く事はなかった。その前に『竜』が猛き叫びを高らかに上げて、翼を大きく広げて威嚇する
しかしレイは動じる様子も無く淡々と後退した『竜』に向かって歩き出した
「ナツミちゃん」
「は、はい……」
「ナツメちゃんが、『お姉ちゃんがいた』ってすっごく嬉しそうにしてたよ」
「っ……!」
「だから──」剣の生えた右腕を顔の横に構えてその鋒を『竜』に向けると「──ちゃんと、返事、してあげてね」ナツミに顔を見せずにそう言った
『竜』は低く唸りながらレイを見詰めて地面を踏み固めている。レイと『竜』との距離は、幼稚園児が三人直列で倒れていたら同じ位になるだろう程度の距離しか無い
ナツミのとレイの間──ナツミのほぼ真上に立っているバドルドはレイを見詰め、顔を歪ませていた
殺伐とした荒波がバドルドを襲い、だがしかし、ナツミがいる。それはできないバドルドはただただ地面に爪を突き立ててその感触を支えにして震える脚を留めている
──レイが動き出した
地面を小刻みに蹴って『竜』へと一気に駆け抜けて行く。縦一文字、『竜』に斬撃を当てるがまるで斬れず、『竜』の頭の形をしている岩が少し削れるだけの結果に終わり、息を飲んだレイはすぐに後退──するのではなく、そのまま足を振り上げる
しかし、先程のような爆発的な威力は発揮せずに『竜』の顔が多少上に傾いただけに過ぎず、すぐさま剣の連撃を浴びせていく
首筋から耳の裏まで侵食していく剣を振る。左へ、下へ、蹴り上げ、右から横へ一刀両断はできず、再び食み止められた。しかしレイは即座に盾を纏い始める拳を握り、『竜』の顔面を殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る。何度も顔面に頑丈な盾の猛連撃を喰らった『竜』はそれでも剣を離すつもりは無いらしく折れた牙を剣に突き立てて、牙を折った
「うァああああ──ッッッ!」
牙が次々と折れ、砕け、レイの剣が『竜』の口の中を横に鬼神の如き進撃を見せ、振り切った。遂に横薙ぎ一閃を達成し、腕を振り切ったレイはそのまま一回転の後、今度は斜めに剣を振り下ろした
しかしこれを、『竜』はレイを大声で怯ませた瞬間に翼を羽ばたかせて後方へと逃げ、その拍子に尻尾でレイの腹を下から近くの木に叩き付ける
必然的に距離が空いてしまった二人は、双方を牽制する意味で睨み合う。しかし、時が過ぎていくに連れて声が聞こえてきた
──やめて、おねがい。
聞いたことのある声が頭の中から響き、左の眼窩でどろりと暗黒が蠢いて少しだけ垂れた。それを腕で拭い、見ると、レイは顔をしかめた
「何、これ……」
黒く、粘着質な液体。肘裏に付いたその液体を見て、異変を自覚する。何も無かった訳ではない。ただ、沢山のことを思い出して、沢山のことを忘れた。ただそれだけのことだ。ただその中に、ここに来た理由が、ここにいる理由が含まれていただけのこと。そのただそれだけのことが、レイにとっては大きかった
ただそれだけのことが、なんでこんな事をしてるんだろう、と疑念を抱かせる。言葉にならない不安で胸をかきむしりたくなる衝動を深く吸い込んだ酸素でくまなく淘汰して、その残滓と共に吐き出していく
──さて、とレイは一旦、目の前の脅威である『竜』から目を逸らし、辺りを見回した。そこでレイは彼女達を見つける。それを見て、しばらくして、「ぁっ」と声が漏れた。それが理由だったと思い至ったからだ
オオカミがレイを見詰めている。その酷く冷たい恐怖じみた昏く青い瞳の色にレイは胸の痒みが増加して舌打ちし、再び『竜』へと視線を戻す。すると、少しは胸の痒みも和らいだ
ただ、それだけで心の支えは充分過ぎるほどの希望となる。その一つと複数はあまり大差の無いものの、ゼロとその一つとは精神的に大きな差がある。心の支えがない者は立って歩くことすらままならない。しかし、そうなる前に思い出せたレイは随分な僥倖に恵まれている
レイは右腕に纏わりつく剣を構える。右耳にまで侵食している黒々とした何かが音を阻害し、レイを周りの悪意から少しだけ遠ざける
