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本編
しおりを挟むダンジョン配信者。
10年近く前に俺が大成したいと夢見たものだ。
四年前に諦めて、今は俺はその裏方の配信者のマネージャーをやっている。
「伊藤さん、勘違いしないで欲しいんだが、あなたがSランクダンジョン『極みの門』の攻略配信の選抜メンバーに選ばれたのは一重にあなたの担当している配信者のおかげです。くれぐれも調子に乗らないようにお願いしますよ」
配信者を集めたミーティングの後、うちの事務所のNo.1配信者ーーヒカリンの担当マネージャーの大口さんは小言を言うと背を向けて去っていく。
「忠告ありがとうございます」
絡むのはいつものことなので軽く流していると、ヒカリンさんがこちらに向けて近寄ってきた。
「すいません、敦さん! 大口さんが……」
「気にしなくていいよ。いつものことだし、慣れてるから。それよりもヒカリンさん、登録者200万人おめでとう! 根を詰めすぎないように頑張ってね」
卒がない子なので大口さんのやったことに対してもフォローを入れているので、担当マネージャーのことまで気を使う必要がないことを伝えておく。
配信者は基本的にアイドルみたいなところもあって、普通のダンジョン攻略者のようにただダンジョンに潜っているだけではなく、ダンジョン関連の企業の広告塔の仕事もしなければならない。
スケジュールによっては寝る時間以外は仕事で埋まっている子もおり、ヒカリンさんはその中でもトップで寝る時間は2時間ほどしか取れていないはずだ。
それだと言うのに、マネージャーの人間関係の便宜を図ることまでしたら、過労で倒れかねない。
俺の方からスケジュールの調整の便宜を図っているが、大口さんとヒカリンさん本人から断れてしまっている。
現状、断っている理由としてはヒカリンさんはどんどん登録者も増えて売れてきているので勢いを殺したくないということだろうが、体の負担が大きいダンジョン配信を長時間、しかも睡眠時間削ってやるのは罷り間違えば死に直結しかねない。
本来であれば、マネージャーがブレーキを掛けるところだが、大口さんは配信者を抑制するよりも焚き付けるタイプの人なので、逆にヒカリンさんが望む以上のペースで仕事を入れていっている。
「ありがとうございます! すいません、配信が八王子の方であるので失礼します」
「怪我だけには気をつけてね」
ヒカリンさんは忙しなく大口さんの後を追っていく。
ダンジョンの魔素で身体能力が強化されているので、普通に歩けているように見えるが、足の運びがぎこちなくなっているのが見える。
疲労が隠せなくなっているので、痛々しいが俺にはこれ以上踏み込むことはできない。
ーーー
前回の会議から1週間経った。
明日の会議で、社長の決定によってどの配信者がSランクダンジョンの配信ができるか、決まる。
専業の冒険者でも一握りしか潜れないAランクの深層に潜れるほどの実力があり、人気もずば抜けて高いヒカリンさんになることは想像に難くない。
流石にSランクダンジョンの配信は事務所の一大プロジェクトなので、大口さんもある程度は仕事をキャンセルして、多少は余裕を持たせるだろう。
「敦!」
担当の配信者が新しく配信するしたいと希望を出していたダンジョンに、配信の許可をもらうために資料を作成していると、社長が焦った様子で俺の名前を叫ぶ声が聞こえた。
高校の時からの付き合いだが、ここまで切迫した顔は片手で数えられるほどしか見たことない。
「何かあったのか!?」
「大口さんがヒカリンさんを連れて、『極みの門』で冒険者協会に許可通さずに配信してる!!」
「大口さんが? ヒカリンさんで確定だっていうのになんでそんなことを……」
「ヒカリンさんはもうすでに仕事を受けれる余裕がないから、敦の方に振るっていたら途端これよ」
先に配信すれば、なし崩し的にヒカリンさんの方で配信する方に舵を取ることができると踏んでのことだろう。
そんなことをすれば、Sランクダンジョンの配信に合わせて宣伝するはずだったダンジョン関連製品の会社からクレームが来るし、まず冒険者協会から猛抗議されて、最悪うちの事務所に所属する配信者のダンジョンに入ることが一時的に制限される可能性もある。
「おかげで各所から猛抗議されるし、大口さんには電話が繋がらないし、踏んだり蹴ったり。敦、今から『極みの門』まで急いで行って、配信を止めに行ってもらえる」
「わかった。急いで行く。それまで大変だろうが、頑張ってくれ。俺も止めた後に合流して、お礼周りに参加するよ」
関係各所がご立腹な上、一刻も早く止める必要があるため、返事を聞かずに窓から飛び降りて、歩道を走っていく。
俺も昔は頻繁にダンジョンに入っており、魔素で体が強化されているので、長距離で無ければ、車で走るよりも足を使った方が早いため、今回は都内ということで車は利用しない。
「ヤバ! なんか風が荒ぶってるんだけど!」「高レベルの冒険者が走ってやがる、早すぎて影しか見えねえ!」
歩行者を避けていくと、魔力で強化してさらに加速する。
ーーー
Sランクダンジョン前にいる受付の人に冒険者カードを見せつつ、勢いを殺さずにそのままダンジョンに入っていく。
