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第一章
七話
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トウワさんがこの階に来た日から、もう三日は経った。
シンラはあの夜にここを出ていって以降、一度も帰ってきていない。
(果てしなく暇……スマホの充電は切れたし)
サノメとそれなりに遊んではいるが、いくらなんでもそれだけで退屈凌ぎをするには限界というものがある。
このまま何をすることもなく、ここにいたら脳が枯渇して死んでしまう。
「サノメ! もう限界です!」
「奥方、急にどうなされた」
「退屈過ぎて、こんなとこにずっといたら頭おかしくなります! お願い、何か仕事ないですか?!」
建物の外どころか、この階からも出れないのに、娯楽も仕事もない苦痛。
ずっとこんな生活で、隠し村の嫁になってしまった人たちはどうやって毎日を過ごしているのだ。
私の悲痛な訴えに応えようと、サノメは何かを思い出そうとしている。
「……そういえば、神羅様が奥方の荷物を持ってきておりました」
「私の荷物?」
サノメはそう言うと、襖を開けて荷物を出してきた。
私が旅行のために持ってきた鞄だ。
これはありがたい!
切れたスマホの充電ができる。
ここに電波は入らないけど。
そして……。
「私がわかくさ村で買った土産ものもある!」
「はい、志帆殿のニオイがするものを回収されたようです」
ニオイって……まぁ狐だからね。
そこは深く考えないでおこう。
そうか、シンラが持ってきてくれたのか。
なんだかんだ言って、狐神にも良いとこがあるじゃないですか。
あの村は本当に素敵すぎて、可愛い小物から何から色々と買ったんですよ。
それに噂で聞いて、すごく食べたかったあの幻のお菓子も……。
「……って! ひぇぇえ……やっぱり本場のバターでしか焼いてない、幻のクッキィまでこんなところにっ!」
私は土産の菓子を持ったままサノメに詰め寄った。
「サノメ! これは要冷蔵なんです! 要冷蔵! 一個200円もする10個入りで2000円のを奮発して二つ! ホテルの部屋の冷蔵庫に入れといたのに! あぁ……こんなところに連れてこられなければ、夜に食べれた、食べれたのに……」
「奥方奥方、落ち着かれよ! 神羅様も悪気があったわけでは……」
「うぅ……四日経ってる……常温で四日……もう無理だよね……いや、でもギリいけるか?」
「奥方……?」
「サノメ、私は……食べます! これでお腹を壊して死んでも本望です!」
土産の菓子の包装をいきなり破り出した私を、サノメは頑張ってやめさせようとするが、こうなった私は誰にも止められない。
「お、奥方~! お腹壊しますぞ! 危険なことはおやめくだされぇ!」
「サノメ、止めないで! 後悔なんてしませんから!」
私は溶けた菓子を勢いよく口の中に放り込んだ。あぁ、美味しい……!
◇ ◇ ◇
「……それで、志帆は厠からずっと出てこられないの?」
「そのようで……」
「ふ~ん……」
少し離れた辺りでシンラの声がする。
隠し村に帰ってきたのですね。
シンラ、私は今日勇者になったのです。
そして、今はその代償を払っているところ。
だから、ちょっとだけ放っておいてくださると嬉しい。
トントントンと、ドアをノックする音が耳元で聞こえた。
どうやら放ってくださらないつもりらしい。
「志帆、帰ったのだけど」
「…………」
知ってます。
声は聞こえてましたから。
「志帆、本当に大丈夫?」
「あ、足がプルプルします……洋式求む! それに紙が……紙が足りません!」
「ハァ……あとで湯屋に入りなさい」
つまり、拭ききれない分は風呂で落とせと?
レディに対してすごいこと言ってきますね。
「色々と済んだらお借りします」
「俺と一緒に入る? なら待ってるけど」
「は?! は、入りませんっ!」
これ以上の屈辱はいりませんよ。
もう充分です。
「まぁ、その声を聞く限りじゃ心配はなそうだね」
「……あの、そこにいられたら恥ずかしいので、どっかに……」
色々と音がしますからね。
お願いしますよ。
神でも空気は読んでください。
「はいはい、もう行きますよ」
「食べたこと、私は後悔してませんから!」
「はいはい」
◇ ◇ ◇
一時間経って、やっとお腹がすっきりしたので、私は湯屋を借りた。
まずお湯で体を軽く流した後、ふと……体を洗うためのアレがないことに気づく。
「志帆~これせっけん……俺がさっき使い切ったの忘れてた~」
「キャア! いきなり入ってこないでください!」
私はシンラの手から石けんを慌てて取ったあと、急いで泡立てる。そして体にいっぱいつけて目隠しにした。
「志帆のことはもう、色々と見てるのに」
「そういう問題じゃありません! それに……すでに出たはずのシンラが、なんでまだ服を着てないんですか?!」
私はパニックしている。
これほどないってくらいに。
「やっぱり志帆と入ろうかなと思ってまた脱いだ」
「ど、どうして、そんなことを」
「どうしてって……サノメが志帆が退屈してるって言ってたから」
「それはしてますけど、そういうことじゃなくて……」
そりゃあ、シンラにいきなり処女を持っていかれた時よりは、シンラに対する嫌な感情は減ったけども。
それでも私の中ではまだ複雑な気持ちなのに。
「神に嫁いだら、外に出れない嫁のやることは一つでしょ? 神に愛されること」
「だって、シンラは私に好きにならなくて良いって……」
「志帆は別に好きにならなくて良いよ? 俺が一方的に愛すだけだから」
それ、ただの屁理屈です!
