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最終章
三十九話
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「ねぇ、志帆はどうして異国に行くの?」
銀色の髪の美少年は、キャリーバックに荷物を積めている私を、不思議そうな顔で見つめていた。
「人生に一度で良いから、イギリスへ旅行に行ってみたかったんですよ。出来ることは出来るうちにやっておかないと、この先何があるか分からない世の中ですからね」
その辺はもろもろと既に実体験済みだ。
私はあの隠し村を出た後、人としての生活を再スタートするための基盤作りに必死であった。
なんせ例の村にいる期間、私の人生そのものが無かったことにされていたのだ。
人間界に帰ってきたら、不思議なことに周りの人たちの私の関する記憶も戻っていた。
しかし数ヶ月の間、音信不通の長期無断欠勤という扱いで、努めていた仕事は退職させられ、借りていたアパートは夜逃げという形で、すでに強制退去させられていた。
まぁ、当然といえば当然の扱いなのだが。
もちろん家財道具もきっちり処分されていたので、本当に一からの立て直しであった。
(私名義の口座に、両親の遺産と自分の預金がけっこうな額で残っていてから助かったけど……)
人ならざらぬ者たちの住む、異界へと行ってしまった代償は、それなりに大きかった。
代わりに手に入ったモノもあるけれど……。
例えば、そこにいる神様とか、長い長い命の約束とかね。
「心配だなぁ……俺は村のこともあるし、流石にこの島国から離れられないから、一緒には行けないんだよね」
「すみません……色々と始める前、時間があるうちにと思いまして……」
旅行から戻ってきたら、これから少々忙しくなる。
それこそ、海外なんていつ行けるか分からない。
散歩中の通りすがり、たまたま旅行代理店のポスターが目に入り、つい申し込んでしまったツアー。
急ピッチで予定を組んでしまったから、なんとかパスポートが間に合って良かった。
「志帆が隠し村を出てから一ヶ月以上も経つのに、何の仕事を始めるか、まだ教えてくれないの?」
「その……仕事をするための資格が、まだ取れてなくてですね。隠しているつもりはなかったのですが、来月には神職養成所に通う予定……ではあります」
「神職養成所? って、もしかして……」
目の前にいる綺麗な少年、もとい狐の神であるシンラは、私の言葉に驚いた顔をした。
「はい、資格を取って神主になろうかと。人と神との唯一の共通の場所であった、あの八狐神神社を復活させたいのです。こちら側の者として神社の管理をお手伝いし、ベニモモちゃんやみんなとも関われたら嬉しいなと……」
「それならそうと言ってくれれば……妖狐に神社を建て直しさせたのに」
シンラはそう言うと、少し照れくさそうな様子で、まだ着慣れぬジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
着物しか召してこなかったシンラだが、ラフなカジュアル姿もとても似合っている。
いや、むしろ新鮮さも相まって、さらにカッコよさが増したような……。
(洋服も着こなすシンラのイケメン力よ……)
つい見惚れてしまいますね。
いけないいけない。
「コホン……その、人間の世界では神主になるのに資格がいるんです。二年は学校に通う予定なので……まだ良いかなと」
その養成所にも、神事に努めている親戚のコネで、なんとか入ることができたのだ。
一般の人間には、中々入ることができない学校だから、とても運が良かった。
「人間界に来てから、志帆は一人でどんどん進めていってしまって、俺は置いてけぼりくらってばかりだよ。志帆のこのあぱーと? とか言う家だって、Y山からは随分遠くに離れてしまったし」
「すいません、通う養成所の近場がいいなと思いまして……遠くの他県になってしまいました」
養成所はそんなあちこちにあるわけではない。
なので、どうしても住む場所は限られる。
神主になれる大学は東京都にもあるが、今から大学に入り直すのは時間もお金も相当にかかってしまうから、場所を選んでなどいられないのだ。
「しかし本当に狭いねー、人間の家は」
「神の家に比べたら、びっくりしますよね」
そう、ここは1LDKしかないアパートの一室。