──『竜』が、口を大きく開いた
それと同時にレイの意識が再び『竜』にへと全力を注がれる。酷く高い、キーンと耳鳴りが響いていたかと思うと『竜』の口周りに小さな光の粒子が集まり始めていた
何度も吐いては救いと破滅の双方をもたらした炎──熱線を再び吐こうとしているのだ
それでもレイは、避けられなかった。避けなかった。背後ではまだ二人と一頭が残っている。もし仮に避けたとすれば、熱線の牙が彼女達に向けられる事になるから。盾を構えて、前進する。幸い、まだ猶予はある
相対する『竜』は、口を大きく開けて光球を作り始めていた。眩しく、オレンジ色に光るそれを見詰めながら、レイは走り詰め寄る
遠くで音が鳴った。光球に盾が当たる寸前の事で、レイは一瞬だけそっちに目を向けたが、それを確認する隙もなくすぐに盾の漆黒の表面が光球にぶつかり、蒸発するような音を立てる
「ぅ、ぐぁア……っ!」
溢れる熱。迸る熱。圧倒的熱。熱、熱、熱。熱が空気中を駆け巡り、レイの頬、レイの顔、腕、腹、足。全身と言う全身を眼前、盾の向こうの熱が襲いかかり、顔を苦痛に歪めて右目を細めた。それが視界を狭める事になってしまい、結果──、飛来した岩石の塊に気が付かず、頭を側面から大きく揺さぶられた
盾の向こうで身を翻した『竜』が、大きく振り被った尻尾でレイの頭を強く殴打したのだ
ぐにゃりと頭から落ちていくように数メートル単位で吹っ飛ばされ、剣と盾が掻き消える
右側面から見事に着地したレイは側頭部を地面に着けたまま体が足の裏を天に向けて直立しているかのような姿勢になり、その勢いのまま何度か転がって木の壁に手を擦り剥いた後すぐ額を強打した
「──お、お兄ちゃん……!」
軽く十メートルは吹っ飛ばされただろうレイを見て、ナツミが声を上げる。──そして、その声を続けていく前に『竜』はナツミ達の方に歩いて行った
「あの人、すごいな……」
どこか遠くを見て呟いたレイの声は誰にも届く事はなかった。その前に『竜』が猛き叫びを高らかに上げて、翼を大きく広げて威嚇する
しかしレイは動じる様子も無く淡々と後退した『竜』に向かって歩き出した
「ナツミちゃん」
「は、はい……」
「ナツメちゃんが、『お姉ちゃんがいた』ってすっごく嬉しそうにしてたよ」
「っ……!」
「だから──」剣の生えた右腕を顔の横に構えてその鋒を『竜』に向けると「──ちゃんと、返事、してあげてね」ナツミに顔を見せずにそう言った
『竜』は低く唸りながらレイを見詰めて地面を踏み固めている。レイと『竜』との距離は、幼稚園児が三人直列で倒れていたら同じ位になるだろう程度の距離しか無い
ナツミのとレイの間──ナツミのほぼ真上に立っているバドルドはレイを見詰め、顔を歪ませていた
殺伐とした荒波がバドルドを襲い、だがしかし、ナツミがいる。それはできないバドルドはただただ地面に爪を突き立ててその感触を支えにして震える脚を留めている
──レイが動き出した
地面を小刻みに蹴って『竜』へと一気に駆け抜けて行く。縦一文字、『竜』に斬撃を当てるがまるで斬れず、『竜』の頭の形をしている岩が少し削れるだけの結果に終わり、息を飲んだレイはすぐに後退──するのではなく、そのまま足を振り上げる
しかし、先程のような爆発的な威力は発揮せずに『竜』の顔が多少上に傾いただけに過ぎず、すぐさま剣の連撃を浴びせていく
首筋から耳の裏まで侵食していく剣を振る。左へ、下へ、蹴り上げ、右から横へ一刀両断はできず、再び食み止められた。しかしレイは即座に盾を纏い始める拳を握り、『竜』の顔面を殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る。何度も顔面に頑丈な盾の猛連撃を喰らった『竜』はそれでも剣を離すつもりは無いらしく折れた牙を剣に突き立てて、牙を折った
「うァああああ──ッッッ!」
牙が次々と折れ、砕け、レイの剣が『竜』の口の中を横に鬼神の如き進撃を見せ、振り切った。遂に横薙ぎ一閃を達成し、腕を振り切ったレイはそのまま一回転の後、今度は斜めに剣を振り下ろした
