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第一章
二話
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車で運転して分かったこと。
この辺は信号というものが少なく、あっても点滅の黄色信号だったりする。
すれ違う車が本当に少なくて、長い間自分の車しか走っていない時もあった。
道は整備されていて車道も広く、ずっと一本道だ。
周りを見渡せば木、木、木ばかりである。
車で走っていると、道路わきに手打ち蕎麦のお店の看板が、ぽつぽつと間隔を空けて目に入ってくる。
ここ山梨の水はとても美味しい。
わかくさ村では手洗い場ですら、そのまま飲めるほどに水が澄んでいるのだとか。
Y山はお水がとても美味しいから、きっとお蕎麦も美味しく打てるのだろう。
武田信玄の歴史に深い有名な湧水もあるくらいなのだ。
そんなこんなで、観光一日目にして私はすっかりH市ならびY山の虜なのである。
ある程度車を走らせた後、私は停車できる場所に車を停めた。
外に出て、深呼吸をしてみる。
(排気ガスのにおいが全然がしない。空気がとても澄んでいる)
冬は雪も多い地方だが、標高が高いためかこの時期でも日中の陽射しはけっこう強かった。
しかし朝晩はいきなり冷えて、気温は一桁にもなるという。急な気温変化による体調管理には気をつけないといけないな。
私は軽装の観光客でも気軽に歩けるようになっている山道を少し歩いた。
しばらく行くと、人の体よりもずっと大きな岩がゴロゴロと転がっているのが見える。
これは富士山が噴火した時に飛んできたものだという。
こんな離れたところまで届く、富士山の威力のすごさを強く感じた。
歩き続けると、周りの山を一望できる場所に出た。
大きな声を出せば木霊でも返ってきそうな所である。一人でやるのは少し恥ずかしいのでしないけど。
綺麗な景色も見れたので、私はそろそろ帰ろうかと来た道へ引き返す。
すると、道のわきに気になるものが目に入った。
(ここを通った時、こんなのあったかな)
『隠し村』
そう書かれた、とても年代を感じる木製の立て看板だ。
(ずいぶんと年季のある……)
このY山では普通に熊も出るらしい。
今の時期は冬眠も冷めて、お腹も空かせている頃だから色々と気をつけないといけない。
少し不安になった私は、歩く足を速めた。
「……?」
おかしい……さっきと周りの様子が違う。
こんな帰り道だっただろうか。
(もしかして道に迷ったかな。こういう時は、一度スマホで地図をチェック……)
私はポーチからスマートフォンを取り出した。しかし、ここは山の中……電波があれば良いけれど。
(はぁ……やっぱり圏外。これは参った)
闇雲に歩くのは危険だが、なにかおかしい。
ここへ来た時はそこまでの時間はかからなかった。
せいぜい歩いて20分くらいだ。
しかし、引き返してからもう一時間になる。
それにさっきはこんな道、通らなかった……。
(あ……また看板)
今度こそ目印になるかな?
私はそこまで早足で足を進めた。
しかしそこに書かれていたのは……。
『隠し村』
「そんな……どうして……」
それは先ほど見たものと同じ看板だった。
もしかしてまた道を戻ってしまった?
……いや、そんなことはない。
絶対に看板は無視して、来た道をそのまま進んだはずだ。
もうすぐ日が暮れる。
夜の山にずっと居ては危険だ。
(かと言って、この『隠し村』に行くのはさすがに……)
私は何故かぶるっと寒気がして、慌てて首を横に振った。
「……君、こんな所で一人でどうしたの? 危ないよ?」
「ひ!」
突然後ろからかかった人の声に私は驚いた。
……が、それと同時に安堵もした。
どんな人かは分からないけれど、一人で山の中にいるよりはずっとマシだ……どうか良い人であることを願って……。
「あ、実は道に迷ってしまいま……して……」
私はそう言って、後ろを振り向いた。
目の前にいたのは、古風な着物と袴を着こなした男の子である。
それにしても……この子、なんて綺麗な顔をお持ちなんだろう。
ちょっと直視するのも憚れるような。
しかも髪の色が白に近い銀髪? 美麗顔には似合っているが、随分と明るく染めているようだ。あまりチャラそうには見えないのに。
「道に迷ってしまったんだね。なら案内しようか?」
「ほ……本当ですか? ありがとうございます。助かります」
良かった……とても優しそうな男の子だった。
私はお礼を言って、前を歩く少年の後ろをついていく。
「これも縁だし、君の名前を聞いても良い?」
「あ、私は志帆です。笹木志帆と言います」
「綺麗な名前……俺は蒼狐神羅。シンラって気軽に呼んでいいよ。志帆、よろしくね?」
い、いきなり呼び捨て……こんな綺麗な子に下の名前を呼ばれるはちょっと恥ずかしい。
えーっと、私の方はシンラくん……で良いかな?
