隠し村の狐神〜異類婚姻譚〜

みなみ抄花

文字の大きさ
上 下
2 / 41
第一章

二話

しおりを挟む
 車で運転して分かったこと。
 この辺は信号というものが少なく、あっても点滅の黄色信号だったりする。
 すれ違う車が本当に少なくて、長い間自分の車しか走っていない時もあった。
 道は整備されていて車道も広く、ずっと一本道だ。
 周りを見渡せば木、木、木ばかりである。

 車で走っていると、道路わきに手打ち蕎麦のお店の看板が、ぽつぽつと間隔を空けて目に入ってくる。
 ここ山梨の水はとても美味しい。
 わかくさ村では手洗い場ですら、そのまま飲めるほどに水が澄んでいるのだとか。
 Y山はお水がとても美味しいから、きっとお蕎麦も美味しく打てるのだろう。
 武田信玄の歴史に深い有名な湧水もあるくらいなのだ。
 そんなこんなで、観光一日目にして私はすっかりH市ならびY山の虜なのである。


 ある程度車を走らせた後、私は停車できる場所に車を停めた。
 外に出て、深呼吸をしてみる。
(排気ガスのにおいが全然がしない。空気がとても澄んでいる)
 冬は雪も多い地方だが、標高が高いためかこの時期でも日中の陽射しはけっこう強かった。
 しかし朝晩はいきなり冷えて、気温は一桁にもなるという。急な気温変化による体調管理には気をつけないといけないな。

 私は軽装の観光客でも気軽に歩けるようになっている山道さんどうを少し歩いた。
 しばらく行くと、人の体よりもずっと大きな岩がゴロゴロと転がっているのが見える。
 これは富士山が噴火した時に飛んできたものだという。
 こんな離れたところまで届く、富士山の威力のすごさを強く感じた。

 歩き続けると、周りの山を一望できる場所に出た。
 大きな声を出せば木霊こだまでも返ってきそうな所である。一人でやるのは少し恥ずかしいのでしないけど。
 綺麗な景色も見れたので、私はそろそろ帰ろうかと来た道へ引き返す。
 すると、道のわきに気になるものが目に入った。
(ここを通った時、こんなのあったかな)

『隠し村』

 そう書かれた、とても年代を感じる木製の立て看板だ。
(ずいぶんと年季のある……)
 このY山では普通に熊も出るらしい。
 今の時期は冬眠も冷めて、お腹も空かせている頃だから色々と気をつけないといけない。
 少し不安になった私は、歩く足を速めた。


「……?」
 おかしい……さっきと周りの様子が違う。
 こんな帰り道だっただろうか。
(もしかして道に迷ったかな。こういう時は、一度スマホで地図をチェック……)
 私はポーチからスマートフォンを取り出した。しかし、ここは山の中……電波があれば良いけれど。
(はぁ……やっぱり圏外。これは参った)
 闇雲に歩くのは危険だが、なにかおかしい。
 ここへ来た時はそこまでの時間はかからなかった。
 せいぜい歩いて20分くらいだ。
 しかし、引き返してからもう一時間になる。 
 それにさっきはこんな道、通らなかった……。


(あ……また看板)
 今度こそ目印になるかな?
 私はそこまで早足で足を進めた。
 しかしそこに書かれていたのは……。

『隠し村』

「そんな……どうして……」
 それは先ほど見たものと同じ看板だった。
 もしかしてまた道を戻ってしまった?
 ……いや、そんなことはない。
 絶対に看板は無視して、来た道をそのまま進んだはずだ。
 もうすぐ日が暮れる。
 夜の山にずっと居ては危険だ。
(かと言って、この『隠し村』に行くのはさすがに……)
 私は何故かぶるっと寒気がして、慌てて首を横に振った。
 
「……君、こんな所で一人でどうしたの? 危ないよ?」
「ひ!」
 突然後ろからかかった人の声に私は驚いた。
 ……が、それと同時に安堵もした。
 どんな人かは分からないけれど、一人で山の中にいるよりはずっとマシだ……どうか良い人であることを願って……。
「あ、実は道に迷ってしまいま……して……」
 私はそう言って、後ろを振り向いた。
 目の前にいたのは、古風な着物と袴を着こなした男の子である。
 それにしても……この子、なんて綺麗な顔をお持ちなんだろう。
 ちょっと直視するのもはばかれるような。
 しかも髪の色が白に近い銀髪? 美麗顔には似合っているが、随分と明るく染めているようだ。あまりチャラそうには見えないのに。

「道に迷ってしまったんだね。なら案内しようか?」
「ほ……本当ですか? ありがとうございます。助かります」
 良かった……とても優しそうな男の子だった。
 私はお礼を言って、前を歩く少年の後ろをついていく。
「これも縁だし、君の名前を聞いても良い?」
「あ、私は志帆です。笹木ささき志帆しほと言います」
「綺麗な名前……俺は蒼狐そうこ神羅しんら。シンラって気軽に呼んでいいよ。志帆、よろしくね?」
 い、いきなり呼び捨て……こんな綺麗な子に下の名前を呼ばれるはちょっと恥ずかしい。
 えーっと、私の方はシンラくん……で良いかな?
 私より絶対に年下だろうし。

「志帆はどこから来たの?」
「東京ですね。今は旅行中でして」
「へぇ、あのやたら人の多いところ……」
「え、えぇ……まぁね」
 私はシンラくんに誘導されて、獣道のようなところを歩いていく。
 それにしてもこの子、どこから来たのだろう?
 着物も着てるし、もしかして近くにあるお寺や神社の子なのかな……?
 それにしても本当に綺麗な子だな。
 ここまで整った顔立ちの子は今まで見たことがない……。

「好きな魂のカタチ……スタイルも良い。顔も悪くない」
「……? 何か言いました?」
 少し前を行くシンラくんが、聞き取れないほどの小さな声で何かを言っている。
「なんでもないよ、志帆。こっちのこと……あ、ちょっと失礼……」
「? なん……い、痛っ!」
 シンラくんに首の後ろを何かされて少し驚いた。
 今の、チクッてしたの何……?
「虫がいたから……払った」
「あ、ありがとうございます。なんか刺されましたかね……今も首の後ろあたりがチクチクと……」
 あとでホテルに戻ったら確認してみよう。
 毒素が強くない虫ならばいいのだけど。

「これは……早いもの勝ちだから、俺が最初に見つけて良かった……クスクス」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~ after story

けいこ
恋愛
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~ のafter storyになります😃 よろしければぜひ、本編を読んで頂いた後にご覧下さい🌸🌸

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

この度、運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
※章ごとに主人公が変わるオムニバス形式 ・青龍の章: 蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。 ・朱雀の章: 美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

処理中です...