隠し村の狐神〜異類婚姻譚〜

みなみ抄花

文字の大きさ
上 下
5 / 41
第一章

五話

しおりを挟む
 私は神の家の廊下と部屋をひたすら歩く。
 ただ部屋に篭っていても詰まらないので、朝から今までの長い時間、ずっとこの階を視察していた。
 しかし、この階の広さは、はっきり言って予想以上である。
 私がいた部屋と湯屋以外の部屋数を数えたら、施錠されて開けられない部屋を除いても、なんと32個もあった。
 広いなんてレベルのものじゃない。
 もはや異常すぎる空間である。

 そして、サノメがこの階に上がってくる時に使っている、簡易なエレベーターのような部屋。
 ここを降りれば、下に出られるのだろうか。
 私は興味本位にこの部屋をまじまじと観察していた。
「ん? これがボタンかな?」
「奥方は下が気になりますか?」
「うわっ!」
 突然声がして、振り返るといつの間にか後ろにサノメがいた。
 朝からずっと怪しい動きをしている私を、サノメは監視していたのかもしれない。

「サノメ、どうしてこの村に来たら、人は外に出られなくなるのですか?」
「こちらに足を踏み入れた人間は、向こう側では姿が見えなくなるゆえ」
「え、つまり幽霊……?!」
 サノメは横に少しだけ首を傾けた。
「人の世界からしたら、そのようなモノと同じかもしれませぬ。神の力で不老になり隠される、これがこの村に来た人間の運命」
 サノメの言っていることが本当なら、私は人の世界では見えない存在となってしまったということか。
 これは確かに村だ。
 神も人も隠された村。

 今、自分がかなり暇なことを伝えると、サノメは棚からお手玉や千代紙をたくさん出してきた。
 お手玉は上手にできなかったので、そちらはサノメに任せて私は定番の鶴を折る。
「奥方は狐も作れますか?」
 私は簡単な方の狐を折って、サノメに渡した。
 サノメは喜んでいて、お礼にとお手玉5個の投げ技を鼻を使ってまで披露してくれた。
「私には妻も子もおりまする」
「なら家族も作りましょうか?」
 サノメから糸切りバサミを借りて、少し小さく切った千代紙と、さらに小さく切った千代紙で狐を折る。
 子の数は4だから、折り紙の数もそこに合わせた。
「奥方に折ってもらった、やれ嬉しや。家族へ土産にして宝物にしまする」
 狐の顔の表情はあまり分からないけど、サノメが喜んでくれたのは素直に嬉しく感じた。
 そしてそのまま鶴や狐を造り続けていたら、いつの間にか日が傾いている。
 こんな神秘的な場所でも、ちゃんと日は暮れるんだな。

   ◇  ◇  ◇

「……志帆、ダメじゃないか、何も食べていないなんて」
 しばらくして、シンラが帰ってきた。
 思っていたより早かったな。
 もっと何日もいないものかと。
「そんな顔をしなくても、また出かけるよ。志帆が心配になって少しだけ寄ったんだ。それよりもほら、食事をお食べ。このままでは死んでしまうよ」
 私はシンラに抱き抱えられて、食事を口に運ばれる。でも私は口を開けなかった。
 ここの食べ物を口にしたら、本当にもう戻れないかもしれないって思ってしまうから。

「志帆、怒ってるの? 参ったな」
 私はシンラのそばから離れる。
 今は口も聞きたくないのだ。
 黙って部屋から出ようとするが……。
「……サノメ」
「はっ」
「今、志帆がここで食べなかったらお前は死ぬ」
「はい、死にますゆえ」
 サノメはそう言ってシンラの前にひざまずき、顔を下にして、神に手をかけられるのを待っていた。
 サノメのそんな姿を見たら、私は無責任に部屋を出ていくことなんかできない。
 今まで世話をしてくれたこの妖狐を見捨てることになるのだ。

「シンラ……卑怯ですね」
「神の妻の面倒も見れないんだ。そんな役立たずはいらないだろ?」 
 私はベッドに置いてある食事のお盆を自分の膝に乗せて、料理を口に運んだ。
 その私の行動にサノメは大層驚いていたが、シンラはそれでいいと私の頭を撫でる。
「俺のことは好きにならなくても良いから、自分は大事にしてくれ」
 私は黙って頷きながら、シンラとは目を合わせず、静かに食べ続ける。
 
「あ……志帆、千代紙を折ったんだね、しかもこんなに。狐と鶴か……」
「はい、サノメもいただいたのです」
 私が折った狐や鶴に、シンラがフゥと息を吹き込むと、ただの千代紙が突然命をもったように動き出した。
 部屋の中を楽しそうに動く紙の狐や鶴たちに、私はつい目を奪われてしまう。
「すごい……」
「朝方には解けてしまう神力だけど、また見たくなったらいつでも持っておいで」
 そう優しく微笑むシンラに私は思わず頬が赤くなる。
 そしてシンラが神であることを今さらながら理解したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

この度、運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
※章ごとに主人公が変わるオムニバス形式 ・青龍の章: 蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。 ・朱雀の章: 美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

[完結]裏切りの学園 〜親友・恋人・教師に葬られた学園マドンナの復讐

青空一夏
恋愛
 高校時代、完璧な優等生であった七瀬凛(ななせ りん)は、親友・恋人・教師による壮絶な裏切りにより、人生を徹底的に破壊された。  彼女の家族は死に追いやられ、彼女自身も冤罪を着せられた挙げ句、刑務所に送られる。 「何もかも失った……」そう思った彼女だったが、獄中である人物の助けを受け、地獄から這い上がる。  数年後、凛は名前も身分も変え、復讐のために社会に舞い戻るのだが…… ※全6話ぐらい。字数は一話あたり4000文字から5000文字です。

処理中です...