私より絶対に年下だろうし。
「志帆はどこから来たの?」
「東京ですね。今は旅行中でして」
「へぇ、あのやたら人の多いところ……」
「え、えぇ……まぁね」
私はシンラくんに誘導されて、獣道のようなところを歩いていく。
それにしてもこの子、どこから来たのだろう?
着物も着てるし、もしかして近くにあるお寺や神社の子なのかな……?
それにしても本当に綺麗な子だな。
ここまで整った顔立ちの子は今まで見たことがない……。
「好きな魂のカタチ……スタイルも良い。顔も悪くない」
「……? 何か言いました?」
少し前を行くシンラくんが、聞き取れないほどの小さな声で何かを言っている。
「なんでもないよ、志帆。こっちのこと……あ、ちょっと失礼……」
「? なん……い、痛っ!」
シンラくんに首の後ろを何かされて少し驚いた。
今の、チクッてしたの何……?
「虫がいたから……払った」
「あ、ありがとうございます。なんか刺されましたかね……今も首の後ろあたりがチクチクと……」
あとでホテルに戻ったら確認してみよう。
毒素が強くない虫ならばいいのだけど。
「これは上物……早いもの勝ちだから、俺が最初に見つけて良かった……クスクス」
この辺は信号というものが少なく、あっても点滅の黄色信号だったりする。
すれ違う車が本当に少なくて、長い間自分の車しか走っていない時もあった。
道は整備されていて車道も広く、ずっと一本道だ。
周りを見渡せば木、木、木ばかりである。
車で走っていると、道路わきに手打ち蕎麦のお店の看板が、ぽつぽつと間隔を空けて目に入ってくる。
ここ山梨の水はとても美味しい。
わかくさ村では手洗い場ですら、そのまま飲めるほどに水が澄んでいるのだとか。
Y山はお水がとても美味しいから、きっとお蕎麦も美味しく打てるのだろう。
武田信玄の歴史に深い有名な湧水もあるくらいなのだ。
そんなこんなで、観光一日目にして私はすっかりH市ならびY山の虜なのである。
ある程度車を走らせた後、私は停車できる場所に車を停めた。
外に出て、深呼吸をしてみる。
(排気ガスのにおいが全然がしない。空気がとても澄んでいる)
冬は雪も多い地方だが、標高が高いためかこの時期でも日中の陽射しはけっこう強かった。
しかし朝晩はいきなり冷えて、気温は一桁にもなるという。急な気温変化による体調管理には気をつけないといけないな。
私は軽装の観光客でも気軽に歩けるようになっている山道を少し歩いた。
しばらく行くと、人の体よりもずっと大きな岩がゴロゴロと転がっているのが見える。
これは富士山が噴火した時に飛んできたものだという。
こんな離れたところまで届く、富士山の威力のすごさを強く感じた。
歩き続けると、周りの山を一望できる場所に出た。
大きな声を出せば木霊でも返ってきそうな所である。一人でやるのは少し恥ずかしいのでしないけど。
綺麗な景色も見れたので、私はそろそろ帰ろうかと来た道へ引き返す。
すると、道のわきに気になるものが目に入った。
(ここを通った時、こんなのあったかな)
『隠し村』
そう書かれた、とても年代を感じる木製の立て看板だ。
(ずいぶんと年季のある……)
このY山では普通に熊も出るらしい。
今の時期は冬眠も冷めて、お腹も空かせている頃だから色々と気をつけないといけない。
少し不安になった私は、歩く足を速めた。
「……?」
おかしい……さっきと周りの様子が違う。
こんな帰り道だっただろうか。
(もしかして道に迷ったかな。こういう時は、一度スマホで地図をチェック……)
私はポーチからスマートフォンを取り出した。しかし、ここは山の中……電波があれば良いけれど。
(はぁ……やっぱり圏外。これは参った)
闇雲に歩くのは危険だが、なにかおかしい。
ここへ来た時はそこまでの時間はかからなかった。
せいぜい歩いて20分くらいだ。
しかし、引き返してからもう一時間になる。
それにさっきはこんな道、通らなかった……。
(あ……また看板)
今度こそ目印になるかな?