しかしこれを、『竜』はレイを大声で怯ませた瞬間に翼を羽ばたかせて後方へと逃げ、その拍子に尻尾でレイの腹を下から近くの木に叩き付ける
必然的に距離が空いてしまった二人は、双方を牽制する意味で睨み合う。しかし、時が過ぎていくに連れて声が聞こえてきた
──やめて、おねがい。
聞いたことのある声が頭の中から響き、左の眼窩でどろりと暗黒が蠢いて少しだけ垂れた。それを腕で拭い、見ると、レイは顔をしかめた
「何、これ……」
黒く、粘着質な液体。肘裏に付いたその液体を見て、異変を自覚する。何も無かった訳ではない。ただ、沢山のことを思い出して、沢山のことを忘れた。ただそれだけのことだ。ただその中に、ここに来た理由が、ここにいる理由が含まれていただけのこと。そのただそれだけのことが、レイにとっては大きかった
ただそれだけのことが、なんでこんな事をしてるんだろう、と疑念を抱かせる。言葉にならない不安で胸をかきむしりたくなる衝動を深く吸い込んだ酸素でくまなく淘汰して、その残滓と共に吐き出していく
──さて、とレイは一旦、目の前の脅威である『竜』から目を逸らし、辺りを見回した。そこでレイは彼女達を見つける。それを見て、しばらくして、「ぁっ」と声が漏れた。それが理由だったと思い至ったからだ
オオカミがレイを見詰めている。その酷く冷たい恐怖じみた昏く青い瞳の色にレイは胸の痒みが増加して舌打ちし、再び『竜』へと視線を戻す。すると、少しは胸の痒みも和らいだ
ただ、それだけで心の支えは充分過ぎるほどの希望となる。その一つと複数はあまり大差の無いものの、ゼロとその一つとは精神的に大きな差がある。心の支えがない者は立って歩くことすらままならない。しかし、そうなる前に思い出せたレイは随分な僥倖に恵まれている
レイは右腕に纏わりつく剣を構える。右耳にまで侵食している黒々とした何かが音を阻害し、レイを周りの悪意から少しだけ遠ざける
──『竜』が、口を大きく開いた
それと同時にレイの意識が再び『竜』にへと全力を注がれる。酷く高い、キーンと耳鳴りが響いていたかと思うと『竜』の口周りに小さな光の粒子が集まり始めていた
何度も吐いては救いと破滅の双方をもたらした炎──熱線を再び吐こうとしているのだ
それでもレイは、避けられなかった。避けなかった。背後ではまだ二人と一頭が残っている。もし仮に避けたとすれば、熱線の牙が彼女達に向けられる事になるから。盾を構えて、前進する。幸い、まだ猶予はある
相対する『竜』は、口を大きく開けて光球を作り始めていた。眩しく、オレンジ色に光るそれを見詰めながら、レイは走り詰め寄る
遠くで音が鳴った。光球に盾が当たる寸前の事で、レイは一瞬だけそっちに目を向けたが、それを確認する隙もなくすぐに盾の漆黒の表面が光球にぶつかり、蒸発するような音を立てる
「ぅ、ぐぁア……っ!」
溢れる熱。迸る熱。圧倒的熱。熱、熱、熱。熱が空気中を駆け巡り、レイの頬、レイの顔、腕、腹、足。全身と言う全身を眼前、盾の向こうの熱が襲いかかり、顔を苦痛に歪めて右目を細めた。それが視界を狭める事になってしまい、結果──、飛来した岩石の塊に気が付かず、頭を側面から大きく揺さぶられた
盾の向こうで身を翻した『竜』が、大きく振り被った尻尾でレイの頭を強く殴打したのだ
ぐにゃりと頭から落ちていくように数メートル単位で吹っ飛ばされ、剣と盾が掻き消える
右側面から見事に着地したレイは側頭部を地面に着けたまま体が足の裏を天に向けて直立しているかのような姿勢になり、その勢いのまま何度か転がって木の壁に手を擦り剥いた後すぐ額を強打した
「──お、お兄ちゃん……!」
軽く十メートルは吹っ飛ばされただろうレイを見て、ナツミが声を上げる。──そして、その声を続けていく前に『竜』はナツミ達の方に歩いて行った
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