隠し村の狐神〜異類婚姻譚〜

みなみ抄花

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第四章

三十六話

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 ベニモモちゃんはかなり照れくさそうな様子で、トウワさんに抱っこをされながら、の神社まで出かけていった。
「あの神社はそう遠くないから、すぐに帰ってくるよ」
 シンラの言葉に私は頷く。
「奥方、新しい狐神の誕生で、隠し村はしばしの間、祭り騒ぎと化します。紅百べにもも様も、今夜だけは村人の前に姿を現していただき、主役として神の座に呼ばれますゆえ。今回は神羅様と奥方……の子という、非常に稀な狐神の誕生で、村ではすでに尋常ではない騒ぎになっております。他の狐神も念入りに村を見回ってくださってますが、お二人にも今夜は、紅百べにもも様のそばに居ていただきたく思います」
「よ、嫁の私もですか?」
「奥方はすでに村の者たちに見られておりますから……神羅様ももう隠す気はないようですし」
「あぁ、俺は構わないよ」

 サノメはそれだけ言うと、食事を置いてまた村の方へと戻ってしまった。
 どうやら生誕祭りの準備で忙しいらしい。
 私たちは今、サノメが用意してくれたベニモモちゃんの部屋にいる。
 ここは、シンプルながら女の子向けに作られた可愛らしい部屋だった。
 とりあえず私は廊下に出ると、屋上に続く階段の方へと向かう。
 すると、追いかけてきたシンラに腕を掴まれた。
「志帆、やっぱりこないだの人間の村でのこと、まだ怒ってる?」
「えっと……」
 シンラは悲しそうな顔でこちらをじっと見た。
「今日、あきらかに俺を避けているでしょう?」
「そ、それは……」

 避けている……かもしれない。
 あの時の気まずさから、私はシンラにどう接したら良いのか分からない。
 この神の対応にかなり戸惑っているのは確かだ。
「志帆のそばにいると、俺はどうしても性的なことをしたくなってしまう。だから、せめて紅百べにももが生まれるまではと、距離を置いてみたんだけど……まだ俺のことを許せないかな?」
 そう言う、シンラの目……まるで吸い込まれそうになるほど綺麗だ……。
「正直……」
「うん?」
 私は言葉を途中でやめて、うつむいた。
 自分のこの気持ちを、シンラにはっきりと言ってしまって良いものなのだろうかと悩む。

「……正直迷っています。ベニモモちゃんが、人間との縁を繋ぐ、新しい狐神としてこの世に誕生したことで、私はもうここに居なくても良いのかなって。つまり用済みなわけで……」
 そう、ベニモモちゃんの生誕を迎えて、過去の皇蒼狐こうそうことの約束はすでに果たせた。
 シンラとのことも含めて、無事に契約の役割を終えたのならば、私はもう自由でも良いはずだ。
 シンラも私という人間弱点に惑わされることなく自由に……。
 だがシンラは、急に私の肩を強く掴むと、怒りをあらわにしながらこちらを睨んだ。
「志帆、自分はもう用済みだなんて、本気で言ってるのか?!」
「だって……」
「ふ、ふざけるなっ! な、なんだよ、それ……俺が志帆を好きな気持ちはどうなるんだよ!」
「シ、シンラ……?」
 こんなに余裕のないシンラの顔は……初めて見た。
 掴まれた肩と腕に、シンラの指が食い込んで痛い。

「俺の気持ち……か。はは、神が人間相手に何を言っているんだか……俺は志帆のことで、ここまで弱くなったのか……」
 シンラはそう言って、今度は私をぎゅっと抱きしめた。掴まれた体の部分がぐっと熱くなってくる……。
「いつも……裏切るのは人間の方だ」
 本当にね。
「……離したくない。行かないで……志帆……嫌だ」
 私を抱きしめるシンラの腕の力がさらに強くなってくる。
 シンラに愛されて嬉しくないわけでない……でも……。
「シンラ、私は……」
「同情でも良い。そばに居てくれるだけでも……俺に抱かれるのが嫌なら、もう何もしないから……」
 それは本気なのだろうか。
 分からない……私も自分の心が本当に分からない。
 ここに来てから、気持ちが揺れることばかりだ。
 私にはシンラとのこれからのことが想像つかないし、先が見えない。
 シンラや周りに流されてここまできた自分わたし……。
 でも、ここでやっと自分自身に向き合える気がした。

 しばらくして、シンラは私から体を離した。
 その際、体には少しだけ名残惜しさも感じる。
「たとえ何百年経とうと、俺の気持ちは変わらない。それだけは言っておく。だから……よく考えて、志帆……」
 シンラは真剣な目でそう言うと、この階から出ていった。
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