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海が好きな王子様

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 むかしむかし、海の底には人魚が住んでおり、人魚を統べる王には六人の娘がいた。王は娘達を分け隔てなく愛していた。王は彼女達に平等に教育を受けさせた。彼女達が十五歳になると海の上へ行き、外の世界に触れさせる。今年は末の娘、メルの番であった。
 メルの姉達は口々に言った。海の方が素晴らしい、と。けれどメルには海の外への強い憧れがあった。キラキラ輝く石や、四角くて分厚いもの、その他色々なものが日々海の外から落ちてくる。これは一体なんだろう。どうやって使うのだろう。海の外はメルの知らないことばかり。メルは海の外に広がる世界が知りたくて仕方がなかった。
 ついにメルが海の上へ行く日になった。メルは父親と姉達に手を振って、海の上を目指した。海の上に顔を出すと、何やら冷たいものが顔に当たった。これは姉から聞いている。風、というものだ。少し冷たいが、風は気持ちいい。風を少しばかり堪能した後に、彼女は辺りを見渡した。すると、前方に大きな何かが近づいてきた。これも知っている。船だ。船にはニンゲンが乗っていた。ニンゲンは海を見つめていた。彼女も同じ方を見つめる。そこから、イルカが飛び跳ねた。ニンゲンは、海の中で見た輝く石のような瞳でイルカを見つめる。メルは一目で分かった。このニンゲンは海が好きなのだと。彼女は胸が弾むような心地でニンゲンを見つめた。
 その日の夜、嵐が船を襲った。船は難破し、ニンゲンは海に放り出され、意識を失ってしまう。ニンゲンは海では呼吸ができない。そう教えられていたメルは、ニンゲンを一晩中海面に持ち上げ続けたが、一向に意識を戻さない。ニンゲンは地上にいる方がいいのではと考えた彼女は、ニンゲンを浜辺に置く。それからどうしたらいいのか考えていたところ、ニンゲンが目を覚ました。

「う……。ここは……?」

 メルはあわてて海へと飛び込んだ。ニンゲンから身を隠した彼女は、こっそりとニンゲンの様子を伺う。ニンゲンは、誰かに助けてもらったようだ。彼女は胸を撫で下ろし、海の底へと潜っていった。





 海の中に戻ったメルは、ニンゲンのことが忘れられないでいた。もう一度会いたい、という願いはいつしか自分もニンゲンになってもう一度会いたいという願いに変わっていった。彼女は魔法使いに頼み、自分の声と引き換えにニンゲンになれるという薬を手に入れた。喜びも束の間、彼女は薬を飲んですぐに下半身の激痛に襲われる。あまりの痛みにメルは倒れ込み、そのまま意識を手放してしまった。





「君、大丈夫かい?」

 優しげな声に、重たい瞼を開ける。どうやら浜辺で倒れていたようだ。目の前には、メルが会いたかったニンゲンがいた。彼女が声を出そうとすると、声がでない。あの契約は本当だったのだ。メルは落胆するが、彼女が会いたかったニンゲンが目の前にいるのだ。不思議そうな顔をするニンゲンに、彼女は落胆を隠すように笑顔を見せた。
 ニンゲンの名前はリックと言った。彼はこの海辺の近くにある国の王子であった。王子はとても優しく、メルを甲斐甲斐しく介抱した。ニンゲンや海の外を全く知らなかった彼女に、リックは色々なことを教えてくれた。おかげで彼女は、海の外の素晴らしさを知ることができた。

「君は僕の好きな海の匂いがする」

 そう言ってリックが微笑む。彼女はドキリと胸を高鳴らせる。

「君に見せたいものがあるんだ」

 リックは笑みを湛えたまま、彼女の手を取って歩き出す。
 案内されたのは、地下にある暗い部屋。海の匂いがわずかにする。王子が電気を点けると、部屋の全貌が明らかになった。
 ずらりと並んでいたのは、魚の標本だった。リックは恍惚とした笑みでそれらを見つめる。

「どうだい?素晴らしいだろう。最近のお気に入りはこれさ」

 一際大きく飾られていた標本は、イルカのものだった。

「僕はね、海が大好きなんだ。海の生き物は人間と違って神秘的で、穢れがない。僕はそんな彼らを自分だけのものにしたいんだ」

 メルが惹かれたあの輝く瞳は、自分勝手な独占欲によるものだった。そう気が付いた時、メルは恐ろしくて逃げ出してしまいたくなった。だが、唯一の出口はリックの背後にあり、逃げるのは困難だった。

「君が浜辺に倒れていただろう?その時に見たんだ。君の足に鱗が付いていたのを。僕はそれで確信したんだ。君は人魚なのだって。僕はなんて幸運だろうと思ったよ。人魚という稀有な生物を独り占めできるのだからね」

 彼が一歩、詰め寄るのに合わせてメルは一歩後退る。しかし後ろは壁で、行き止まりだ。

「人魚のままでいてくれたらもっと嬉しかったのだけれど」

 残念がる彼の手にはナイフが握られている。メルの叫びは誰にも届かず、暗い地下室の中に溶けて消えた。

Fin.
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