隠し村の狐神〜異類婚姻譚〜

みなみ抄花

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第三章

二十四話

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「少し……ひとりで考えさせてほしい」
 シンラとトウワさんの二人に、私の口から発することができた言葉はこれだけだった。
 今はひとりになりたい。
 ちょっと頭の中を整理したい。

 二人が寝室から出て行ったあと、私はベッドからゆっくりと立ち上がり、窓から露台の方へ出た。
 相変わらずここの空は、どんよりとした雲しか見えない。
 私のお腹の中ここには、本当に新しい八神目の狐神がいるのだろうか。
 まるで実感が湧かない。
 神の子を授かったという兆しすら、何も感じられなかったのだ。
 
 今日だって、盗賊から逃れるために全力で走っていたら、いきなりお腹が痛くなっただけだ。
 今は痛みの方もすっかり落ち着いてしまっている。
(はぁ、そもそも何でこんなことに……もう訳がわからない) 
 神に体を捧げて、シンラの気持ちにも応え、今度は隠し村と人の世界を繋ぐために、自分の命をかけて新しい狐神を誕生させる?
 これを全てやり遂げるだなんて、私はどれだけ善意に満ちあふれた人間でいなければならないのだろう。

 神の子を産めば、私の体は保たずに死んでしまうのだろうか。
 もう嫌だ……。
 何もかも投げ出したい気持ちが、私の心を徐々に蝕んでくる。
 一体、私が何をしたというのだ。
 狐神……シンラになぜ私が選ばれた? 
 何か、とても大事なことを忘れているような気がしてならない。
(私、がんばったよね……ここでさ、何もかも奪われて、それでも自分なりに応えようとしたんだよ。でも色々と、もう無理かもしれない……)
 どうしよう……今はシンラの顔も見たくない。
 このままひとりで……いなくなってしまえたらいいのに。
 気がついたらこの状態のまま、何時間も経っていた。

   ◇  ◇  ◇

 日がだいぶ傾いてきた頃、私の気持ちも少しずつ落ち着いてきたので、自分自身あまり触れていなかったことを振り返ってみることにした。

 私が山梨県H市に来たのは、実は今回の旅行が初めてではない。
 高校一年生の時に両親の車で一度だけ、観光として来たことがある。
 しかし、山の険しい旧道での帰り道、私たちの車は濃い霧と強い雨に突然見舞われた。
 父はハンドルを取られ、車は激しくスリップ。
 崖下に落ちることは避けられたが、横転してしまい、そのまま反対側に停まっていた大型トラックに激突……その時、両親二人は帰らぬ人となった。
 私が無傷で助かったのは奇跡というものだ。
 
 しばらくして、私は病院を退院したが、高校は元々寮に入っていたため、県外の祖父母の家には行かなかった。
 そのあとすぐ、両親の生命保険がおりて、さらに持ち家も売ったことで、金銭的に困ることはなく、なんとか短大まで自力で卒業することができた。
 あの事故から私は、ずっと独りで暮らしていたのだが、それでも自分なりに楽しく生きてきたのだ。

 そういえば……車の中で意識を失っている間、随分とおかしな夢を見た気がする。
(どんな夢だったんだっけ……すごく大事なことだったような)
 あれは……。
 そう……そうだ。
 あの時、父と母は細い川の向こう岸にいて、私も川を渡ろうとしたら、こちら側へはまだ来ちゃダメだと両親に強く止められたんだった。
 そしてその時、両親は人ならざらぬ者に何かをお願いしていた。
 その者は、私の命を助ける代わりに、結界の入口が開く時がきたら、神の嫁にもらうと約束させていたのだ。
 魂のカタチが今の最強の神に相応しく、このまま死なすには惜しい……だからしばらくは人間として生かすが、時が来たら貰い受ける……そんなことを言っていた気がする。
 両親が話していた相手、あれは……今思うと蒼い髪をした狐神そのものだった。
 こんな大事なこと、なぜ今まで忘れていたのだろう。

(私は……本来ならとっくの昔に死んでいた。最強の神とはやはりシンラのこと? シンラにめとられることは、あの事故から決まっていたんだ……)
 あの蒼い髪の狐神は、向こう岸の両親の元から私がいる側へと飛んできたあと、そろそろ神の役目を終える自分は、次の神をどこに宿すか指定できると言っていた。
 その時……私の体に何かを……入れた。
 もしかして、それが……。
「蒼い髪の狐神は、最後になんて言っていたんだっけ……思い出せない」
 なんせ、六年も前の夢の中での出来事だ。
 そこまで鮮明に覚えている方が難しいだろう。

「志帆……ずっと、外にいるけど大丈夫なの?」
 露台の床に座り込んだまま、長い時間ずっと考え事をしていた私を心配してか、シンラが声をかけてきた。
 今の私はシンラの顔が見れない。
 虚ろな目でうついたまま黙っていると、シンラがそっと後ろから抱きしめてくる。
 温もりが背中から伝わってきて、気がついたら自然と涙が出てきていた。
 あぁ、どうしてこんなにも……私はシンラが……。

「シンラ……トウワさんは?」
「自分の階層へ戻った」
「そう……」
 後ろにいる神は、私の髪を指ですくい、絡めては離すを繰り返している。
 シンラは私の黒髪を触るのが好きらしい。
 なんか……見ていて愛おしい。
 ひとつだけ分かっていることは、私は狐神との約束を抜きにしても、シンラのことが……とても大切だということだ。
 この気持ちはたぶん、これから先も変わらない気がする。

「志帆……蒼い髪って、最古の狐神のことだよね? なぜ知っているの?」
「シンラ……聞いてたんだね……」
「聞こえた」
 うん……そばにいること実は知ってた。
 シンラは私のことを常に気を配ってくれている。
 すごく大事に想ってくれている。
 今だって、こうやって私のことを一番に考えてくれる。
 だから私は……。
「あ……」
「どうしたの?」
「思い出した……私をめとった神と、互いに愛することができたら、次の神が宿ると言っていたんだ……」
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