転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました[3]

みなみ抄花

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第二章

十八話

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 小さな姿の精神体が体の中へと戻ると、リオは少しだけ苦しそうに顔を歪めた後、ゆっくりと目を開けた。
「リオ……」
 金色に光るリオの瞳が私の顔を捉える。
 すると急に上体を起こして、驚いた表情で辺りを見回した。
「ソア……いったい何がどうなって……」
 リオにしては珍しく混乱しているのか、自身の額に手を当てながら、しばらく考え込んでいる。
 私は黙ってそばに付いていると、リオは「はっ」と何かに気がついたような顔をして、再びこちらの目を見た。
 そしてボタンが所々外れてしまっている私の服の状態を確認すると、大きなため息と共に落胆の表情を見せる。
「俺は……ソアを……」
「リオ」
 私はリオの言葉を遮るように、彼の唇にそっと口付けをした。
 普段はすることがない私の突飛な行動に、リオは目を見開き驚いた顔をする。
 しかしそれでも無言で彼を求める私の行為に、リオは微笑を浮かべながら目を閉じて、私のキスに優しく応えてくれた。
 どこかぎこちない私主導のキスは、リオの満足いくものではなかったかもしれない。
 でも、それでも……今は私からキスがしたかった。

「……きっとリオのせいじゃない。それに私はどんな姿になっても……あなたが好きだから」
「ソア……」
 生きててくれるだけで、こうやってまた話ができるだけで私は……。
 起き上がらせていた上半身を、リオは再び地面へと下ろすと、私の顔を優しく両手でつかみ、唇が触れそうになるくらい近くに寄せた。
 触れそうで触れない距離がかえって恥じらいを生み、お互いの息が唇にかかるたびに、少しずつ呼吸が荒くなってくる。
 そして雰囲気に流されるがまま、私はリオの体の上に跨り、舌を絡めながら愛情を確かめるように深い深いキスをした。
 吐息と一緒に漏れるいやらしい音は次第に周りへと響き、リオと触れ合っている体のあちこちがとても熱い。

「リオ……あの先に何かあるみたいなの……」
 リオの唇から離れ、少し呼吸を整えてから、私は庭園の北東の方を指さした。
 そこは大きな木が生い茂り、この荒れた庭から少し隔絶された場所にある。
 その先にいったい何があるのか、距離が離れたここからでは生憎見当もつかないのだが、精神体だったリオが教えてくれた大事な手がかりだった。
「……分かった。行ってみよう。ただその前に……」 
 リオは立ち上がり、自分の服から宝石のついたピンブローチを何個か外すと、ボタンが外れてしまった私のコートの上に、丁寧に付けてくれた。
 そのブローチの中には、かなり装飾が豪華なものもあって……。
「これ、リオが国からもらった勲章とかじゃないの?」
「別に構わない」
「でも……」
「ソアの服が乱れてるところを、誰かに見られる方が耐えられねーから」
 誰かに……とは言っても、ここはむしろお化けでも出てきそうな廃墟ともいえる荒れた場所。
 生きた人間が住んでいるとはとても思えない。
 私もこんな格好で、この深い地下庭園まで降りてきてしまったけれど、実際リオ本体リオ精神体しかいなかったもの。

 リオと私は、警戒しながら荒れた庭園の奥へと進む。
 そして大きな木々に囲われた目的の場所に足を運ぶと、均等に並べられた石像の道の先に、小さな墓地があった。
「お墓の周りに黒いモヤが……さっきの日記よりも強い。私が先にあの場所へ行って浄化を試してみるから、リオは絶対に近づかないで……」
「わかった」
 私はリオを遠ざけ、ゆっくりとお墓のそばまで近づくと、黒いモヤにそっと触れた。
 そして浄化の魔法を発動させると、少しずつ周りの空気が綺麗になってくる。
 例の黒いモヤが完全に消え去ったのを確認した私は、離れた場所で待機していたリオに声をかけた。
 リオは歩きながら、例の魔光石をポケットから取り出すと、石に魔力を込めて素早く展開させていく。
 リオの魔力が入った魔光石は淡いオレンジ色の光を放ちながら、ゆらゆらと私たちの周りを優しく照らした。
「わぁ、かなり明るくなった。リオ、ありがとう」
「いや」
 
 私とリオは、モヤがかかっていた墓石の文字をじっくりと見てみる。
「偉大なるルドルフ・ダンシェケルト、ここに眠る……か。日付は10年以上前だな」
 横にあるのは、この方の妻のお墓だろうか……日付を見ると、ルドルフさんが亡くなる随分と前に鬼籍に入っていたようである。
 私はお墓の前にしゃがみ込むと、両方の手を静かに合わせた。
 この私の一連の行動に、リオは心底不思議そうな顔をしてこちらを見ていたが、まぁ無理もない。
 これは日本人特有の、仏様に対する習慣なわけだから。
(食事の前のいただきますと一緒です)

「前の成就者……ちょうどこのくらいの時期だな。確かどちらかは病気だったって聞いてるが……俺も詳しくは知らねえんだ」
 私はカバンから名前の削られた日記を取り出すと、リオと一緒に読んでみる。
 その中にはルドルフさんの悲痛な想いや毎日の出来事が、美しい文字によって綿密に綴られていた。
 そして最後のページにはこうも書かれている。
『シュノルゲルンの地域でたまに見つかるクリスタルは、この星が作られた時に漏れたエネルギーの塊の、成れの果ての姿だと言われている。
 その殆どが大した力はないものの、稀に出る純度の高いものにはかなり優れた力が備わっていることがあり、特にシュノルゲルンの街にあるあのブルークリスタルは別格である。
 人間にとっては神からのギフトのようなもの。
 愛する妻を病で亡くし、自分を取り巻く闇の気持ちに随分と長く耐えてはきたが、いつか限界が来た時、恐ろしい自分の力が世界に暴れ出すのではないかと危惧した私は、ダンシェケルト家の財力をもって、シュノルゲルンの北の山の中にこっそりと神殿を建て、数人の従者と共にここで余生を過ごすことにする。
 ブルークリスタルの力があるこの国の中であれば、自分の黒い気持ちも抑え込めるのではないかと期待しながら……』
 日記はここで終わっていた。

「ルドルフさんも、リオと同じで膨大過ぎる自分の力にずっと苦しんでいたのかな……それにしても彼の死後、10年以上も経ってから、こんなに周りへと影響が出てしまうなんて……」
「おそらく俺がこの国に来たことで、ここに残されていた力が反応し、山の外に漏れ出してしまったんだな。魔物が出現した時期を考えても、そこはまず間違いねぇだろう」
 このことをシュノルゲルンの王がどこまで把握していたのか分からないけれど、かの王がここへ私たちを向かわせたのには、こういった事情があったのを知っていたからなのかもしれない。




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