当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

96話 『像』

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『久しいな。シルフィード……ッ!』

「──ええ、お久しぶりですね……。霊獣の皆さん。……おや? 長老様のお姿が見えませんが……」

『……皮肉か?』

「いえいえ、そんなつもりは……。この状態で、皮肉など言えませんよ。……あなた達は何をしに? 私を討ち果たしに来たのですか?」

『……そうだ。──と言いたいが、俺にも仲間を死なせたくはない想いというものはある。なので、非常に悔しいが……戦力が心許無い。大人しく助けを乞おう。今はな』

 苦々しく先頭に立つオオカミが顔を背けて短く唸る。それを見たさくらも苦笑で返すと頷いて見せた

「ええ。その厚意に感謝します」

「……終わった?」

 手を頭の上に乗せてからさくらの隣へ小走りで近づいて行き、その隣に立っている像を見て首を傾げる

「ねえ、これ何?」

「……これ、とは?」

「この、爬虫類と人間の子供みたいな……」

 訝しげにその像を睨むレイを丸くした目で見上げるさくらは、ナツミの方へと視線を移して、レイと同じ目をしているナツミを見ると息が詰まったように「うっ……」と声を漏らした

 そして、恐る恐るレイ達の視線を追うようにゆっくりとそちらへ首を曲げて目を瞠る

「ぁ……。ナ、ナセ……さん……?」

「その人が? 違うと思うんだけどな。ナナセさんってイツキくんのお姉さんなんでしょ? でもそれは──石だと思う。石像。岩かなあ? でもまあ、ナナセさんじゃないと思うんだけど……?」

「で、ですが……あ、あれ? なんだか、少し前にも驚いだような……」

「仮にそれがナナセさんだとしても、聞きたいことは変わりません。今、どうなってるんですか? できれば、今現在まだ生きている人達は死なせずに帰してあげたいんですけど」

「あ、えっと……それが……。──すみません。分からないんです……」

 一瞬だけ目を瞠ったがすぐに半目になり、少しばかり低くなった声でそうですか、と機械的に何度も頷いているが、受け入れているのかどうかは非常に怪しい所だ

「──じゃあ、ボクはこのまま他の人達を探しに行きたいと思います。まだ生きている人がいるのなら、帰してあげたいな。要するにボクらは餌で、ボクらにはなんの得もないし、ボクらにとっては関係の無い、無意味な話し合いですから。そこはそこの狼さん達としていて下さいね。お願いします。それじゃ、ボクは皆を探しに行きます」

「ま、待って下さい!」

 そう言ってナナセもとい石像の手と思しかったものから手を離し──たいが貼り付いたように離れない手を乱暴に離して、体を捻るようにレイに腹を向けて呼び止めた

「どうして──」

 振り返ると同時にレイの右目が大きく開かれ、その瞳孔が小刻みに震える。その視線の先には黒い影に覆われたさくらの姿があった

「へ……?」

 素っ頓狂な声を上げるさくらに黒い影を落とす主、突如として肥大化した石像がその右腕を振り上げていた。それにいち早く反応できたレイは息を呑んで叫ぶ

「あぶっ──」そのまま踵を返す勢いでさくらの下へと駆けつけて「──ないっ!」左腕で頭を護るように素早く振り上げた

「お願い! 力を貸して!」

 ──二人へ尽くを圧し潰すかの如く衝撃波を辺りに撒き散らかしている巨腕を、ナツミは頭を両手で守りながら卵のように背を向けてしゃがんでなんとか堪えているが今にも足が浮きそうになってはなんとか踵を地面に付けて踏ん張っている

「────────ッッッ!」

 声にならない叫びを上げ、歯を食いしばって全力で頭を抱え込む。前に倒れて転がりそうになるが、倒れはしたもののそのままうつ伏せの姿勢に移って目を、歯を、思いっ切り閉じる

 それでも初期の頃とは比べて衝撃波も幾らかは大人しいものへと変わっていき、身じろぎくらいはできる程度の強風になった所でなんとか起き上がり、お腹の上まで上がってきたスカートを押さえつけるように下ろそうと試みるが全く下がらない

 幸い、周囲には見ている男は居ないので少し安堵の息を吐きたかった所だがそういう状況ではない。周りを見回すと、オオカミが集まって吹き飛ばされないように頑張っていた
 二人の安否は見えないので分からない

 ──そうこうしている間に車椅子の車輪が跳ねながらナツミの隣を通過した所でようやく衝撃波が完全に収まった

「ぅ……ひ、っぁ……」

 防風が終わった事による脱力とあまりに突然の出来事に大きな声を上げる事すら能わず、ただただ目を白黒させ続けていた

「──あっ、お、お兄ちゃん……!」

 走り出そうとして立ち上がり、腹部に違和感を覚えたナツミは息を呑んで忙しなく衣服を整えた
 スカートを下ろすとホックを確認し、壊れていない事を入念に確かめてから衣服の乱れを再確認して再び走り出す

 巨腕を振り下ろした石像からはコンクリートを吸い上げているような歪な形の足が生えている。その立ち姿はまるで怪獣だ

「お兄ちゃん!? へ、へへっ、へんん──っ! へんっ、──へんじっ! 返事っ、してッ!?」

 出来の悪い拳のような幾つかの岩の集合体の側まで走って行き、その拳の下を四つん這いになって中の様子を伺う

「こ、ここです……!」

「……お、お兄ちゃんは、どこ……ですか……?」

「剣崎くんは、すぐ隣にいます……! あと、ここは危険なので今すぐにでも離れた方が──」

「ダメなの! お兄ちゃんから、ナツメの──ナツメが、どこにいるか聞かなきゃだから……! ……もう、嫌なの……。誰かが死んじゃうのも、誰かが泣いちゃうのも、誰かがいなくなるのも、全部──ぜんぶ、イヤなの……っ!」

「ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁ、ぁぁ、ぁぁ、ぁぁぁ、ぁぁぁ、ぁぁぁ、あああ、ああああ、ああああああ……!」

 拳の底で唸り声が響き、割れたコンクリートを踏み締める音がそれを塗り潰す。その音はしっかりとナツミにも伝わって、息を呑んだナツミが思いっ切り咳き込んだ

「あああああああぁあああああああぁぁああああああああぁぁあぁああああぁぁあああっ、あああっはああああああああああああああぁぁッはあああぁぁぅぅうううあああああぁあああああああああああああああッッッ!」

 岩が、軋む。軋み、揺れ、パラパラと小さな破片が踊るように、はたまた逃げるように凹んだ地面に落ちては転がって行く

 その果てはレイの足下。その右肩から支えのように黒い刃が突き出て地面に刺さっている。それを支えになんとか立っているレイの左腕にはドス黒い盾が絡みつくように装着されていて、首筋にまでその漆黒は侵食していた

「もう少し堪えてください! 風を吹き散らして、私がこの岩を破壊します!」

 右腕に侵食する突き刺しているドス黒い剣を軸に盾を、左腕を押し上げて喉を枯らすほどの叫びを上げる

「うぬわああああああああああっ! ──ッつああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 いけ。いけ。いけ、いけ、いけ、いけ、いけいけいけいけ──ッッッ!

 盾を押し当てて、痛い。踏ん張る。痛い。もう少し頑張れば、痛い痛い。時間ができる。痛い痛い痛い痛い痛い。まだなのか。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。はやく痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い頼むから痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い終わ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いらせて痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

「ぅ、ぐァっ──つッ!?」

 ──骨が、折れる音がした。
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