隠し村の狐神〜異類婚姻譚〜

みなみ抄花

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第四章

三十二話

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 私は庭園の隅にあるベンチに座った。
 ここは木々に囲まれ、鳥のさえずりもよく聞こえる。
 近くには、古くて大きな鐘がある塔が建っていて、とても素敵な雰囲気だった。
(また、ここに来れた……嬉しい。素直に嬉しい)

 ベニモモちゃんの能力がなければ、私にこんなところまで来る勇気は出なかったかもしれない。
 もちろんシンラに頼めば、連れてきてはもらえたとは思うが、私はたぶんに来るのが単純に怖かったのだ。
 この村の実物を目にした私は、途端に人の世界へ帰りたくなってしまうのではないか……そして、シンラをも拒絶してしまうのではないかという、自分でもコントロールできない感情の部分に対する不安だ。
 でも、なんとかそういった気持ちは押し込めた。
 ベニモモちゃんの前で少し弱気にはなったが、シンラと暮らしながらここの平穏が保たれるならば、私はそれできっといいのだと思うことができる。
 この場に一緒にいてくれたのが、冷静なベニモモちゃんで助かったのだ。

ははさま、お腹すきませんか? もし良かったら、隠し村の団子屋まで道を繋げますよ?』
「ありがとう、少し減ったけど、まだ大丈夫よ」
 もう少しここを堪能したい。
 そろそろ陽も傾きそうではあるし、お腹が空いてきたのは確かだが。
「ベニモモちゃんの能力、飛躍的に上がりましたね」
『そうでしょう? これは私の勘ですが、おそらくははさまとちちさまが体を繋げるたびに成長が早まっている気がします』
「……は?」
 い、いきなり色話いろばなしにシフトチェンジですか?
 ここに来てからも今も、穏やかでちょっと良い雰囲気だったのに……。

紅百べにもも、それは本当?」
(えっ……)
『……ちちさま?』
 後ろを振り返ると、そこには銀の髪を持ち端正な顔立ちのよく知る美少年が立っていた。
 今の彼には狐の耳と尻尾は見えない。
 人間に化けていたのだろうか。
 だとしても、この見た目じゃさぞかし目立ったろうに……。
「ここになら志帆は、紅百べにももの能力使って、一度は来るんじゃないかと思って張っていた。志帆、はい……前に言っていたお菓子。それと、とか云う食べ物を人間のお金で買ってきたよ」
 どうやら私たちの動きは、シンラに読まれていたようです。
 そして、人の姿をしていたのは、私に色々と買ってくるため……。

「これは、あの幻のクッキィ! まだ、売れ残っていたんですね。シンラ、ありがとう。嬉しいです」
 あそこのお菓子は、午後の三時前にはすぐに売り切れてしまうという口コミを何度も見ました。
 そして、今の私の姿は人に見えませんから、買うことなどすっかり諦めていましたが、こうやってまた手に入るとは……。
 私はホットドックを食べ終わった後、菓子の紙袋を開けてみる。
 間違いなく、前にトイレの住人になってまで頬張って食べた、あのお菓子と同じである。

『人間のお金はの神社の賽銭箱からですか? 私は生まれたら一度あそこに行かねばならないんですよねぇ……』
「まぁね。一応、儀式だから。形式的なものだけど」
 の神社とはなんだろう。
 生まれたら、ベニモモちゃんが行かなければいけないところ……か。
「それよりも紅百べにもも、さっきの話だけど……」
『えぇ、本当ですよ。おそらくちちさまからははさまの中へ注がれたものを私は吸収して、自分の力にしているのではないかと思っています』
(だから、その話題は恥ずかしいですってば……何かさっきより内容が生々しいですし)
 はぁ、また色話いろばなしに戻ってしまいました。
 こんな素敵なところで話す内容ではないですよ。
 周りの人達には聞こえていないとはいえ、狐神のこういうところが嫌なんです……。
 
「それは良いことを聞いたなぁ……娘の成長のために頑張って志帆の中に注がねばという気持ちになってくる……と、そういえばは俺の勝ちで良いのかな? 二人ともなんでも言うことを聞くんだよね?」
『……まぁ、約束ですからね。私は今から熟睡してしまうことにします。ははさま、ちちさまに裏の裏をかかれ、見つかってしまってごめんなさい。やはりちちさまは上手うわてでしたわ。では、私はこれで……』
「べ、ベニモモちゃん、そんな……」
「だってさ? あぁ、志帆……そんなところに赤いのを付けて……」
 そう言って、シンラは私の口の端についたケチャップをぺろりと舐めた。
 そして私の手を取り、人差し指に舌を這わせながら、いたずらっ子のような顔で笑う。
 シンラからいきなり始まったイヤラしい愛撫に、私の頭は混乱した。
 気づくとベンチに寝かされ、シンラに体を上から重ねられながら、今度は耳から首へと舌を這わされる。
 そして、自身の変な喘ぎ声が聞こえたところで、今自分がどういう状況になっているのかをやっと理解した。
「へ? へ? ま、まさか、こんなところでっ……んん……」
 シンラに唇で塞がれ、舌で口の中を掻き回されたら、体は反応せずにはいられない。
 私は知らず知らずのうちに、シンラの攻めを敏感に感じとってしまう体になってしまったようだ。

 しかし、で営みを行うなど、どうしても受け入れられない私は、慌ててシンラの肩を押し返し、唇を離してもらった。
「シ、シンラには他にやることないんですか……」
「ん?」
「わ、私は……もっと……シンラと話したり……色々と……こんなことじゃなくて……」
 あぁ、どうしよう……感情の昂りが抑えられない。
 このままでは涙が止まらなくなってしまう。
 私はただ、このに来れたことがとても感慨深くて、でも不安で……シンラがお菓子を買ってきてくれたこともすごく嬉しかったのに……その時の気持ちすらも今は遠くに感じる。
 なんだろう……自分が分からない。
 感情がぐちゃぐちゃだ。
 私の泣き顔にびっくりしているシンラは、そのまま動きが固まっていた。
「……志帆、何か気に障った?」
「もう、いいです……」
 今まで我慢していた感情が爆発したのか、私はシンラの下から逃れ、わかくさ村の中心地の方へとゆっくり歩き出した。
『……ははさま、一体どこへ?』
(ベニモモちゃん、ごめんなさい……今は何も考えられないの)
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