シンラはあの夜にここを出ていって以降、一度も帰ってきていない。
(果てしなく暇……スマホの充電は切れたし)
サノメとそれなりに遊んではいるが、いくらなんでもそれだけで退屈凌ぎをするには限界というものがある。
このまま何をすることもなく、ここにいたら脳が枯渇して死んでしまう。
「サノメ! もう限界です!」
「奥方、急にどうなされた」
「退屈過ぎて、こんなとこにずっといたら頭おかしくなります! お願い、何か仕事ないですか?!」
建物の外どころか、この階からも出れないのに、娯楽も仕事もない苦痛。
ずっとこんな生活で、隠し村の嫁になってしまった人たちはどうやって毎日を過ごしているのだ。
私の悲痛な訴えに応えようと、サノメは何かを思い出そうとしている。
「……そういえば、神羅様が奥方の荷物を持ってきておりました」
「私の荷物?」
サノメはそう言うと、襖を開けて荷物を出してきた。
私が旅行のために持ってきた鞄だ。
これはありがたい!
切れたスマホの充電ができる。
ここに電波は入らないけど。
そして……。
「私がわかくさ村で買った土産ものもある!」
「はい、志帆殿のニオイがするものを回収されたようです」
ニオイって……まぁ狐だからね。
そこは深く考えないでおこう。
そうか、シンラが持ってきてくれたのか。
なんだかんだ言って、狐神にも良いとこがあるじゃないですか。
あの村は本当に素敵すぎて、可愛い小物から何から色々と買ったんですよ。
それに噂で聞いて、すごく食べたかったあの幻のお菓子も……。
「……って! ひぇぇえ……やっぱり本場のバターでしか焼いてない、幻のクッキィまでこんなところにっ!」
私は土産の菓子を持ったままサノメに詰め寄った。
「サノメ! これは要冷蔵なんです! 要冷蔵! 一個200円もする10個入りで2000円のを奮発して二つ! ホテルの部屋の冷蔵庫に入れといたのに! あぁ……こんなところに連れてこられなければ、夜に食べれた、食べれたのに……」
「奥方奥方、落ち着かれよ! 神羅様も悪気があったわけでは……」
「うぅ……四日経ってる……常温で四日……もう無理だよね……いや、でもギリいけるか?」
「奥方……?」
「サノメ、私は……食べます! これでお腹を壊して死んでも本望です!」
土産の菓子の包装をいきなり破り出した私を、サノメは頑張ってやめさせようとするが、こうなった私は誰にも止められない。
「お、奥方~! お腹壊しますぞ! 危険なことはおやめくだされぇ!」
「サノメ、止めないで! 後悔なんてしませんから!」
私は溶けた菓子を勢いよく口の中に放り込んだ。あぁ、美味しい……!
◇ ◇ ◇
「……それで、志帆は厠からずっと出てこられないの?」
「そのようで……」
「ふ~ん……」
少し離れた辺りでシンラの声がする。
隠し村に帰ってきたのですね。
シンラ、私は今日勇者になったのです。
そして、今はその代償を払っているところ。
だから、ちょっとだけ放っておいてくださると嬉しい。
トントントンと、ドアをノックする音が耳元で聞こえた。
どうやら放ってくださらないつもりらしい。
「志帆、帰ったのだけど」
「…………」
知ってます。
声は聞こえてましたから。
「志帆、本当に大丈夫?」
「あ、足がプルプルします……洋式求む! それに紙が……紙が足りません!」
「ハァ……あとで湯屋に入りなさい」
つまり、拭ききれない分は風呂で落とせと?
レディに対してすごいこと言ってきますね。
「色々と済んだらお借りします」
「俺と一緒に入る? なら待ってるけど」
「は?! は、入りませんっ!」
これ以上の屈辱はいりませんよ。
もう充分です。
「まぁ、その声を聞く限りじゃ心配はなそうだね」
「……あの、そこにいられたら恥ずかしいので、どっかに……」
色々と音がしますからね。
お願いしますよ。
神でも空気は読んでください。
「はいはい、もう行きますよ」
「食べたこと、私は後悔してませんから!」
「はいはい」
◇ ◇ ◇
一時間経って、やっとお腹がすっきりしたので、私は湯屋を借りた。
まずお湯で体を軽く流した後、ふと……体を洗うためのアレがないことに気づく。
「志帆~これせっけん……俺がさっき使い切ったの忘れてた~」
「キャア! いきなり入ってこないでください!」
私はシンラの手から石けんを慌てて取ったあと、急いで泡立てる。そして体にいっぱいつけて目隠しにした。
「志帆のことはもう、色々と見てるのに」
「そういう問題じゃありません! それに……すでに出たはずのシンラが、なんでまだ服を着てないんですか?!」
私はパニックしている。
これほどないってくらいに。
「やっぱり志帆と入ろうかなと思ってまた脱いだ」
「ど、どうして、そんなことを」
「どうしてって……サノメが志帆が退屈してるって言ってたから」
「それはしてますけど、そういうことじゃなくて……」
そりゃあ、シンラにいきなり処女を持っていかれた時よりは、シンラに対する嫌な感情は減ったけども。
それでも私の中ではまだ複雑な気持ちなのに。
「神に嫁いだら、外に出れない嫁のやることは一つでしょ? 神に愛されること」
「だって、シンラは私に好きにならなくて良いって……」
「志帆は別に好きにならなくて良いよ? 俺が一方的に愛すだけだから」
それ、ただの屁理屈です!
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