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①再会

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 しゅうくんはありをみていた。みずにおぼれて、てあしをばたつかせているありをじっとみていた。

「ありさん、おぼれてる」
「うん」
「たすけてあげなきゃ」

 わたしがてをのばすと、しゅうくんはわたしのてをにぎった。

「まいちゃんやさしいね。ぼく、まいちゃんだいすき」

 にっこりとわらうしゅうちゃん。わたしはほめられたことがうれしくて、ありのことなどすっかりわすれて、しゅうくんにてをひかれるままにあるきだした。





 幼い頃の夢を見た気がする。瞼を開けて時計を確認すると、いつもより十分ほど早い目覚めだった。二度寝をしたいところだが、もう目が覚めてしまった。仕方なく、のろのろと動き出す。リビングに向かうと、テーブルに冷えた朝食が置かれていた。母親が作ってくれたのだろう。レンジで温めながら、ぼうっとする。中学生までの自分は所謂お嬢様だった。由緒ある如月家の一人娘で、蝶よ花よと可愛がられた。現代では珍しく婚約者もいたほどだ。
 しかし、十年前に事業に失敗した如月グループは多額の借金に追われ、両親は今も昼夜問わず働きながら借金を返している。私自身も高校を卒業した後に就職し、しがない事務員として働く毎日だ。両親は私を大学へ通わせるつもりだったようだが、私は辞退した。高校に通いながら、苦労する両親の姿を見てきたのだ。これ以上我儘は言えなかった。仕事は忙しくて辛いことも多いが、私も両親と共に頑張らないと。





 会社に到着すると、周囲が慌ただしいことに気付く。唖然としていると、同期の山岡が話しかけてきた。

「おはよ、舞衣」
「おはよう。ねえ、今日何かあったっけ?社長が来るとか?」
「それだけなら良かったんだけどな。どうやら取引先の社長がこっちにくるそうだ。あの西園寺グループの社長とあって、うちの社長が張り切ってすごい有様さ」
「な、なるほど……」

 西園寺グループは日本一の企業と呼ばれても過言ではないほどの大企業だ。そしてもう一つ、私にとって重要な情報がある。西園寺家の一人息子である西園寺 柊悟しゅうごはかつて私の婚約者だった人だ。今は父親から家業を引き継ぎ、昔以上に利益を出しているようだ。昔は「しゅうちゃん」と呼んでいたのが懐かしくもあり黒歴史でもある。今は遠く手の届かない人となった彼に会えるのは正直言って嬉しかった。けれど、一介の事務員である私を覚えているはずがない。私は気を取り直して、仕事を始めることにした。
 暫くして、部屋の外から黄色い声が聞こえた。どうやら社長が到着したようだ。テレビで見た彼は、イケメンと呼ぶにふさわしい姿だった。恐らく、周囲の女性を虜にしているのだろう。気にならないと言えば嘘になるが、私が会えるような人物ではない。私は気を紛らわせるためにも仕事に没頭した。騒がしかった周囲はものの三十分ほどで静まり返り、社長が帰って行ったことを知った。





 くたくたになった身体を引き摺って家まで帰る途中だった。誰かに肩を叩かれて、振り返ると、サングラスにマスクをした男が立っていた。まさか、不審者……?血の気が引き、逃げようとすると声が聞こえた。

「舞衣だよね?」

 名前を呼ばれ、驚いて男を見る。サングラスとマスクをずらした男には見覚えがあった。テレビで見た『西園寺 柊悟』だ。

「しゅ……西園寺さん?」
「覚えていてくれたんだね、嬉しいよ」

 嬉しそうに微笑む彼はとても眩しい。彼は商談をしに来ていて、観光を兼ねて街を歩いていたそうだ。サングラスとマスクは身バレ防止用らしい。テレビで顔を出しており、イケメンな彼を狙う輩はたくさんいるのだろう。色々な意味で。

「これも何かの縁だし、少し話せないかな?近くにビジネスホテルを取っているんだ」

 嬉しい提案だが、言葉を濁してしまった。ビジネスホテルとはいえ、男女が一緒に入るのはよろしくないだろう。特に、彼のような有名人には。実家に誘うことも考えたが、あらぬ誤解を世間に与えてしまうのが怖かった。だから私は、予定をでっち上げることにした。

「ごめんなさい、今日は予定があって……」
「そっか……。なら仕方がないね」

 西園寺さんは残念そうな顔をして、私に連絡先を渡してきた。

「これ、僕の連絡先。また会えたら食事でもしよう」
「は、はい。予定が合えば……」

 私の返答に満足したのか、西園寺さんは笑みを浮かべて私の手を取った。

「……!」
「久しぶりに会えて嬉しかったよ。またね」

 手の甲に唇が落とされる。キス、された……?驚いて固まる私に、西園寺さんは手を振って歩き出していた。私は暫く動けずに、彼の後ろ姿が小さくなってゆくのを見つめていた。手の甲に感じた唇の柔らかさを思い出すと、心臓がバクバクと忙しなくなった。あれは、あいさつだ。彼は日本に留まらず海外とも商談をしているそうだ。そういうあいさつがあったのだろう、きっと。そうに違いない。私は自分に言い聞かせながら、帰路についた。

つづく
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