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第二章

十二話

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 バラ園まで戻ると、クラークさんと鉢合わせした。
 その際に、馬と仲良さそうにしていたこと、乗馬をしていたことを、遠目で密かに見られていたらしい。
 そのことを少しだけ言及された。
 実は自分は乗馬の経験があると伝えると、クラークさんは納得していたが、まさか動物と話せるなどとはつゆほどにも思うまい。
「監視のようなことをして申し訳ないです。しかし、リオ様は大層ソア様の動向を気にされていて、逐一全てを知りたいようなのです」
?!」
 や、本当私は明日帰れるんだろうか。
 というより、明日を無事に迎えれるのだろうか。
 リオの今後の動きが心配になってくるな。

 私はクラークさんと屋敷まで戻るとメイドさんにお風呂に突っ込まれた。そしてドレスアップされて、髪もセットしてもらう。
 うひゃあ、どこのお姫様かな、これ。
 ソアの見た目には合っているけども、中身には全くそぐわない姿だと、自分でも笑ってしまうくらい。
 あとは部屋で待つように言われて、窓のそばで外の景色を見ていた。外はもう暗い。
 周りに建物が少ないからか、星がすごく綺麗だった。
「入るよ、ソア……」
 客間のドアがノックされた後、リオはタキシードのスーツ姿で入ってきた。
 ぱっと身は美形の紳士そのもので、やっぱりいっぱしに貴族なんだな~なんて失礼なことを思いながら。
 これが15歳ねぇ……とつい感心してしまう。
 ソアの見た目も美しいけれど、中身の私はこの煌びやかな世界にはまるで場違いだった。

「ソア、きれい」
 リオはそう言って、私の手を引いた。
 リオだって充分きれいだよ。
 たぶん、中身が私じゃなければ相思相愛になったのかもしれないな。
 もしくはヒロインと……ね。
 そういえば、ソアに体を返してあげることってできるのだろうか。
 死ぬはずだったソアの心を押し込んで、死んだ私が引き受けたのなら、私がいなくなればソアは戻る?
 もしソアの前世が香桜わたしで、前世の記憶を思い出す代わりに、ソアとしての人生を忘れてしまったんだとしたら、また別の話になるな。
 一体どれが正解なのだろう。
 とりあえず今は自分のすべきことを探してみるのがベストかな。

「ソアは俺がした女神の誓いって、何したか知りてえ?」
「……へ? ごめん、聞いてなかった」
「あのな」
 ソアの家と同様、貴族の食事は随分と時間をかけて出てくる。こういうの正直、庶民の私からしたらタルいんだよねぇ。
「で、なんだっけ? 誓いがどうとか」
「好意ある相手にナターリアのメダルを贈り、神聖な誓いを立てると、体に相手の名前が刻まれるんだ。そう、ちょうどこの左肩の後ろあたりに」
 そう言ってリオは、トントンと自分の肩を指で示した。
「はぁ? なにそれ気持ち悪っ……え、あんたまさか……」
 正直、聞かなきゃ良かったレベルだぞ、それ。普通に引くからな。
 というか、ドン引きだからな。
「確認してみる? いいぜ」
「いや、いらんし。つーか食事中に脱ぐな。普通にキモいわ」
「ちっ」
 好きな女の名前を誓うと勝手に刻まれるとか、どこのオカルトだよ。
 やっぱどんな世界でも宗教ってちょっと怖いな。日本に生まれて良かった。残念なことに死んだけど。

「どれだけ離れようと、ソアと俺は絶対に結ばれる。そう決まってんだよ、もう」
「それって、もし私がソアじゃなかったらどうするの?」
 考えてみれば、香桜わたしは、ソアじゃない。
 中身が別人なのに、結ばれるも何もないだろうと思うのだが。
 そこでもうすでにバグが起きてなかろうか。
 というか、これゲームの設定にあったら地味に怖いんだけど。
 やった人、ちょっとトラウマになってないか?
 ああ、でも申し訳ないことに、全く覚えてないんだよね。
 こいつのこと少しでも攻略しとくんだったと今さらながら本当に後悔している。
 そしたら避けられたかもしれないのに。
 まぁ、まさか自分が死んで、ゲームの世界に転生する可能性があるから、苦手なキャラの攻略も頑張ろうって思ってゲームする人はおらんだろうが。

「お前がメダルを持ってることを確認した時、しっかり素性を調べたんだぜ? 間違ってることなんてあるかよ」
 まぁ、転生した私が中身に入ってますだなんて、どんな優秀な私立探偵でも分かるまいて。
 でも、この世界には魔法というものがあるし、何かの力が強く作用することは実体験済み。
「私が消えても、ソアとリオはその誓いの力で結ばれる可能性があるのか……」
「おいおい、何の話してんだよ。お前が消えてどうするんだよ。お前がいいのに」
「一目惚れにいいも悪いもないでしょ。けっきょくは見た目じゃん」
「俺に話しかけてくる女自体少ねーの。あの時も頭から血流した俺に、偏見もなく話しかけてきたお前だからこそ惚れたんだから」
 だってあんたのこと知らなかったんだもん。
 ゲーム内でもずっと避け続けてきたキャラだって。

 私だってあの時、リオに気づかないフリをして戻っていれば、落としたコインさえ拾っていなければ、また未来は変わってたのにって思うよ。
 スト男にロックオンされるなんて、ソアには本当申し訳ないことしちゃったけど、こいつの強引さは案外この世界じゃ普通の感覚なのかもしれないし、ちょっとよく分からない。
「そもそも、私を消す方法なんてあるのかしら」
「な、なにさっきから物騒なこと言ってんだよ?! お前が消えるなんて俺は絶対に許さねーぞ」
 私の感覚ではソアがここにいる感じはない。
 何の声も聞こえないし、そもそも記憶の断片すらないのだ。
 っていうか、この乙女ゲームの世界がリアルに存在してることすら嘘だったとしたら、どうしようもないのだが。
 私が今消えたとして、ソアの魂がなかったらこの体はそのまま土へと還ってしまうだろう。
 それだけはなんとしても避けたいし。
 答えは見つからない。
「ソアは死なずに私が消える方法……やっぱり探すしかないか」
「バ、バカか! まじでやめろよ。何考えてんだよ! おい、聞いてるのか、てめぇ」
ソアにとっては大事なことなの! ほっといて」
 私はそう決心したあと、無言で食事を続けた。
 リオが何かブツブツと独り言を言っていたが、よく聞こえなかった。
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