私はそこまで早足で足を進めた。
しかしそこに書かれていたのは……。
『隠し村』
「そんな……どうして……」
それは先ほど見たものと同じ看板だった。
もしかしてまた道を戻ってしまった?
……いや、そんなことはない。
絶対に看板は無視して、来た道をそのまま進んだはずだ。
もうすぐ日が暮れる。
夜の山にずっと居ては危険だ。
(かと言って、この『隠し村』に行くのはさすがに……)
私は何故かぶるっと寒気がして、慌てて首を横に振った。
「……君、こんな所で一人でどうしたの? 危ないよ?」
「ひ!」
突然後ろからかかった人の声に私は驚いた。
……が、それと同時に安堵もした。
どんな人かは分からないけれど、一人で山の中にいるよりはずっとマシだ……どうか良い人であることを願って……。
「あ、実は道に迷ってしまいま……して……」
私はそう言って、後ろを振り向いた。
目の前にいたのは、古風な着物と袴を着こなした男の子である。
それにしても……この子、なんて綺麗な顔をお持ちなんだろう。
ちょっと直視するのも憚れるような。
しかも髪の色が白に近い銀髪? 美麗顔には似合っているが、随分と明るく染めているようだ。あまりチャラそうには見えないのに。
「道に迷ってしまったんだね。なら案内しようか?」
「ほ……本当ですか? ありがとうございます。助かります」
良かった……とても優しそうな男の子だった。
私はお礼を言って、前を歩く少年の後ろをついていく。
「これも縁だし、君の名前を聞いても良い?」
「あ、私は志帆です。笹木志帆と言います」
「綺麗な名前……俺は蒼狐神羅。シンラって気軽に呼んでいいよ。志帆、よろしくね?」
い、いきなり呼び捨て……こんな綺麗な子に下の名前を呼ばれるはちょっと恥ずかしい。
えーっと、私の方はシンラくん……で良いかな?
私より絶対に年下だろうし。
「志帆はどこから来たの?」
「東京ですね。今は旅行中でして」
「へぇ、あのやたら人の多いところ……」
「え、えぇ……まぁね」
私はシンラくんに誘導されて、獣道のようなところを歩いていく。
それにしてもこの子、どこから来たのだろう?
着物も着てるし、もしかして近くにあるお寺や神社の子なのかな……?
それにしても本当に綺麗な子だな。
ここまで整った顔立ちの子は今まで見たことがない……。
「好きな魂のカタチ……スタイルも良い。顔も悪くない」
「……? 何か言いました?」
少し前を行くシンラくんが、聞き取れないほどの小さな声で何かを言っている。
「なんでもないよ、志帆。こっちのこと……あ、ちょっと失礼……」
「? なん……い、痛っ!」
シンラくんに首の後ろを何かされて少し驚いた。
今の、チクッてしたの何……?
「虫がいたから……払った」
「あ、ありがとうございます。なんか刺されましたかね……今も首の後ろあたりがチクチクと……」
あとでホテルに戻ったら確認してみよう。
毒素が強くない虫ならばいいのだけど。
「これは上物……早いもの勝ちだから、俺が最初に見つけて良かった……クスクス」
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