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第三章
二十七話
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腹の中のベニモモちゃんとの生活が始まって、あれから二週間ほどの月日が経った。
ここは山の中、海はないが湖ならある。
「このS湖はすごい絶景なんですねぇ……シンラ、連れてきてくれてありがとう」
「いや……志帆、足元には気をつけてね」
私はシンラに手を引かれて、湖のほとりを歩いた。
ベニモモちゃんの存在ができたことで、引きこもりでもあまり退屈はしなくなっていたが、それでも外の世界に出れることは単純に嬉しい。
「ここはもう……長野県なんですよね」
「人間の境界でいうとそうなる」
Y山は広いですからね。
神秘的な場所がいっぱいありますし、自然も多く残っていて、動物たちや神様も棲みやすそうではあります。
『父さまたちがいる村は、山梨の方でしたね』
「その通り……よく知っていたな」
『ある程度の予備知識は、皇蒼狐から受け継いでいるんです』
……なるほど。
だからベニモモちゃんは、変なところで博識なんですね。
「あ、ボートがあります! しかし乗れないのが残念ですねぇ」
『え、どうして乗れないのですか?』
「俺たちの姿は人間には見えていないから」
そう、私の姿は隠し村に入った時点で、人の目から隠されてしまっているのです。
そしてシンラも、今は人に化けておらず、自分の姿を消しているようです。
『私の目はこの処よく見えるようになってきました。生命の流れとかマグマの動きとかも、最近は体で感じるように……』
「ベニモモちゃんは、能力がどんどん上がっているのですね」
人と比べれば、かなりのスピーディさです。
神を我が子というには畏れ多いものの、子の成長は嬉しく思います。
私たちは、こちらに気づかないまますれ違う人々の間を、音もなくただ静かに通り抜けていた。
そうして30分ほど歩いたが、この湖の周りではまだ四分の一も進んでいない。
とても巨大な湖なので、一周回るのに四時間以上はかかりそうだ。
『……ん? この先の湖の向こう側は、なにか嫌な感じがします』
「嫌な感じ……ですか?」
向こう側……うーん、遠く離れすぎていて、私には何も見えません。
何キロも離れていますしね。
「あぁ、怨念や妄執があの辺りにこびりついてゐる。人の負のエネルギーが溜まりやすい場所なんだろう」
『そんな絶壁の上に建物を建てるなんて……人って不思議な生き物ですねぇ』
え……それって、かなり危ないのでは?
そこの建物で、何事も起きていないと良いのですが……。
「避けて歩いた方が良いですか?」
「そうだねぇ……ふむ、あぁ見えた。アレのせいか」
『あそこでは毎年、人が亡くなっていますよ。とても良くないモノがゐます』
それはとても穏やかじゃない。
シンラにはそういったモノを祓ったりなど、できないのだろうか。
「何がいるんですか?」
「悪鬼だ……しかも若い女を道連れにするのを好む」
『まぁ大変。私が狙われてしまいますわ』
「紅桃は若い女に当てはまらないよ」
ベニモモちゃんは若いとか以前に、まだ赤ちゃんですからね。
しかし、何やら怖いです。
こんなにも遠く離れているのに、話を聞いているだけで、思わずゾッとしてしまいました。
なんとかならないのでしょうか。
「俺があの悪鬼を吹き飛ばすほどの力を使うと、あの建物も一緒に消し飛んでしまう。だからといって、あの悪鬼はタチが悪そうだから、一気に倒さないと却って、良くないことが起きるだろう……俺とは相性が悪いな」
「シンラの力は強いものの、調整が難しいのですね」
でも、そうなると他の狐神さんを呼んでくるしか方法が……。
『つまりここは、私の腕の見せどころですかね?』
「へ? ベニモモちゃんが?」
「……できるのか?」
ベニモモちゃんは任せてください! と元気に声を出した。
えぇ、まだ赤ちゃんなのに?
『あの悪鬼の元は亡くなった人間の女性……それも怨み嫉みを抱えた霊魂の集まりです。父さまとは少しばかり相性が悪いですが、私と組めばきっといけます! あの悪鬼のいる場に私が空間を作り、別次元へ入れてしまうのです。そこで父さまが、力を解放してとどめを刺せば……』
「あぁ……それなら、周りに危害を加えることなく、最大限の出力でいけるな」
わぁ、そんな手を思いつくなんて……ベニモモちゃんは、なんて頭がいいのでしょう。
『ただ、ここで一つ問題が……私の能力の射程距離がまだ短いので、ある程度近づかなければできないことです。あの良くないモノのそばに母さまを連れて行かなければならない……それがかなりの気掛かりです』
「あぁ、それは確かに……紅桃の能力の射程距離は?」
『おそらく50メートル』
「ならば俺が湖側から近づいて盾になる。後はやってみるしかあるまい?」
シンラが盾に……?
