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第四章
三十四話
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「神羅様は奥方を怒らせたことで、当分部屋には帰らぬと仰っておりました」
「そ、そうですか……」
帰宅した私とベニモモちゃんを迎え入れたサノメは、それだけ言うと、私に夕食を出してから自宅へと帰っていった。
まぁ、わかくさ村での一件で、シンラと今、顔を合わせるのは、私の方もかなり気まずかったので別に構わないのだが……。
『これで、しばらくゆっくりできますね、母さま』
「ま、まあね……」
このところの体の疲労感は酷かったし、今日は今日で色々とあった。
そのため、私は夕食と風呂を済ませて布団の中に入ると、すぐに意識を失い、そのまま朝まで熟睡していた。
そして、その日もシンラが戻ってくる気配はなく……ベニモモちゃんやサノメと過ごして、何事もなく終わる。
そんな穏やかな日々はずっと続き、気がつくとあれから一週間以上の時が流れていた。
すると最近、ベニモモちゃんの様子に変化が現れたのである。
たぶん、そろそろ時期が近いのだろう。
お昼を過ぎた頃、私はいつものように、屋上の水やりを一人でしていた。
すると、昇降機の上がる音とともに、トウワさんが久しぶりに顔を出す。
「志帆殿、だんだん暑くなってきたな。もう夏も間近だ」
この声の主は、橙色の派手な髪に目つきは少々キツいが、神に相応しい身なり、そしてかなり整った顔立ちをしている。
彼の見た目年齢は青年くらいだが、強面な顔や乱暴な口調とは裏腹に、性格はわりと優しめな狐神なのだ。
美麗少年で涼しげな容姿をもちながら、意外と短気で思い込みの強いシンラとは、はっきり言って真逆の存在である。
そして、この二人のギャップは、私にとって結構ツボだった。
(本当、良いコンビ……)
「トウワさん、この隠し村にもちゃんと四季があるのですね」
「あぁ、ここの空はいつもどんよりしてるが、普通に季節は巡ってくるぜ」
この神の家にかかっているモヤのようなものも、隠し村のどんよりとした空も、ここを守るための結界を表している……と、ベニモモちゃんは言っていた。
このモヤの結界のおかげで目眩しになり、人や他の種族の妖が、簡単には侵入できないようになっているのだと。
「そういや、神羅のやつ、最近見かけねぇけどどうしたんだ?」
「あ、その……シンラとは少し喧嘩を……というか、私の方が少し怒ってしまいましてね」
そう、わかくさ村でシンラとの確執があった日から、すでに一週間以上の時が経つが、彼はあれから一度も、自分の部屋へ戻ってきていないのだ。
「はーん、それで神羅も帰るに帰れねぇんだな。怒られて臍曲げるなんざ、てんでお子ちゃまだなぁ」
「本当に……シンラって、意外と子どもみたいな所がありますよね」
「あぁ、そのお子ちゃま神羅が、すんげぇ力を持った一番偉い神ってのも不思議な話だぜ」
「そ、そうですね……本当に」
全てトウワさんの言う通りである。
シンラは基本的にしっかりしているように見えるが、精神的に弱いところもある。
特に私に対しては本能のまま、こちらも都合も考えず体を求めてくるし、よく分からない嫉妬もしてくるし……で、思春期が卒業できていない大人みたいなのだ。
(こんなこと本人には言えないけど)
「ん? そういや紅百殿は今いねぇのか?」
「最近よく寝ているようです」
「ほう……」
「そろそろ、出てくる時期が近いのかもしれません。あ……そういえばトウワさんにそのベニモモちゃんのことで、相談があったのですよね」
私は彼に理由を伝えて、ベニモモちゃんが生まれて行かなくちゃならない、八狐神神社への付き添いをしてもらえないかお願いしてみた。
すると、トウワさんは快く了承してくれたので、私は丁寧にお礼を言う。
「全然構わねぇよ。俺やシンラが生まれた時と今では、人間との繋がりや事情も全然違うしな。前はそんな崩壊しそうな神社じゃなかったんだが……この百年の間に生贄制度は廃止して、神社ごと人に捨てられたんだろうな」
「それでも、狐神の方は契約の期間、人間の世界をずっと守ってきたんですよね……」
「まぁな。こっちは人間との契約とか、勝手に反故にできねぇのよ」
最初に裏切るのは、いつも人間側なんだよな……と、トウワさんは複雑な顔をして言ったが、人である私もその通りだなとは思った。
だって、彼らは生まれてから今の今まで、ただ本能のままに、決められた生き方を律儀に守ってきただけだ。
「ごちゃごちゃと色々難しくしてるのは、いつでも人の方……私ももっとシンラに対して素直になれたらいいんですけどね……」
(でも外でだけはイヤ……)
「志帆殿?」
「す、すみません。気にしないでください。それよりもベニモモちゃんのことですが、改めてよろしくお願いします」
