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難攻不落な箱入りお嬢様

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 俺の通う大学には一人の有名人がいる。艶のある黒髪を腰まで伸ばし、品の良い服に身を包む女子大生。長い睫毛が笑う度に揺れる。黒曜石のような輝く瞳に魅了される男は少なくない。かく言う俺もその一人だった。
 『伊集院 佳代いじゅういん かよ』は伊集院財閥のご令嬢だ。伊集院さんは毎朝、執事に高級車で大学の前まで送ってもらっているようだ。

「もう、一堂ったら。私は一人で通学できるわよ」

 もう子供じゃないんだから、と頬を少し膨らませる伊集院さん。偶然見かけてしまった俺は幸運だ。

「いいえ、お嬢様。お嬢様は伊集院財閥のご令嬢です。いつ輩が襲ってくるか分かりません。お嬢様を守るのは私の責務です」

 きっちりとした黒いスーツに黒い髪。見事な七三分けだ。堅物を思わせる髪型は、見目麗しい外見がカバーしており、女性が思わず見とれてしまうほどの美しさを放っている。ぼんやりと彼らを眺めていると、切れ長の瞳が一瞬、僕を捉えた。途端に心臓が大きく跳ねた。恐ろしいものを見た時のような心地で、俺はそそくさとその場を立ち去ることにしたのだった。





 『伊集院 佳代』は美しい容姿だけでなく、彼女の箱入り娘っぷりが話題を呼んだ。ファーストフードは食べたことがない、門限が二十時、家族や執事の指定する洋服や小物を身に着ける、など漫画に出てくる箱入り娘のような女性だった。彼女の話はどれも浮世離れしていて、話していて飽きない。そのため、彼女の周りには人が絶えなかった。
 重箱入り娘と言っても過言ではない伊集院さんが飲み会に参加すると聞いた。勿論飲み会は初めての彼女。俺は勇気を出して参加した。お近づきになる絶好の機会だ。いつもよりも『モテ』を意識して服を選ぶ。女性は五人、男性は五人の合コンのような飲み会だ。女友達と一緒に待ち合わせに来た彼女は、はっとするほど美人で、目を奪われた。控えめな化粧と品のある服装が相乗効果を発揮し、彼女本来の美しさを引き立たせる。他の女なんか目に入らないほど、彼女は光り輝いていた。

「お酒、大丈夫なの?」

 ちゃっかり伊集院さんの隣に腰を下ろすことに成功した俺は、彼女に声をかける。努めて優しく、ドキリとさせるような低い声で。

「初めてなので、まだ分かりません。強いと、いいのですが……」

 控えめに答える彼女に俺は笑いかける。

「初めてだと心配だよね。でも大丈夫だよ、酔っ払っても俺が介抱してあげるから」

 彼女はほっとしたような表情で笑みを浮かべた。

「それなら安心ですね。ありがとうございます」

 男に介抱されることの危険性を全く感じていない彼女の純粋さに眩暈がしそうだが、かえって好都合だった。

「ちょっと、飲ませて襲おうなんて考えないでよね?」

 横から女が話に割って入ってきた。クソ、余計なことを教えるんじゃねえよ。心の内で舌打ちをする。

「鈴木さんは優しいからそんなことしませんよ」

 ね、と伊集院さんが首を傾げる。その可愛らしさと言ったら。俺は頬に熱を感じながら誤魔化すように笑う。

「そうだよ、俺がそんなことするワケねーだろ!」
「じゃ、俺が送り狼しよっかな!」
「させるか!」

 ワイワイと飲み会が進んでいく。伊集院さんはカシスオレンジを一杯飲んで、おかわりをしたところだ。ほわほわとした雰囲気の彼女は、空気に自分を溶かすように、ぼんやりと話を聞いている。ああ、そろそろだろうか。俺は耳元で囁く。

「大丈夫?夜風に当たると酔いが冷めるから、少し当たりに行こうか?」

 ビクリ、と身体を震わせた伊集院さんはこくり、と頷いた。

「伊集院さん、ちょっと酔っちゃったみたいだから家まで送っていくわ」
「おい、抜け駆けは許さねえぞ!」
「そんなことしねーから!」

 なんとか周囲の野次を振り切って、伊集院さんと店の外へ出る。酔ったせいか頬の赤い彼女は扇情的で、ごくりと生唾を飲んだ。

「じゃあ、行こうか」

 優しく声をかけて、伊集院さんの腰に手を回そうとする。が、何者かに手首を掴まれた。

「お気遣い、感謝致します」

 言葉とは裏腹に冷えた目で見下ろすのは、伊集院さんの執事だった。彼は掴んでいた俺の手首に力を込める。

「いッ……!」

 顔を歪めた俺を見て、執事は手を離した。

「ん……?いち、どう……?」

 酔ってぼんやりとしていた伊集院さんは執事の存在に気が付く。執事は先程の絶対零度の瞳から陽だまりのような瞳で彼女を見つめた。

「お嬢様、飲み会に行くのであれば私に連絡ください。黙って参加するなんて、危険なことはもう二度としないでくださいね」
「……ええ、分かったわ。ごめんなさい」
「では、帰りますよ。門限が迫っていますから」

 伊集院さんは執事に連れられて、近くに停めてあった高級車に彼女を乗せた。運転席側のドアを開けた彼は、俺を一瞥する。軽蔑や憎悪の色が混じる彼の冷酷な眼差しに、俺はようやく意味を理解した。これは、彼女に近づくなという牽制だ。イケメンで有能、更に腕っぷしまである男を目前に、本能で勝てないと悟った俺は踵を返すことしかできなかった。

Fin.
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