それも少々心配ではありますが、鬼になった悪霊に神様であるシンラが負けるとも思えませんしね。
そこはお願いした方がいいでしょう。
私たちは作戦実行のために動き出した。
ここは山の中、海はないが湖ならある。
「このS湖はすごい絶景なんですねぇ……シンラ、連れてきてくれてありがとう」
「いや……志帆、足元には気をつけてね」
私はシンラに手を引かれて、湖のほとりを歩いた。
ベニモモちゃんの存在ができたことで、引きこもりでもあまり退屈はしなくなっていたが、それでも外の世界に出れることは単純に嬉しい。
「ここはもう……長野県なんですよね」
「人間の境界でいうとそうなる」
Y山は広いですからね。
神秘的な場所がいっぱいありますし、自然も多く残っていて、動物たちや神様も棲みやすそうではあります。
『父さまたちがいる村は、山梨の方でしたね』
「その通り……よく知っていたな」
『ある程度の予備知識は、皇蒼狐から受け継いでいるんです』
……なるほど。
だからベニモモちゃんは、変なところで博識なんですね。
「あ、ボートがあります! しかし乗れないのが残念ですねぇ」
『え、どうして乗れないのですか?』
「俺たちの姿は人間には見えていないから」
そう、私の姿は隠し村に入った時点で、人の目から隠されてしまっているのです。
そしてシンラも、今は人に化けておらず、自分の姿を消しているようです。
『私の目はこの処よく見えるようになってきました。生命の流れとかマグマの動きとかも、最近は体で感じるように……』
「ベニモモちゃんは、能力がどんどん上がっているのですね」
人と比べれば、かなりのスピーディさです。
神を我が子というには畏れ多いものの、子の成長は嬉しく思います。
私たちは、こちらに気づかないまますれ違う人々の間を、音もなくただ静かに通り抜けていた。
そうして30分ほど歩いたが、この湖の周りではまだ四分の一も進んでいない。
とても巨大な湖なので、一周回るのに四時間以上はかかりそうだ。
『……ん? この先の湖の向こう側は、なにか嫌な感じがします』
「嫌な感じ……ですか?」
向こう側……うーん、遠く離れすぎていて、私には何も見えません。
何キロも離れていますしね。
「あぁ、怨念や妄執があの辺りにこびりついてゐる。人の負のエネルギーが溜まりやすい場所なんだろう」
『そんな絶壁の上に建物を建てるなんて……人って不思議な生き物ですねぇ』
え……それって、かなり危ないのでは?
そこの建物で、何事も起きていないと良いのですが……。
「避けて歩いた方が良いですか?」
「そうだねぇ……ふむ、あぁ見えた。アレのせいか」
『あそこでは毎年、人が亡くなっていますよ。とても良くないモノがゐます』
それはとても穏やかじゃない。
シンラにはそういったモノを祓ったりなど、できないのだろうか。
「何がいるんですか?」
「悪鬼だ……しかも若い女を道連れにするのを好む」
『まぁ大変。私が狙われてしまいますわ』
「紅桃は若い女に当てはまらないよ」
ベニモモちゃんは若いとか以前に、まだ赤ちゃんですからね。
しかし、何やら怖いです。
こんなにも遠く離れているのに、話を聞いているだけで、思わずゾッとしてしまいました。
なんとかならないのでしょうか。
「俺があの悪鬼を吹き飛ばすほどの力を使うと、あの建物も一緒に消し飛んでしまう。だからといって、あの悪鬼はタチが悪そうだから、一気に倒さないと却って、良くないことが起きるだろう……俺とは相性が悪いな」
「シンラの力は強いものの、調整が難しいのですね」
でも、そうなると他の狐神さんを呼んでくるしか方法が……。
『つまりここは、私の腕の見せどころですかね?』
「へ? ベニモモちゃんが?」
「……できるのか?」
ベニモモちゃんは任せてください! と元気に声を出した。
えぇ、まだ赤ちゃんなのに?
『あの悪鬼の元は亡くなった人間の女性……それも怨み嫉みを抱えた霊魂の集まりです。父さまとは少しばかり相性が悪いですが、私と組めばきっといけます! あの悪鬼のいる場に私が空間を作り、別次元へ入れてしまうのです。そこで父さまが、力を解放してとどめを刺せば……』
「あぁ……それなら、周りに危害を加えることなく、最大限の出力でいけるな」
わぁ、そんな手を思いつくなんて……ベニモモちゃんは、なんて頭がいいのでしょう。
『ただ、ここで一つ問題が……私の能力の射程距離がまだ短いので、ある程度近づかなければできないことです。あの良くないモノのそばに母さまを連れて行かなければならない……それがかなりの気掛かりです』
「あぁ、それは確かに……紅桃の能力の射程距離は?」
『おそらく50メートル』
「ならば俺が湖側から近づいて盾になる。後はやってみるしかあるまい?」
シンラが盾に……?
それも少々心配ではありますが、鬼になった悪霊に神様であるシンラが負けるとも思えませんしね。
そこはお願いした方がいいでしょう。
私たちは作戦実行のために動き出した。
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