最高ランクダンジョンであり、潜れる人はほとんどいないということもあり、中は閑散としており、少し先に見えるヒカリンさんと大口さん、その様子を取る配信用ドローン以外の姿はない。
大口さんの至近にいるドローンの前に行き、配信を止めようと思うと、大口さんから血飛沫が舞い、倒れた。
見ると大口さんの正面に、Sランクダンジョンの深層にしかいない、鬼人が立っていた。
黒い靄を纏った鬼人は右手に持った刀を大口さんの首元に向けて、振り下ろそうとし、近くにいるヒカリンさんはあまりの事態に固まっている。
まずい。
このまま大口さんが殺されたら、放送事故になってしまう。
配信を切る前に、先に鬼人をどうにかしなければならない。
「止まれぇぇ!」
『ヤバい! ヒカリン逃げろ!』『貴重なマネさんが……』『強すぎるだろ、このオーガみたいなやつ……」
自動でコメントを読み上げるドローンの横を通り抜けると、助走をつけた拳を鬼人の顔面に叩き込む。
鬼人は横にある壁にめりこませることに成功し、ひとまず引き離すことには成功した。
「大口さん、ヒカリンさん、大丈夫ですか!」
「私は大丈夫ですけど、大口さんが!」
俺の魔法である白魔法を発動して、大口さんとヒカリンさんにヒールをかける。
「うっ!」
大口さんは呻き声を上げると、体を起こし始める。
結構深めに斬られたはずだが、元はSランク迷宮でも配信していた経験のある配信者ということもあり、タフなようだ。
「伊藤、よりにもよってお前か。しかも戦闘能力のない白魔法の使い手とは……。ヒカリンがどうやら一旦退けたようだが、奴は強い。とてもではないが倒せん、1人死ぬ奴が増えただけだ。それともなけなしの強化魔法で武器も持たず素手で戦うつもりか?」
大口さんは助太刀に入った俺が白魔法の使い手であることに落胆し、投げやりな態度になる。
期待外れでは悪いが、俺の戦闘手段は強化しかないので、大口さんの言った通りに戦わせてもらう。
『マネさん、諦めるな! その人、白魔法使いだけどヤバいから!』『どこの冒険者だよ! ヒカリンと同じくらいできるマネさんが霞むレベルとか強すぎだろ!』『最弱と名高い白魔法の使い手で今の一発はおかしいだろ』
「大口さん、敦さんならいけます!」
「ど、どういうことだ!?」
コメントとヒカリンさんの声を聞くと困惑したような声を上げる。
俺以外にはこんなスタイルの白魔法つかいはいないので、普通の反応だろう。
コメントの声で、配信をまだ止めていなかったことに気付き、止めようと思うと、壁の方から瓦礫の動く音が聞こえた。
「キェェェェ!」
瓦礫から這い出ると剣道の雄叫びのような叫び声を上げながら、剣を頭上から振り下ろしてきた。
先ほどは無強化のせいで、仕留め損なったので白魔法で筋力を強化して再び顔面に拳を打ち込む。
顔面が弾け飛ぶと、体が力無く倒れ、そのまま灰になっていく。
『ワンパンで草』『オーラ纏って強化したのはわかったけど、おかしすぎて草』『てか早すぎて動きが見えなくて草』『なんで鬼の方が早く攻撃仕掛けてるのに、先に拳が入ってるんだよ……』
「ヒカリンさんの配信を見て頂いてる皆様申し訳ありませんが、ここで配信を終了させて頂きます」
「敦さん!」
「ヒ、ヒカリンさん!?」
ドローンの配信機能をOFFにすると同時にヒカリンさんが抱きついてきた。
映るかどうか、ギリギリのタイミングでヒヤりとする。
危うく死にかけたところでしょうがないかもしれないが、危うく放送事故、延いては炎上になるところだった。
ーーー
「大口さん、今回の事態でどれだけ信用を失ったと思いますか?」
笑顔だというのに、酷く冷えた声音で出す社長に、大口大火は冷や汗を流す。
年下で、女性ということもあり、舐めていた手前、こんな態度を取るとも大口は思ってもいなかった。
「いえですが、今回のプロジェクトは私の担当しているヒカリンでなければ。それに今回のことが成功していればスポンサーも納得したはず」
「私の質問を無視してたらればの妄想を語らないで下さい。不愉快です」
大口が言い訳をしようとすると、社長はすぐに切って捨てる。
大口は取り付く島もない状態に顔を青くすると、トドメを刺すように、社長は言葉を続けた。
「大口さん、失望しました。明日からここに来なくて結構です」
大口はその言葉を聞くと、その場でくずれ落ちた。
ーーー
「敦さん、よろしくお願いします」
なんとかSランクダンジョンの件に対しては、責任を感じた大口さんが辞表を出したこともあり、なんとか収束した。
そのかわり、ヒカリンさんを担当するマネージャーが居なくなってしまい、本人の希望もあったことで、俺が彼女のマネージャーを担当することになった。
「敦、自分の配信もしなくちゃいけないけど、マネージャーの方もしっかりやってね」
あの後、あの配信がすごく反響を呼んでいたことが明らかになり、リスナーの要望から俺も配信者として活動することになったことで、社長から檄が飛ぶ。
昨日チャンネルを開設したばかりだというのに、もうヒカリンを追い越して、300万人に近くになっており、事務所内で一番登録者数が多いチャンネルになっている。
まさか諦めてから人気配信者になるという夢が叶うとは思ってもいなかった。
マネージャー業務のことを考えるとこれから忙しくなりそうだ。
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