隠し村の狐神〜異類婚姻譚〜

みなみ抄花

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第一章

六話

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「神羅様の階ではお静かになされよ、燈倭とうわ様」
 シンラに千代紙へ命を吹き込む神通力を見せてもらっていたころ、入口の方がとたんに騒がしくなる。
 声のする方へ向かうシンラの後ろ姿を追いかけ、私も興味本位でついてきた。

「うるせぇな。神羅のやつ帰ってきてるんだろう? 昨日、嫁をめとったと聞いたぞ。うまくやりやがって神羅のやろう」
 大きな声を発しながら、この階まで上がってきたその者は、橙の髪の上に同色の耳が生え、シンラのように尻尾がたくさん生えている。
 目つきは鋭いが鼻筋は通っており、かなり整った顔のつくりをしていた。
 この人物のそばに仕えている妖狐への態度や、自然と溢れ出てくる威厳さから、おそらくこの者も狐神であろう。
 
「……相変わらず騒がしいね、燈倭とうわは」
「よぉ、神羅、お前の階によな?」
「ええ、別にですよ」
 この階にはシンラの許可なく入れない。
 それを思わせる一連のやり取りである。

「んー? そいつが嫁かい」
「は、はじめまして……」
 私はシンラの横で、この大柄な狐神に頭を下げた。
 すると、この燈倭とうわという者は私をまじまじと見てくる。
「ほ~ぅ、拾ったにしては随分、上玉じゃねぇか。羨ましいぜ」
「……燈倭とうわ、志帆はここに来たばかりなんだ。あまり失礼な言い方はしないように」

 少々ガサツで言葉が乱暴なこの燈倭とうわは、美麗顔で銀色の髪を持ち、涼しげなイメージが似合うシンラとは、まさに正反対のタイプだった。
 赤くて派手な着物が、さらにそう思わせる後押しをしている。
「はいはい、わかってますよ、神羅様。俺も早いとこ、いい女を確保しねぇと」
「そろそろ結界も閉じそうだし、急いだ方が良い。あそこが塞がったら、人はこちらに通れなくなるから、次はまた百年後になる」
 結界というのはあのくぐりを模したような場所のことだろう。
 神隠し村の入口はいつでも開けっぱなしというわけでもないのか……。

「分かってはいるが、そもそも若い女が一人であんま来ねぇ僻地だからな。そして嫁にするなら、俺はやっぱり巨乳でエロい女が良い」
「うーん、俺に予知能力はないけど、いつまでもそんなことを言っているようでは、燈倭とうわに嫁がくるのは、今年も無理そうな気がするね」
「んだとっ」
 このトウワさんはずいぶんと人間くさいことを言う神だ。そして巨乳好き。
「志帆、こいつはね、俺より10階層格下」
「格下で悪かったな」
「だって事実でしょ?」

 シンラの言葉にトウワさんはムスッとして、近くの部屋の方まで勝手に入って行った。
 そして畳張りの床にドサリと座る。
 シンラと私も腰を下ろすと、サノメが近くのちゃぶ台の上に茶を人数分出した。
 この部屋は、この階の客を迎える応接間みたいな感じなのだろうか?
「志帆、この燈倭とうわは口は悪いけど、根は悪い奴じゃない……たぶん」
「たぶんてなんだぁ?」
 この二人の会話……ちょっと面白いかも。
 中々良いコンビな気もする。

「トウワさんはシンラと、とても仲が良いんですね」
「ん、あぁ……まぁな。そんなこと面と向かって言われたのは初めてだけどよ」
「ふふ」
 私が笑うとトウワさんは少し驚いたあとに、「あんた、可愛いな」と言ってきた。
 そんなこと面と向かって言われたのは私も初めてです。思わず赤面しちゃいます。
「……ちょっと、人の嫁に勝手に惚れないでよ?」
「自分より格上な狐神の嫁を、横取りする気はさらさらねぇよ」
「格下でもダメだから。罰を喰らうよ。分かっているでしょう?」
「……ふん」

 シンラの顔が少々お怖いが、綺麗だから許されますね。それにしても……。
「トウワさんはシンラより10階層下……」
 つまり、この建物は10階建てかそれ以上?
 というかここに狐神はどのくらいの数がいるのだろうか。
「言っとっけど、10階層下でも間にニ神しかいねぇからな? 神羅の力が強すぎるだけで、ここは神不在の階も多いんだ。俺らの他に狐神は六神いるが、ここの階層は無限に造られる仕組みで空きも多い」
「そもそも一つの土地に狐神はそんなに生まれないからね」
 ということは全部で八神いるということか。
 それに無限に造られる神の家ってすごいな。
 もはや人智を超えている。
 まぁだから神の住処なんだろうけども。 

「つまり、嫁をもらっても子供は生まれないということですか?」
「神は人からは生まれねぇな。天変地異が起きたりすると、突然入れ替わったりすることもあるが、最近だと、二百年前に神羅が生まれたキリだな」
 トウワさんの言葉が正しいなら、世継ぎのために私がここにめとられたわけではなかったということか。
 そうすると、色々と腑に落ちない点が出てくる。
「なら、どうしてあなたがた神は、人の嫁をめとるんです?」
「それはね……はるか昔から決めた人との決まり事。土地神としてこの地を護る代わりに、百年に一度生贄生娘を捧げると。その約束がこの土地にはまだ生きているんだ。今年がちょうど百年に一度の年で、嫁のいない狐神がこの土地で純潔の娘を探している」

 大昔のが決めた決まり事……。
 つまり、このが未だに行われていることの直接的な原因は、人が交わした過去の契約という縛りのせい。
 そこまで遡ってくると、これはもう誰が悪いとか良いとかそういうレベルの問題ではない。
 そう、たまたま私にが当たった。本当にとしか言えなくなってくる。
「俺たちは人と結んだ契約を勝手に反故はごにしたりはできない。人はすぐに忘れたり、簡単にけどね。だからたまにバチが当たるんだ」
 人はあなたたちのように長生きではないからね。
 時代の流れによって、事情も変わってくる。
 今の社会に生きる人たちは、きっとこんな迷信じみた神の言葉など信じないだろう。
 実体験でもしない限りは。

「俺とイイコトしねぇか? って、声かけりゃ即効でついてくるクセに処女じゃねぇからな」
「その言葉でついてくる人は、逆に経験豊富だと思うのですが……」
 それ、ナンパの仕方、根本的に間違ってます。
 その言葉の誘いでOK出す未経験女性はたぶんいません。
「あ? どういうことだよ。人間ってわからねぇな」
「百年前と今では価値観も違いますし……」
 私のこの言葉に今度はシンラも驚いたような顔をした。
「志帆は生娘だったじゃないか」
「それは彼氏ができたことがなかったから、たまたまです。私だって……」
 私だって彼氏がいたら、ここにもきっと彼氏と来てた。
 そしたらシンラや他の狐神に狙われなかったのかな。
 今となってはもう遅いことだけど。
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