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婚約とメイド

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 ホテルに戻り、まさかの告白に悶々としつつも、タマコさんとの約束の時間になり、株式と共に渡された部屋番号のメモの場所に向かう。
 部屋番号から大体の階数しか確認できていなかったため、エレベーターに備えつけてある地図で場所をしっかりと確認すると、一番良い部屋をとっているのか、高い階数にあり、間取りが広いことがわかった。
 流石に麻黒さんの家や、冬夜の家と同格と言われる家の主人だけはあるということだろう。

「失礼します」

 部屋のドアをノックすると「入ってきて良いわよ」と返事があり、あらかじめ扉が開いていることを察して扉を開ける。

「先ほどぶりです」

「いらっしゃい、秋也くん」

 中に入るとビル街の夜景が見えるガラス張りの広い部屋に、タマコさん、理事長、精華がいた。
 理事長まではなんとなくここにいる理由になんとなく察しはついたが、精華がいる理由がわからない。
 一応花園家の傘下の家であるということはあらかじめ知っているが、タマコさんとそこまで親しいという情報はなかったし、この愛タイミングで話すことに対しての接点があまりにもなさすぎる気がする。

「あら、ごめんなさい。あらかじめこのメンツで集まることも言っておけばよかったわね」

 タマコさんは俺の困惑を見抜いたのか、そう呟くとそう微笑む。
 その微笑みは我が子を慈しむようなものでとてもではないが、ヤクザの長には見えない。
 隣にいる理事長がその笑みに怯えた表情をしていなければ、ヤクザの長ということも一瞬であれ忘れたかもしれない。

「二人とも秋也くんは会ったことがあると思うけど、認識をすり合わせるために私の口から自己紹介させてもらうわね。近くで控えているのが、今日から使用人になった天弦綺羅ちゃん。それから後ろにいるのが私の娘の精華」

「色々とツッコミどころが多いですけど、精華のお母さんはタマコさんなんですか? 俺はバイトの時に精華の親御さんと会ったことがあるんですけど、初老の夫婦の方ですし、何より苗字が全く違うような気がするんですけど」

 突然の情報の開示に面を食らいつつも、事前に理事長の衝撃があったために耐性がついており、動揺せずに俺の認識とのズレについて質問する。
「話が早くて助かるわね」と一人ごちるとタマコさんは俺の質問に答えた。

「あなたのところの社長ーーごっちゃんは私が直接依頼すると絶対に受けてくれないから、娘の家庭教師をしてももらうためにはごっちゃんとある程度信頼関係のある家に依頼するしかなかったのよ。だからバイト先で出会ったあの人たちは精華とは仲がいいけど赤の他人ね。私と精華の苗字が違うのは、花園珠子という名前が襲名したものだから。私の本の名前は聖華連」

「複雑な事情があったんですね。それでこれが本来の家族ってことですか」

 確かに初老の夫婦と比べるとタマコさんの方が精華には似通ったところがあるか。
 初老の夫婦が精華の両親という刷り込みがあるので若干釈然としない感じはあるが、精華がジト目をしつつも否定しないところを見ると事実であることは間違いないのだろう。

「精華がいるのは今日の話し合いに関係があるんですか?」

「そうよ。秋也くんには精華と婚約してほしくて」

「え!?」

 いきなり婚約を引き合いに出されて、俺が麻痺すると、後ろから顔を覗かせていた精華が素っ頓狂な声を上げた。
 驚きようからしてどうやら本人も知らされなかったようで、今口にされた婚約の件はタマコさんの独断のようだ。
 流石に婚約破棄されたばかりの人間に、間をおかずに婚約をするというのはどうなのだろうか。

「精華も流石にことであれには失望したし、未練もないでしょ。人の死を愚弄するようなことをしたのだから」

「それとこれとは別でしょ」

 今回の件で婚約者の近江くんに何かあったことは察していたが、タマコさんが冷えた声音を出しているところを見ると花園家にとってタブーなことしたらしい。
 だとしても家庭教師以外に特に縁がない俺と婚約するのは、見境がなさ過ぎる気がする。

「連れないわね、精華は。秋也くんはどう?」

「いや、流石に理由もなしに婚約っていきなり言われても」

「あら、うちの娘は見た目も性格もそこそこだと思うのだけど、それだけじゃダメなのね。理由としては秋也くんと一緒にいるのが一番安全そうだと思ったからよ。聞くところによると10年前に陽菜ちゃんを守って、今日のお昼も完膚なきまであのクソどもを叩きのめしたそうじゃない」

 あのクソども……。
 温厚そうなタマコさんがこうも悪様に語るのは珍しい。
 あの集団はタマコさんと鎬を削っている半グレ集団だったのかもしれない。
 過激な上に、徒党を組んでいたことを考えると可能性が高そうだ。
 あれはたまたま切り抜けられただけなので、タマコさんの評価は過大評価だ。

「いや、あれはたまたま俺の習得していたことと、あの連中がし掛けてきたことが一致していたがからで、必ずしも対応できるわけではないので俺のそばにいても安全は保証できませんよ」

「いやそれでもあなたはあれや他の人間と違って、あの連中に絆されることがないじゃない。それに秋也くんが対応できないような人間はあそこにはいないわよ」

「勝手に進めるのはやめて。今はそういうこと考えたくないから」

 俺に対して婚約を促しをすると、精華が心の負荷に耐えかねたようで部屋から退出する。

「あらあら、困ったわね。精華のことを思ってのことなのに」

 その様子を見送りながら、ほとほと困ったようにタマコさんが頬に手を当てる。

「私も今日は色々あって少し勇足になっちゃったみたいね。少し時間をとってあの子とまず話したよかったかしら。秋也くん、またの近くにこの話をすると思うから、婚約の話の答えについてはその時に聞かせてくれる」

「はあ、わかりました」

 何かしらの危険から精華を遠ざけることに協力するのはやぶさかでは無いので、とりあえず婚約の件については保留にする。
 婚約についても必ずしも結婚しないといけないものでもなければ、付き合わなけばいけないというわけでもない上に、俺は一般家庭の人間なので家上のしがらみがあるわけでもない。
 話も終わったので立ち去ろうと思うと、タマコさんに引き止められる。

「この子はしばらく自由に使っていいから」

 そう言われるとメイド姿の理事長を押し付けられた。



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