そんな場所で、シンラは不思議そうに低い天井を見上げていた。
銀色の髪の美少年は、キャリーバックに荷物を積めている私を、不思議そうな顔で見つめていた。
「人生に一度で良いから、イギリスへ旅行に行ってみたかったんですよ。出来ることは出来るうちにやっておかないと、この先何があるか分からない世の中ですからね」
その辺はもろもろと既に実体験済みだ。
私はあの隠し村を出た後、人としての生活を再スタートするための基盤作りに必死であった。
なんせ例の村にいる期間、私の人生そのものが無かったことにされていたのだ。
人間界に帰ってきたら、不思議なことに周りの人たちの私の関する記憶も戻っていた。
しかし数ヶ月の間、音信不通の長期無断欠勤という扱いで、努めていた仕事は退職させられ、借りていたアパートは夜逃げという形で、すでに強制退去させられていた。
まぁ、当然といえば当然の扱いなのだが。
もちろん家財道具もきっちり処分されていたので、本当に一からの立て直しであった。
(私名義の口座に、両親の遺産と自分の預金がけっこうな額で残っていてから助かったけど……)
人ならざらぬ者たちの住む、異界へと行ってしまった代償は、それなりに大きかった。
代わりに手に入ったモノもあるけれど……。
例えば、そこにいる神様とか、長い長い命の約束とかね。
「心配だなぁ……俺は村のこともあるし、流石にこの島国から離れられないから、一緒には行けないんだよね」
「すみません……色々と始める前、時間があるうちにと思いまして……」
旅行から戻ってきたら、これから少々忙しくなる。
それこそ、海外なんていつ行けるか分からない。
散歩中の通りすがり、たまたま旅行代理店のポスターが目に入り、つい申し込んでしまったツアー。
急ピッチで予定を組んでしまったから、なんとかパスポートが間に合って良かった。
「志帆が隠し村を出てから一ヶ月以上も経つのに、何の仕事を始めるか、まだ教えてくれないの?」
「その……仕事をするための資格が、まだ取れてなくてですね。隠しているつもりはなかったのですが、来月には神職養成所に通う予定……ではあります」
「神職養成所? って、もしかして……」
目の前にいる綺麗な少年、もとい狐の神であるシンラは、私の言葉に驚いた顔をした。
「はい、資格を取って神主になろうかと。人と神との唯一の共通の場所であった、あの八狐神神社を復活させたいのです。こちら側の者として神社の管理をお手伝いし、ベニモモちゃんやみんなとも関われたら嬉しいなと……」
「それならそうと言ってくれれば……妖狐に神社を建て直しさせたのに」
シンラはそう言うと、少し照れくさそうな様子で、まだ着慣れぬジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
着物しか召してこなかったシンラだが、ラフなカジュアル姿もとても似合っている。
いや、むしろ新鮮さも相まって、さらにカッコよさが増したような……。
(洋服も着こなすシンラのイケメン力よ……)
つい見惚れてしまいますね。
いけないいけない。
「コホン……その、人間の世界では神主になるのに資格がいるんです。二年は学校に通う予定なので……まだ良いかなと」
その養成所にも、神事に努めている親戚のコネで、なんとか入ることができたのだ。
一般の人間には、中々入ることができない学校だから、とても運が良かった。
「人間界に来てから、志帆は一人でどんどん進めていってしまって、俺は置いてけぼりくらってばかりだよ。志帆のこのあぱーと? とか言う家だって、Y山からは随分遠くに離れてしまったし」
「すいません、通う養成所の近場がいいなと思いまして……遠くの他県になってしまいました」
養成所はそんなあちこちにあるわけではない。
なので、どうしても住む場所は限られる。
神主になれる大学は東京都にもあるが、今から大学に入り直すのは時間もお金も相当にかかってしまうから、場所を選んでなどいられないのだ。
「しかし本当に狭いねー、人間の家は」
「神の家に比べたら、びっくりしますよね」
そう、ここは1LDKしかないアパートの一室。
そんな場所で、シンラは不思議そうに低い天井を見上げていた。
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