「おぅ、任せとけ。じゃあ……またな」
トウワさんはそれだけ言うと、下の階層まで降りていった。
「そ、そうですか……」
帰宅した私とベニモモちゃんを迎え入れたサノメは、それだけ言うと、私に夕食を出してから自宅へと帰っていった。
まぁ、わかくさ村での一件で、シンラと今、顔を合わせるのは、私の方もかなり気まずかったので別に構わないのだが……。
『これで、しばらくゆっくりできますね、母さま』
「ま、まあね……」
このところの体の疲労感は酷かったし、今日は今日で色々とあった。
そのため、私は夕食と風呂を済ませて布団の中に入ると、すぐに意識を失い、そのまま朝まで熟睡していた。
そして、その日もシンラが戻ってくる気配はなく……ベニモモちゃんやサノメと過ごして、何事もなく終わる。
そんな穏やかな日々はずっと続き、気がつくとあれから一週間以上の時が流れていた。
すると最近、ベニモモちゃんの様子に変化が現れたのである。
たぶん、そろそろ時期が近いのだろう。
お昼を過ぎた頃、私はいつものように、屋上の水やりを一人でしていた。
すると、昇降機の上がる音とともに、トウワさんが久しぶりに顔を出す。
「志帆殿、だんだん暑くなってきたな。もう夏も間近だ」
この声の主は、橙色の派手な髪に目つきは少々キツいが、神に相応しい身なり、そしてかなり整った顔立ちをしている。
彼の見た目年齢は青年くらいだが、強面な顔や乱暴な口調とは裏腹に、性格はわりと優しめな狐神なのだ。
美麗少年で涼しげな容姿をもちながら、意外と短気で思い込みの強いシンラとは、はっきり言って真逆の存在である。
そして、この二人のギャップは、私にとって結構ツボだった。
(本当、良いコンビ……)
「トウワさん、この隠し村にもちゃんと四季があるのですね」
「あぁ、ここの空はいつもどんよりしてるが、普通に季節は巡ってくるぜ」
この神の家にかかっているモヤのようなものも、隠し村のどんよりとした空も、ここを守るための結界を表している……と、ベニモモちゃんは言っていた。
このモヤの結界のおかげで目眩しになり、人や他の種族の妖が、簡単には侵入できないようになっているのだと。
「そういや、神羅のやつ、最近見かけねぇけどどうしたんだ?」
「あ、その……シンラとは少し喧嘩を……というか、私の方が少し怒ってしまいましてね」
そう、わかくさ村でシンラとの確執があった日から、すでに一週間以上の時が経つが、彼はあれから一度も、自分の部屋へ戻ってきていないのだ。
「はーん、それで神羅も帰るに帰れねぇんだな。怒られて臍曲げるなんざ、てんでお子ちゃまだなぁ」
「本当に……シンラって、意外と子どもみたいな所がありますよね」
「あぁ、そのお子ちゃま神羅が、すんげぇ力を持った一番偉い神ってのも不思議な話だぜ」
「そ、そうですね……本当に」
全てトウワさんの言う通りである。
シンラは基本的にしっかりしているように見えるが、精神的に弱いところもある。
特に私に対しては本能のまま、こちらも都合も考えず体を求めてくるし、よく分からない嫉妬もしてくるし……で、思春期が卒業できていない大人みたいなのだ。
(こんなこと本人には言えないけど)
「ん? そういや紅百殿は今いねぇのか?」
「最近よく寝ているようです」
「ほう……」
「そろそろ、出てくる時期が近いのかもしれません。あ……そういえばトウワさんにそのベニモモちゃんのことで、相談があったのですよね」
私は彼に理由を伝えて、ベニモモちゃんが生まれて行かなくちゃならない、八狐神神社への付き添いをしてもらえないかお願いしてみた。
すると、トウワさんは快く了承してくれたので、私は丁寧にお礼を言う。
「全然構わねぇよ。俺やシンラが生まれた時と今では、人間との繋がりや事情も全然違うしな。前はそんな崩壊しそうな神社じゃなかったんだが……この百年の間に生贄制度は廃止して、神社ごと人に捨てられたんだろうな」
「それでも、狐神の方は契約の期間、人間の世界をずっと守ってきたんですよね……」
「まぁな。こっちは人間との契約とか、勝手に反故にできねぇのよ」
最初に裏切るのは、いつも人間側なんだよな……と、トウワさんは複雑な顔をして言ったが、人である私もその通りだなとは思った。
だって、彼らは生まれてから今の今まで、ただ本能のままに、決められた生き方を律儀に守ってきただけだ。
「ごちゃごちゃと色々難しくしてるのは、いつでも人の方……私ももっとシンラに対して素直になれたらいいんですけどね……」
(でも外でだけはイヤ……)
「志帆殿?」
「す、すみません。気にしないでください。それよりもベニモモちゃんのことですが、改めてよろしくお願いします」
「おぅ、任せとけ。じゃあ……またな」
トウワさんはそれだけ言うと、下の階層まで降りていった。
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